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しおりを挟む一樹はふっと優しい眼差しを見せた後、呟いた。
「僕は、女を抱いたことがないのだ」
「え……」
「だから、お前をこれ以上良くしてやれる自信がないのだよ」
「ああ。なんて清く過ごされてきたのかしら……。それに比べて……、あ、あたくしは……」
「お前は清いよ。神々しいくらいだ」
「此の吾が身の成り余れる処を以ちて、汝が身の成り合はざる処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと以為ふ。生むこと奈何。」
「然善けむ。」
「一つになったな……」
「ええ」
「まるでイザナギになったような気分だよ」
「私もあなたのイザナミでありたい……」
二人は古事記の台詞を言い合い、優しく笑い合った。
(今、初めて愛し合っているのだわ)
喜びで涙が溢れる。
「一樹さん。愛してます」
「僕もだ。愛してる……」
抱きしめられながら、珠子は銀木犀の香りを嗅いだ。まるで一樹が銀木犀そのもののようだ。
自分の中を狂おしく駆け巡る一樹を抱きしめ、甘い香りにとろけながら珠子はこの山を、世界を銀木犀でいっぱいにしようと考える。
どこに居ても、香りが一樹に届きますようにと祈りながら。
――銀木犀の花言葉は『初恋』
終わり
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