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中華統一
40 明君 暗君 名君 暴君
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洛陽に到着した孫晧は司馬炎と対峙するが、気後れすることはなく、堂々と対等であると言う顔をしてひれ伏すことなく突っ立っている。
家臣のものに促され、「ああ」と呟き、乾いた平坦な声で「陛下万歳」と叫ぶ。晋の重臣は誰もが孫晧を一目見たときから生かしておけぬと感じる。
すでに亡くなった蜀の皇帝で安楽公に封じられた劉禅とは全く異質である。劉禅は清らかで善良で憎むことが出来ない人物であったため、魏、晋の重臣は世話を焼いたり、亡き劉備や諸葛亮の話を聞きに行ったりと交流がなされていたが、この孫晧に対してはまるでそのような交流したいという気を起こさせない。まるで彼自身が刃物のような鋭さを持ち、そばに近づけば切り刻まれるような感覚すら覚える。
司馬炎に対して、忠臣は孫晧に気を付けるように進言するが、司馬炎は意に介さず、孫晧に興味を持つ。
「朕はそなたを待っておった」
そう告げる司馬炎に孫晧も何食わぬ顔で「私も南で待っていましたよ」という。
晋、呉の家臣たちはそのやり取りに息をのむ。孫晧の物おじせず、明日その首が失言によって飛ぼうとも何ともないというふうで周囲のものをハラハラさせるが、司馬炎はその天真爛漫な彼に心惹かれていった。
孫晧は帰命侯に封じられ、この6歳年上の司馬炎に兄に甘えるようにすり寄る。二人は祖先の重荷と期待をその身に受け、共通点も多く分かり合えることも多かった。明君と呼び名の高い司馬炎には後ろ暗い欲求があり、それを孫晧は見抜いていた。
「陛下は後宮に5千もの女人を集められているそうですね」
「え、い、いや。世継ぎは多くあらねばと思い……」
「ふーん。それだけいらしても満足できる女人がいらっしゃらないのでは?」
「そ、そのような……」
実際に司馬炎を満たす女人はおらず、若き日に覗き見た、清楚で淫らな母の幻影を追い求めていた。
「偶然ですが、私の後宮にも5千、おります。どうですか? 足してみませんか? 私がいなくて皆困っておるでしょうし、江南の女は良いですよ。情熱的で、正直で」
「そ、そうか」
こうして司馬炎の後宮には1万人の女人が入ることとなる。孫晧はすでに女人には興味がなくなっていた。もっとも寵愛していた側室を失くしてから、すっかり欲望は抜け落ちている。
司馬炎は多すぎる官女を選ぶことにも疲れ果てていると、孫晧が「どうですか? 羊にでも選ばせては?」と提案する。面白そうであると、司馬炎は羊の背に乗り、止まったところの官女を夜伽の相手にさせることにした。そのうち官女の方も、羊を寄せ付けるために、餌になる、竹と塩を置くようになった。
「さあ、馬乗りになり、動いてみよ」
司馬炎は女人に愛撫も施さず、仰向けに寝そべり、相手任せにする。全くどうしていいのかわからない処女は泣きだす始末で、それをなだめるのも面倒な彼は、すぐに別の女人のところへ向かう。
中には積極的に乗りかるものもいるが慎ましさの欠片もなく、まるで情緒がない。そのような時も途中で「もう良い」と投げ出して別の女人のところへ向かう。
そんな司馬炎を非難するものが少数ではあるがいた。しかし司馬炎はもう人の非難よりも、孫晧の何にもとらわれない自由な姿に心惹かれ、また彼によって堕ちていく。孫晧はまるで盟友を得たと言わんばかりに、司馬炎にぴったりと寄り添っている。
司馬炎の跡継ぎである、皇太子の司馬衷は生まれつき暗愚で、家臣たちは司馬衷を廃し、次男の司馬攸を立てるべきだと意見した。そこで司馬炎は孫晧にも意見を求める。
