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「あの。女給募集とありますが、お話伺えますでしょうか?」

 小さいがモダンな洋館が新しくできており、活気のある街に新しい文化の香りを運んでいる。

どうやら、この町で初めての洋食屋が開店するようだ。

珠子は店に入り、まだ開店前の店内を一望した。



「来週、開店するんですが、なんせ田舎なので女給がこなくてねえ。あなたが初めてですよ。若い娘がチラチラ張り紙を見てはいるのだが」

 背が高く八の字のしゃれた髭とポマードで整えられた髪の店長がにこやかに言う。



「あのう。どんなお仕事でしょうか。やらせてもらえるならお願いしたいのですが」

「うーん」

 店長はカイゼル髭を人差し指と中指でつまみ、するっと整えて下から上まで珠子を眺める。



「あなたはどこぞのいいところの奥様ではありませんか?ご家族はご存じなのですか?うちは飯屋だから都会のカフェーと違って男の相手をすることはないけれど……」

「男の相手……?」

「いや。まあお食事を運ぶ仕事です。ただ風俗と勘違いする男もいるだろうから、嫌な思いをすることもあると思いますよ。……まあ、だからいまだに誰も求人に食いついてくれなかったわけですが……」



「あの、私、どうしても働く必要があるのです。夫はすでにおりませんが、養う家族がいるのです」

 必死の珠子の訴えに店長はうんうんと頷いて「わかりました」と手を差し出した。

「オーナーの井川三郎です。ではお願いしますよ」

「はい。藤井珠子です。どうか、どうかよろしくお願いいたします」

 差し伸べられた手にすがる様に珠子は固い握手を交わした。

久しぶりに安堵し帰宅した。



「ただいま、ナカさん」

「お帰りなさいませ」

「キヨさんと吉弘の様子はどう?」

「ええ、なかなか良いお加減ですよ。止まっていたお乳もまた良く出ましたし、わたしの粥を良く召し上がりました」

「そう。よかったわ。あのね、今日、仕事が見つかったのよ。これでもう少し暮らしぶりが良くなると思うわ」

「まあ、まあ……。奥様が……」

「泣かないでナカさん……」



 藤井家では冷たそうなつっけんどんな老女に見えていたメイドのナカは実際は面倒見の良い、温かい人柄でキヨにも吉弘にも行き届いた世話をしている。

珠子の今の状況も彼女にとって不憫でならないようで、たまにこうやって涙を流すのだった。



「キヨさん、いかが?」

「あ、たま、こおく、さ、あま。おかえ、りなさ、ぃ」

「お乳、いっぱいでたんですってね。よかったわ」

「あ、い。あり、がとおご、ざひ、ます」

 キヨは少しまだ言葉にマヒが残ってはいるが体力は元々あるようなので随分と回復してきた。



 吉弘が畳の上をハイハイしている。

「まあっ、吉弘の元気なこと」

「あっー!あっー!うーうまあ」

 キヨはひきつれた顔を綻ばせて吉弘を見る。

珠子はキヨの母親としての表情をみながら、この家族は私の家族なのだと実感した。
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