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三国時代
28 決着
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司馬懿は諸葛亮と対峙するたびに彼の見識の高さ、策略の巧みさに稀代の奇才と舌を巻く。自分の戦略のなにもかも上を行く様子に、敵とみなす前に尊敬の念が沸いている。諸葛亮も彼を宿敵以上のお互いを高め合う存在だと認めていた。司馬懿以上に自分の事を知り、慮るものは誰もいないであろう。限界の能力を、智謀をここまで高め引き出させるのはお互いでしかないのだ。
その二人にもとうとう勝敗が決まるときがやってくる。
諸葛亮の策略により、司馬懿軍は火攻めにあい、もはや壊滅寸前の時であった。そこへ雨が降ったのだ。天文を知り、東風まで操った諸葛亮はまさかの雨に驚愕し、膝をつく。
「な、なぜだ……。雨など、降るはずがなかったのに……」
今日こそ、魏軍をせん滅し、漢王朝の復興と高揚していた気分が暗転する。極度の精神的打撃が、酷使していた身体を襲い彼は吐血してその場に倒れ込んだ。
己の命が尽きる前に諸葛亮は退却しやすい五丈原に陣を移す。
信頼のおける将軍、姜維を呼び、兵法書を渡し今後の蜀の軍事を任せる。そして将軍、文官に今後の蜀の行く末を話し、幕僚長である楊儀に方針を書かせた後、人払いをした。
涙をこぼしながら下がる楊儀に「すまない」と諸葛亮は詫びる。楊儀は声を押し殺し、唇を噛んで部屋を後にした。
諸葛亮はこれまで北伐に反対せず、臣下である自分を尊重してくれた劉禅に感謝の念を捧げるとともに、亡き主君、劉備に謝罪する。
「我が君。私はあなた様の望みをかなえることが出来ませんでした」
ふうっとため息をつき、天井を見上げると妻の黄氏が微笑んで立っていた。
「ああ、君は。いつの間にここへ。成都に居たはずでは」
「あなた。お疲れさまでした」
炎のような赤い長い髪を結わずに腰まで垂らし、褐色の肌は艶やかで滑らかだ。
「君は変わりませんね」
「そう見えるだけですわ」
「志半ばで逝ってしまう。君には苦労をかけました」
「いいえ。あたくしは幸せでしたわ」
「ああ、我が君の想いに応えることが出来なかった。合わせる顔がない」
「いいえ。玄徳様はきっとあなたを称えられますわ」
「そうであろうか? ああ、なんだかひどく眠い……」
「おやすみなさい。どうかゆっくりお休みになって……」
諸葛亮はすうっと目を閉じるとそのまま静かに息を引き取った。黄氏は永遠に眠る諸葛亮の横で異国の祈りの言葉を捧げる。
「天におられる我らが父よ。どうぞ彼の魂に平安を」
やつれやせ細り白髪になってしまった諸葛亮の姿を見つめ、黄氏は人生の儚さを思い知る。
出会った頃は理想を追求し、真理と神秘を探る、永遠の青年のようであった。しかし三顧の礼で玄徳に迎えられてからは、時間凍結から溶けたように歳を重ね、老いていった。
「あたくし達は玄徳様と知り合って、あの草庵を出たときに――吾多夢と異舞のように楽園を出て地に堕ちたのですわね」
黄氏は冷たい諸葛亮の頬を撫で、来世に思いを馳せる。
「肉体は朽ち果てても――あなたは次はどのような人生をお選びになる?」
彼の存在は伝説になるであることは黄氏には分っている。しかし来世ではだれにも知られずとも、認められずとも安らぎ幸せな人生を送って欲しいと願った。
司馬懿は今や自決寸前という時に、恵みの雨救われ、感嘆し、感謝の意を捧げる。
「山陽公……。ああ、漢王朝の皇帝陛下たちよ……」
曹節が別れ際に言った『ご加護があるでしょう』との言葉を思い出す。彼にもう迷いはなかった。己の道は間違っていないのだと。これこそ天命であると。
数日後、晴れた夜空を眺め、諸葛亮の星が落ちていくのを見る。宿敵が逝ったのを知り、勝利を確信した。しかし諸葛亮の最後の策により司馬懿は彼がまだ生きていると怖れ、退却をする。
