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後漢末
5 蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし
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宗教家であり霊能者である張角がこの理念を掲げ漢王朝を平定しようと黄巾党を興す。乱れ腐敗した漢王朝に不安を抱く民心はたちまち黄巾党を支持し大きな一大勢力となっていく。
関羽雲長は一面銀白色の塩池を眺め、目を閉じ景色を胸に納める。
「もう、この清らかな景色は二度と見られはしまい」
ここ河東郡解県では製塩業が盛んである。関羽は政府が買い上げるこの製塩の運搬作業に関わっていた。若くして堂々とし腕っぷしの強い彼はいわば用心棒である。美しい長い髭と熟したナツメのような赤い顔、そして軽々と扱う青龍偃月刀は遠くからでも特徴的ですぐに関羽だとわかる。この特徴のおかげと実際の武力により関羽が運ぶ製塩は盗賊に襲われることが皆無だった。
ある時、関羽は珍しく近寄ってきた盗賊から守った塩が、純白をしておらず薄汚れ砂が混じっていることに気づいた。怪しんだ彼はしばらく製塩業者を調べ続ける。そして製塩に混ぜ物をし、暴利をむさぼっていることに気づく。潔癖で公正な性格である関羽はこの不正が許せなかった。業者に詰め寄ると、心を入れ替えるとその場限りの言い逃れをされ、更には関羽を亡き者にしようと他の用心棒に襲わせる。勿論、並の用心棒が束になっても関羽の青龍偃月刀の一振りの前では塵も同然だった。怒りの関羽は製塩業者を真っ二つに切り裂き、出奔したのだった。
張飛翼徳は山の中で巨大な猪と格闘していた。
「ふぐううぅう! 力なら俺の方が上だあ!」
突進してきた猪の牙を真正面から受け止め、ぐっと力を込める。
「ふんっ!」
一ひねりすると猪は潰れたような鳴き声を出し絶命した。張飛が縊り殺したのだ。
「わっははっは。この翼徳さまにはかなうまい!」
この肉をさばいて売ろうと上機嫌で山から下りた。
大きな猪を背負って歩く、張飛は市場では有名人であった。
「ようよう。虎髭のダンナ。今度の獲物はまた一段と立派だなあ」
「わっははは。俺様にかかればこんな猪の一匹や二匹造作もないことだ」
軽々と屋敷へ運び込み、肉を解体始める。彼は肉屋を営んでいた。虎髭にどんぐり眼のこの大男が繊細で手先が器用だとは誰も想像がつかない。
「よしよし、綺麗に肉が取れた。痛まぬように井戸で冷やしておくか」
手際よく肉を解体し、市場の近くの井戸の中に吊るし、その縄を大きな石で蓋をし止めた。石は両手で抱えるほどで、並の男では動かすことも叶わないだろう。
「ひええい。流石はダンナ。その石を持ち上げられるのはダンナ以外にいないでしょうなあ」
豆を売っている男は感心して声を上げる。気を良くした張飛は「わっはははっ。そうさなあ、これを持ち上げるものがおれば、この肉をやっても良いぞ。どうだ?」と豆売りに言う。
「ひええっ、とんでもない! 動くわけがない。万が一動いて、下敷きにでもなったら大変なこって」
「わはははっ! そうだ。肉を冷やしている間、立札を立てておいてやろう」
屋敷に戻り、棒に板切れを打ち付け墨で『この石を動かすものに中の肉を与える』と書いた。
「さて、ちょっくら昼寝でもしてくるか」
石が動かされることなどに何の懸念も抱かない張飛は疲労を癒すべく横になることにした。
関羽はあてもなく彷徨っていると、黄色い頭巾をかぶった集団がぞろぞろ歩くのが見えた。手には農具を持っている。
後方の農具ではなく槍を持った、いかつい男にこれは何の集団かと尋ねた。
