銀木犀の香る寝屋であなたと

はぎわら歓

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 ガタガタと立て付けの悪い引き戸を開け、土間のでこぼこした地面にヒールをとられそうになりながら珠子は部屋に上がった。

 ちゃぶ台でうとうとしていたキヨが気づき、「おかえりなさいませ」と声を掛けてくる。



「ああ、ごめんなさい。もう休んでいたかと思って」

「いえ。いいんです。ちょっとお話があって」

「ん?なあに。ちょっと待っててね、着替えてくるわ」



 派手な装いからすっかり清楚な様子に戻った珠子はちゃぶ台に座る。

キヨから白湯を渡され美味しそうに飲み、人心地ついた。

そこでキヨは今日、隣人から聞いた話を珠子に伝えた。



「ご親戚付き合いはあまりなかったのよね。社交は多かったのだけれど。確か婚礼の時に正弘様、文弘さんのお父さまね。

その方の歳の離れた弟で、道弘様とおっしゃる方がいらしたわ。私にはそれくらいしかわからない。形ばかりの妻でしたから……」

「珠子さん……。しょうがなですよ。こうなるまであっという間でしたし……」

「ナカさんがいらしたらね……」

「そうですね……」

 久しぶりにメイドのナカを思い出し、涙ぐんだ。

今の珠子の姿を見たらナカは何と言うだろうか。



「近々来るかもしれません。どういたしましょう」

「そうねえ。お相手がどういうおつもりなのか、聞いてみないことにはわからないわね」

「ですねえ」

「まあ、寝ましょうか」

「ええ」

 考えてもしょうがないと二人は寝ることにした。



 狭い寝室に布団を三枚並べてあり、珠子が遅く帰宅するようになるまでは吉弘を挟み川の字で寝ていた。

今は眠りを妨げぬように珠子は二人の足元で寝ている。



 真っ暗闇の中で珠子は天井を見ながら、ロバートの話とキヨの話しを交互に思い出す。

(私は藤井家の人間……)

 ロバートのことは一時の夢だと思った方がいいだろうと、本気で考えるのをやめ、目を閉じた。

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