『死せる諸葛生ける仲達を走らす』
勝負では勝ったが、司馬懿は最後まで諸葛亮自身に勝つことは叶わなかったと、まるで知己を亡くしたように涙を流す。その頬をまるで乾かすように涼しい秋風が撫でた。
その二人にもとうとう勝敗が決まるときがやってくる。
諸葛亮の策略により、司馬懿軍は火攻めにあい、もはや壊滅寸前の時であった。そこへ雨が降ったのだ。天文を知り、東風まで操った諸葛亮はまさかの雨に驚愕し、膝をつく。
「な、なぜだ……。雨など、降るはずがなかったのに……」
今日こそ、魏軍をせん滅し、漢王朝の復興と高揚していた気分が暗転する。極度の精神的打撃が、酷使していた身体を襲い彼は吐血してその場に倒れ込んだ。
己の命が尽きる前に諸葛亮は退却しやすい五丈原に陣を移す。
信頼のおける将軍、姜維を呼び、兵法書を渡し今後の蜀の軍事を任せる。そして将軍、文官に今後の蜀の行く末を話し、幕僚長である楊儀に方針を書かせた後、人払いをした。
涙をこぼしながら下がる楊儀に「すまない」と諸葛亮は詫びる。楊儀は声を押し殺し、唇を噛んで部屋を後にした。
諸葛亮はこれまで北伐に反対せず、臣下である自分を尊重してくれた劉禅に感謝の念を捧げるとともに、亡き主君、劉備に謝罪する。
「我が君。私はあなた様の望みをかなえることが出来ませんでした」
ふうっとため息をつき、天井を見上げると妻の黄氏が微笑んで立っていた。
「ああ、君は。いつの間にここへ。成都に居たはずでは」
「あなた。お疲れさまでした」
炎のような赤い長い髪を結わずに腰まで垂らし、褐色の肌は艶やかで滑らかだ。
「君は変わりませんね」
「そう見えるだけですわ」
「志半ばで逝ってしまう。君には苦労をかけました」
「いいえ。あたくしは幸せでしたわ」
「ああ、我が君の想いに応えることが出来なかった。合わせる顔がない」
「いいえ。玄徳様はきっとあなたを称えられますわ」
「そうであろうか? ああ、なんだかひどく眠い……」
「おやすみなさい。どうかゆっくりお休みになって……」
諸葛亮はすうっと目を閉じるとそのまま静かに息を引き取った。黄氏は永遠に眠る諸葛亮の横で異国の祈りの言葉を捧げる。
「天におられる我らが父よ。どうぞ彼の魂に平安を」
やつれやせ細り白髪になってしまった諸葛亮の姿を見つめ、黄氏は人生の儚さを思い知る。
出会った頃は理想を追求し、真理と神秘を探る、永遠の青年のようであった。しかし三顧の礼で玄徳に迎えられてからは、時間凍結から溶けたように歳を重ね、老いていった。
「あたくし達は玄徳様と知り合って、あの草庵を出たときに――吾多夢と異舞のように楽園を出て地に堕ちたのですわね」
黄氏は冷たい諸葛亮の頬を撫で、来世に思いを馳せる。
「肉体は朽ち果てても――あなたは次はどのような人生をお選びになる?」
彼の存在は伝説になるであることは黄氏には分っている。しかし来世ではだれにも知られずとも、認められずとも安らぎ幸せな人生を送って欲しいと願った。
司馬懿は今や自決寸前という時に、恵みの雨救われ、感嘆し、感謝の意を捧げる。
「山陽公……。ああ、漢王朝の皇帝陛下たちよ……」
曹節が別れ際に言った『ご加護があるでしょう』との言葉を思い出す。彼にもう迷いはなかった。己の道は間違っていないのだと。これこそ天命であると。
数日後、晴れた夜空を眺め、諸葛亮の星が落ちていくのを見る。宿敵が逝ったのを知り、勝利を確信した。しかし諸葛亮の最後の策により司馬懿は彼がまだ生きていると怖れ、退却をする。
『死せる諸葛生ける仲達を走らす』
勝負では勝ったが、司馬懿は最後まで諸葛亮自身に勝つことは叶わなかったと、まるで知己を亡くしたように涙を流す。その頬をまるで乾かすように涼しい秋風が撫でた。
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