「おれたちゃ、大賢良師、張様の信者よ。これからは黄巾の世の中になるのさ」
「大賢良師?」
「知らねえのか? 太平道の大賢良師を」
「ああ、あの病を治したりするという。――まさか国を倒すつもりなのか?」
「倒すんじゃねえ。清らかな民の国を興すんでえ」
「なるほど。今は政府も役人も腐っておるからな」
「立派な髭のダンナ。その偃月刀は飾りじゃねえんだろ? 一緒にどうでえ。黄巾党は今の世の中を変えたい奴らを誰でも歓迎するぜ」
「ふむ。わしも役人を斬ってばかりだ。しばらくついて行くか」
こうしてしばらく関羽は黄巾党について行くことにした。黄巾党は張角が興した宗教団体で10年以上かけて信者を50万以上獲得した。
そして吉日を選び、ほぼ農民である信者に武器を取らせ政府転覆をもくろんでいるのだった。
関羽は集団について歩き、張角がいる北東の冀州へ向かう。道すがら張角の人物像を聞き、人を治しながら世を憂う姿になるほどと関心もするが、今一つ心が動かされなかった。
集団の中には黄巾党だということが免罪符であるとばかりに、盗みや略奪を働く者もおりそれが関羽には許せなかった。
「これでは、ただの強盗集団ではないか」
まっとうな信者もいるようだが、末端には濁った者もやはり多い。張角に会ってみようと思ってはいたが、集団の一人――民家に入り娘を襲おうとした――を斬ってからそこを離れ、北上した。
幽州タク郡に着く。黄河の北に位置するこの地域は、中華全土を一番最初に統治したと言われる伝説の黄帝が活動した地であるとも言われている。
「ああ、ここは我ら漢民族の故郷でもあるのだ」
感銘を受け、町中に入り市場に行くと素朴ながら活気があり、関羽は人心地つく。
市場の豆売りの男に肉を食べたいがないかと尋ねた。
「ああ、あいにく今肉売りのダンナが昼寝の最中なんですよお」
「そうか。それは残念だな」
「しかし、ダンナも肉売りのダンナくらい、いやそれ以上に立派な身体ですなあ。もしかしたら出来たりして」
「ん?」
「あの井戸をご覧なさい。ほらそこの立て札」
「ふむ。『この石を動かすものに中の肉を与える』とな。面白い」
関羽はこのような巨大な石を持ち上げるものがこの田舎におり、更にそれを持ち上げてみろという挑戦に愉快な気分で挑む。
「え? やるんですかい?」
「ああ。出来たら皆に肉を振舞おう」
たちまち屋台を放り投げ、井戸の周りの関羽を取り囲む。張飛を知っているものたちは、関羽を一目見るなり『この御仁ならやりそうだ』と期待感を持つ。それほど関羽は立派な体格と風格を備えていた。ヤジを飛ばすものはおらず、皆固唾をのんで待つ。
豆売りに青龍偃月刀を渡すと、男は重さにふらついたがなんとか落とさずに持った。
「どれ」
袖をまくると精悍な逞しい腕が見える。
「ふんっ!」
関羽は両手で抱き上げるように石を持ち上げる。作業は一度で済んだ。持ち替えるとか力を入れ直す必要がなかった。一度だけ持って、井戸の横に置いたのだ。
「うわあー!」
「こいつはすげえ!」
歓声が聞こえ、関羽は紅い顔を綻ばせる。
「さあ、皆で焼いて食おう」
市場の中央に火を起こさせ、関羽は持っていた塩をかけてその猪の肉を皆に配る。
「なんてえ、美味いんだあ」
「これは塩かね? 塩がいいんだろうなあ」
この村の塩もやはり混ぜ物が多く、関羽にとってそれは塩には見えないほどであった。腰に下げた清らかな塩はやはり宝であると優しく袋を撫でた。
そこへドシンドシンと寝起きの張飛がやってきた。虎髭はより乱れ、手には酒瓶を持っている姿はまさに荒くれである。
「なんだなんだ。やけに旨そうな匂いをさせているじゃないか?」
豆売りは小さく「ひえっ」と叫んで関羽の後ろに下がった。そして関羽に耳打ちする。