「そなたも司馬衷を廃した方が良いと思うか?」
「後を継ぐのは長子でしょう。民は太子を廃し、弟を立てたことを知ればどうなるでしょう。これまでの慣例を覆すことは民の混乱を招きかねませんし、また真似するものが出てくるでしょう」
「うーん」
司馬炎は孫晧の意見を取り入れ、そのまま司馬衷を皇太子にし、弟の司馬攸を斉に赴任させ、彼を支持する派閥を廃する。
後の人はこの彼の決断を晋を弱体化させた原因だというが、孫晧にしてみれば、どのような立派なものが皇位につこうが天意によるものであって、人の関与できるものではないと思っていた。
こうして司馬炎を罪悪感や責務から解き放つことを、孫晧は存分に楽しみ、やがて寿命を迎える。
「陛下。私はあなたに会うために生まれ、呉を滅ぼし、やって来たのだと思います」
「そのようなことを……」
「今まで誰も私と対等なものがいませんでした。こうして心から楽しみ自由であることが私にとって何よりです」
「養生すれば、もっと楽しみが増えよう」
「いいえ。もう十分生きました。そろそろ飽きてきたのですよ。これ以上長く生きると、皆が私の墓を暴き屍を切り刻むでしょうな」
「そのようなことはない!」
「はははっ。まあ、それならそれでいいですが。陛下は天命をご存じですか?」
「朕の天命か……」
「私の天命は、私の生き方を後世の人に見せることです。表面だけ見れば暴君と永久に汚名をきるでしょうが」
「朕はそなたをそのようには見ておらぬ」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。私はあなたが好きでしたよ……」
「!」
にこりと微笑み孫晧は目を閉じた。42歳であった。最後まで飄々と人を食ったような発言で惑わし、驚かせ、腫れもののようであったが司馬炎にとって彼は心の友であった。
そして司馬炎もその6年後この世を去る。その後、晋は混乱の中、西晋51年、東晋103年存続したのち、宋 (南朝)へ時代を譲る。
家臣のものに促され、「ああ」と呟き、乾いた平坦な声で「陛下万歳」と叫ぶ。晋の重臣は誰もが孫晧を一目見たときから生かしておけぬと感じる。
すでに亡くなった蜀の皇帝で安楽公に封じられた劉禅とは全く異質である。劉禅は清らかで善良で憎むことが出来ない人物であったため、魏、晋の重臣は世話を焼いたり、亡き劉備や諸葛亮の話を聞きに行ったりと交流がなされていたが、この孫晧に対してはまるでそのような交流したいという気を起こさせない。まるで彼自身が刃物のような鋭さを持ち、そばに近づけば切り刻まれるような感覚すら覚える。
司馬炎に対して、忠臣は孫晧に気を付けるように進言するが、司馬炎は意に介さず、孫晧に興味を持つ。
「朕はそなたを待っておった」
そう告げる司馬炎に孫晧も何食わぬ顔で「私も南で待っていましたよ」という。
晋、呉の家臣たちはそのやり取りに息をのむ。孫晧の物おじせず、明日その首が失言によって飛ぼうとも何ともないというふうで周囲のものをハラハラさせるが、司馬炎はその天真爛漫な彼に心惹かれていった。
孫晧は帰命侯に封じられ、この6歳年上の司馬炎に兄に甘えるようにすり寄る。二人は祖先の重荷と期待をその身に受け、共通点も多く分かり合えることも多かった。明君と呼び名の高い司馬炎には後ろ暗い欲求があり、それを孫晧は見抜いていた。
「陛下は後宮に5千もの女人を集められているそうですね」
「え、い、いや。世継ぎは多くあらねばと思い……」
「ふーん。それだけいらしても満足できる女人がいらっしゃらないのでは?」
「そ、そのような……」
実際に司馬炎を満たす女人はおらず、若き日に覗き見た、清楚で淫らな母の幻影を追い求めていた。