「あのダンナが肉売りです」
「ほう」
関羽は長い髭をつるりと撫で張飛に声を掛ける。
「そなたもこの肉を食べるがよい」
「ん? 誰だかわからぬが、かたじけない」
張飛は自分のとってきた猪の肉と知らず平らげる。
「うーむ。これは絶品だ!」
大きな肉の塊はあっという間に無くなり、市場に居たものはこれから張飛がこの肉の事を知り暴れるのではないかと危惧し、関羽に礼を言い静かに立ち去った。
関羽の座っている周りには、皆からの礼で、酒やら豆やら他にもいろいろなものが並んでいた。張飛は肉と酒で上機嫌になっている。
腹が膨れたところで張飛は改めて関羽に礼を言う。
「いやあ。こんなに美味い肉を食べたのは初めてだった。この通りだ」
「いやいや。頭を下げる必要はない。その井戸に入っておったのだ」
「え? 井戸?」
パチパチとどんぐり眼をまばたきさせ、あっと気づき井戸を見る。蓋だった大きな石は地面に転がされている。
「なんと!」
唖然とする張飛に「こちらこそ、ご馳走になった」と関羽は頭を下げる。
張飛は満腹になった腹をさすり、複雑な気持ちになる。
「わしの肉かあ」
自分で蒔いた種であるので、『肉を奪ったやつ』と怒ることもできない。しかも関羽は独り占めせず、村のみんなに振舞ったのだ。上等な塩まで振って。
「どこからきて、どこにいくのだ?」
「わしは河東郡の関雲長と申す。役人を斬り出奔した。行先はまだ決めておらぬ」
「おれは張翼徳だ。よかったら俺の家で飲み直そう」
「そうか。では遠慮なく」
張飛は堂々とした関羽にかなわぬものを感じる。そして己のくすぶっているものが関羽にならわかるのではないかと直感的に感じた。
関羽もこの荒くれ者に見える張飛には、もっと大きな力が秘められていると予感する。肉屋であることが不思議なくらいだ。
己の事、世の中の事、つまらぬことから大事なことを話し合う。一晩、飲み明かすと二人は意気投合し、もう離れることは出来ない兄弟のようだと感じ合った。
こうして年長である関羽が張飛の兄となり終生、兄弟であると契りを結ぶのであった。
関羽雲長は一面銀白色の塩池を眺め、目を閉じ景色を胸に納める。
「もう、この清らかな景色は二度と見られはしまい」
ここ河東郡解県では製塩業が盛んである。関羽は政府が買い上げるこの製塩の運搬作業に関わっていた。若くして堂々とし腕っぷしの強い彼はいわば用心棒である。美しい長い髭と熟したナツメのような赤い顔、そして軽々と扱う青龍偃月刀は遠くからでも特徴的ですぐに関羽だとわかる。この特徴のおかげと実際の武力により関羽が運ぶ製塩は盗賊に襲われることが皆無だった。
ある時、関羽は珍しく近寄ってきた盗賊から守った塩が、純白をしておらず薄汚れ砂が混じっていることに気づいた。怪しんだ彼はしばらく製塩業者を調べ続ける。そして製塩に混ぜ物をし、暴利をむさぼっていることに気づく。潔癖で公正な性格である関羽はこの不正が許せなかった。業者に詰め寄ると、心を入れ替えるとその場限りの言い逃れをされ、更には関羽を亡き者にしようと他の用心棒に襲わせる。勿論、並の用心棒が束になっても関羽の青龍偃月刀の一振りの前では塵も同然だった。怒りの関羽は製塩業者を真っ二つに切り裂き、出奔したのだった。
張飛翼徳は山の中で巨大な猪と格闘していた。
「ふぐううぅう! 力なら俺の方が上だあ!」
突進してきた猪の牙を真正面から受け止め、ぐっと力を込める。
「ふんっ!」
一ひねりすると猪は潰れたような鳴き声を出し絶命した。張飛が縊り殺したのだ。
「わっははっは。この翼徳さまにはかなうまい!」
この肉をさばいて売ろうと上機嫌で山から下りた。
大きな猪を背負って歩く、張飛は市場では有名人であった。
「ようよう。虎髭のダンナ。今度の獲物はまた一段と立派だなあ」
「わっははは。俺様にかかればこんな猪の一匹や二匹造作もないことだ」
軽々と屋敷へ運び込み、肉を解体始める。彼は肉屋を営んでいた。虎髭にどんぐり眼のこの大男が繊細で手先が器用だとは誰も想像がつかない。
「よしよし、綺麗に肉が取れた。痛まぬように井戸で冷やしておくか」
手際よく肉を解体し、市場の近くの井戸の中に吊るし、その縄を大きな石で蓋をし止めた。石は両手で抱えるほどで、並の男では動かすことも叶わないだろう。
「ひええい。流石はダンナ。その石を持ち上げられるのはダンナ以外にいないでしょうなあ」
豆を売っている男は感心して声を上げる。気を良くした張飛は「わっはははっ。そうさなあ、これを持ち上げるものがおれば、この肉をやっても良いぞ。どうだ?」と豆売りに言う。
「ひええっ、とんでもない! 動くわけがない。万が一動いて、下敷きにでもなったら大変なこって」
「わはははっ! そうだ。肉を冷やしている間、立札を立てておいてやろう」
屋敷に戻り、棒に板切れを打ち付け墨で『この石を動かすものに中の肉を与える』と書いた。
「さて、ちょっくら昼寝でもしてくるか」
石が動かされることなどに何の懸念も抱かない張飛は疲労を癒すべく横になることにした。
関羽はあてもなく彷徨っていると、黄色い頭巾をかぶった集団がぞろぞろ歩くのが見えた。手には農具を持っている。
後方の農具ではなく槍を持った、いかつい男にこれは何の集団かと尋ねた。
「おれたちゃ、大賢良師、張様の信者よ。これからは黄巾の世の中になるのさ」
「大賢良師?」
「知らねえのか? 太平道の大賢良師を」
「ああ、あの病を治したりするという。――まさか国を倒すつもりなのか?」
「倒すんじゃねえ。清らかな民の国を興すんでえ」
「なるほど。今は政府も役人も腐っておるからな」
「立派な髭のダンナ。その偃月刀は飾りじゃねえんだろ? 一緒にどうでえ。黄巾党は今の世の中を変えたい奴らを誰でも歓迎するぜ」
「ふむ。わしも役人を斬ってばかりだ。しばらくついて行くか」
こうしてしばらく関羽は黄巾党について行くことにした。黄巾党は張角が興した宗教団体で10年以上かけて信者を50万以上獲得した。
そして吉日を選び、ほぼ農民である信者に武器を取らせ政府転覆をもくろんでいるのだった。
関羽は集団について歩き、張角がいる北東の冀州へ向かう。道すがら張角の人物像を聞き、人を治しながら世を憂う姿になるほどと関心もするが、今一つ心が動かされなかった。
集団の中には黄巾党だということが免罪符であるとばかりに、盗みや略奪を働く者もおりそれが関羽には許せなかった。
「これでは、ただの強盗集団ではないか」
まっとうな信者もいるようだが、末端には濁った者もやはり多い。張角に会ってみようと思ってはいたが、集団の一人――民家に入り娘を襲おうとした――を斬ってからそこを離れ、北上した。
幽州タク郡に着く。黄河の北に位置するこの地域は、中華全土を一番最初に統治したと言われる伝説の黄帝が活動した地であるとも言われている。
「ああ、ここは我ら漢民族の故郷でもあるのだ」
感銘を受け、町中に入り市場に行くと素朴ながら活気があり、関羽は人心地つく。
市場の豆売りの男に肉を食べたいがないかと尋ねた。
「ああ、あいにく今肉売りのダンナが昼寝の最中なんですよお」
「そうか。それは残念だな」
「しかし、ダンナも肉売りのダンナくらい、いやそれ以上に立派な身体ですなあ。もしかしたら出来たりして」
「ん?」
「あの井戸をご覧なさい。ほらそこの立て札」
「ふむ。『この石を動かすものに中の肉を与える』とな。面白い」
関羽はこのような巨大な石を持ち上げるものがこの田舎におり、更にそれを持ち上げてみろという挑戦に愉快な気分で挑む。