「偶然ですが、私の後宮にも5千、おります。どうですか? 足してみませんか? 私がいなくて皆困っておるでしょうし、江南の女は良いですよ。情熱的で、正直で」
「そ、そうか」
こうして司馬炎の後宮には1万人の女人が入ることとなる。孫晧はすでに女人には興味がなくなっていた。もっとも寵愛していた側室を失くしてから、すっかり欲望は抜け落ちている。
司馬炎は多すぎる官女を選ぶことにも疲れ果てていると、孫晧が「どうですか? 羊にでも選ばせては?」と提案する。面白そうであると、司馬炎は羊の背に乗り、止まったところの官女を夜伽の相手にさせることにした。そのうち官女の方も、羊を寄せ付けるために、餌になる、竹と塩を置くようになった。
「さあ、馬乗りになり、動いてみよ」
司馬炎は女人に愛撫も施さず、仰向けに寝そべり、相手任せにする。全くどうしていいのかわからない処女は泣きだす始末で、それをなだめるのも面倒な彼は、すぐに別の女人のところへ向かう。
中には積極的に乗りかるものもいるが慎ましさの欠片もなく、まるで情緒がない。そのような時も途中で「もう良い」と投げ出して別の女人のところへ向かう。
そんな司馬炎を非難するものが少数ではあるがいた。しかし司馬炎はもう人の非難よりも、孫晧の何にもとらわれない自由な姿に心惹かれ、また彼によって堕ちていく。孫晧はまるで盟友を得たと言わんばかりに、司馬炎にぴったりと寄り添っている。
司馬炎の跡継ぎである、皇太子の司馬衷は生まれつき暗愚で、家臣たちは司馬衷を廃し、次男の司馬攸を立てるべきだと意見した。そこで司馬炎は孫晧にも意見を求める。
「そなたも司馬衷を廃した方が良いと思うか?」
「後を継ぐのは長子でしょう。民は太子を廃し、弟を立てたことを知ればどうなるでしょう。これまでの慣例を覆すことは民の混乱を招きかねませんし、また真似するものが出てくるでしょう」
「うーん」
司馬炎は孫晧の意見を取り入れ、そのまま司馬衷を皇太子にし、弟の司馬攸を斉に赴任させ、彼を支持する派閥を廃する。
後の人はこの彼の決断を晋を弱体化させた原因だというが、孫晧にしてみれば、どのような立派なものが皇位につこうが天意によるものであって、人の関与できるものではないと思っていた。
こうして司馬炎を罪悪感や責務から解き放つことを、孫晧は存分に楽しみ、やがて寿命を迎える。
「陛下。私はあなたに会うために生まれ、呉を滅ぼし、やって来たのだと思います」
「そのようなことを……」
「今まで誰も私と対等なものがいませんでした。こうして心から楽しみ自由であることが私にとって何よりです」
「養生すれば、もっと楽しみが増えよう」
「いいえ。もう十分生きました。そろそろ飽きてきたのですよ。これ以上長く生きると、皆が私の墓を暴き屍を切り刻むでしょうな」
「そのようなことはない!」
「はははっ。まあ、それならそれでいいですが。陛下は天命をご存じですか?」
「朕の天命か……」
「私の天命は、私の生き方を後世の人に見せることです。表面だけ見れば暴君と永久に汚名をきるでしょうが」
「朕はそなたをそのようには見ておらぬ」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。私はあなたが好きでしたよ……」
「!」
にこりと微笑み孫晧は目を閉じた。42歳であった。最後まで飄々と人を食ったような発言で惑わし、驚かせ、腫れもののようであったが司馬炎にとって彼は心の友であった。
そして司馬炎もその6年後この世を去る。その後、晋は混乱の中、西晋51年、東晋103年存続したのち、宋 (南朝)へ時代を譲る。
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