「え? やるんですかい?」
「ああ。出来たら皆に肉を振舞おう」
たちまち屋台を放り投げ、井戸の周りの関羽を取り囲む。張飛を知っているものたちは、関羽を一目見るなり『この御仁ならやりそうだ』と期待感を持つ。それほど関羽は立派な体格と風格を備えていた。ヤジを飛ばすものはおらず、皆固唾をのんで待つ。
豆売りに青龍偃月刀を渡すと、男は重さにふらついたがなんとか落とさずに持った。
「どれ」
袖をまくると精悍な逞しい腕が見える。
「ふんっ!」
関羽は両手で抱き上げるように石を持ち上げる。作業は一度で済んだ。持ち替えるとか力を入れ直す必要がなかった。一度だけ持って、井戸の横に置いたのだ。
「うわあー!」
「こいつはすげえ!」
歓声が聞こえ、関羽は紅い顔を綻ばせる。
「さあ、皆で焼いて食おう」
市場の中央に火を起こさせ、関羽は持っていた塩をかけてその猪の肉を皆に配る。
「なんてえ、美味いんだあ」
「これは塩かね? 塩がいいんだろうなあ」
この村の塩もやはり混ぜ物が多く、関羽にとってそれは塩には見えないほどであった。腰に下げた清らかな塩はやはり宝であると優しく袋を撫でた。
そこへドシンドシンと寝起きの張飛がやってきた。虎髭はより乱れ、手には酒瓶を持っている姿はまさに荒くれである。
「なんだなんだ。やけに旨そうな匂いをさせているじゃないか?」
豆売りは小さく「ひえっ」と叫んで関羽の後ろに下がった。そして関羽に耳打ちする。
「あのダンナが肉売りです」
「ほう」
関羽は長い髭をつるりと撫で張飛に声を掛ける。
「そなたもこの肉を食べるがよい」
「ん? 誰だかわからぬが、かたじけない」
張飛は自分のとってきた猪の肉と知らず平らげる。
「うーむ。これは絶品だ!」
大きな肉の塊はあっという間に無くなり、市場に居たものはこれから張飛がこの肉の事を知り暴れるのではないかと危惧し、関羽に礼を言い静かに立ち去った。
関羽の座っている周りには、皆からの礼で、酒やら豆やら他にもいろいろなものが並んでいた。張飛は肉と酒で上機嫌になっている。
腹が膨れたところで張飛は改めて関羽に礼を言う。
「いやあ。こんなに美味い肉を食べたのは初めてだった。この通りだ」
「いやいや。頭を下げる必要はない。その井戸に入っておったのだ」
「え? 井戸?」
パチパチとどんぐり眼をまばたきさせ、あっと気づき井戸を見る。蓋だった大きな石は地面に転がされている。
「なんと!」
唖然とする張飛に「こちらこそ、ご馳走になった」と関羽は頭を下げる。
張飛は満腹になった腹をさすり、複雑な気持ちになる。
「わしの肉かあ」
自分で蒔いた種であるので、『肉を奪ったやつ』と怒ることもできない。しかも関羽は独り占めせず、村のみんなに振舞ったのだ。上等な塩まで振って。
「どこからきて、どこにいくのだ?」
「わしは河東郡の関雲長と申す。役人を斬り出奔した。行先はまだ決めておらぬ」
「おれは張翼徳だ。よかったら俺の家で飲み直そう」
「そうか。では遠慮なく」
張飛は堂々とした関羽にかなわぬものを感じる。そして己のくすぶっているものが関羽にならわかるのではないかと直感的に感じた。
関羽もこの荒くれ者に見える張飛には、もっと大きな力が秘められていると予感する。肉屋であることが不思議なくらいだ。
己の事、世の中の事、つまらぬことから大事なことを話し合う。一晩、飲み明かすと二人は意気投合し、もう離れることは出来ない兄弟のようだと感じ合った。
こうして年長である関羽が張飛の兄となり終生、兄弟であると契りを結ぶのであった。
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