銀木犀の香る寝屋であなたと

はぎわら歓

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5 葉子

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 祝言はひっそりと行われるらしい。
浩一に後添えをという話は今までも親戚中から出ていたが、まさか使用人と再婚するとは皆、夢にも思わず口にこそ出さないが不満に思うものも多いようだ。
 親戚にも使用人にも葉子が浩一に色目を使ったのだろうと、噂されている。

 浩一と葉子が愛し合うようになり、この再婚に到るまで実際には三年以上経っていた。
浩一は早くから心をきめていたようだが、周囲の目を気にし、なかなか葉子は首を縦に振れなかった。
ひっそりと小屋で愛し合うだけでよいと思っていたのだ。

 しかし、すでに二人の関係に噂は立っており、一樹への負い目も感じ、再婚へと踏み切った。
不安が大きい中、それでも愛する浩一と夫婦になれることは最上の喜びである。
葉子はぼんやりと浩一との出会いを思い返していた。


――凍えるような冷たい水で野菜を洗う。
夫が生きていれば使用人仲間から外されたような扱いを受けることもなかったかもしれない。
葉子は夫を亡くしてから下働きの中でも辛い仕事をさせられることが多かった。
それでも文句を言わず、一人息子の一樹を育て上げるため黙々とこなした。

 葉子にとって夫が生きているときのほうが辛かった。
夫の一雄は元々腕の良い家具職人で沢木屋で扱う木材を使って主に箪笥やら水屋などを制作していた。

 ある時、カンナで指を傷つけてしまい繊細な仕事が出来なくなってしまう。
それでも十分な腕前だったが、その小さな傷は一雄の自尊心を奪い、
家具職人から材木の運び手となり、やがて酒におぼれ喧嘩ばかりする
絵に描いた様な転落した日々となった。

 葉子も幼い一樹の身を守ることに精一杯で、一雄を諫めることも正すこともできなかった。
そして一雄は酔っ払い川に落ちて死んだ。
ショックと安堵を同時に葉子は覚えた。

 一樹を守ることに命がけの毎日に比べると使用人からの心無い仕打ちなどなんでもなかった。


 あかぎれた真っ赤な手に息を吹きかけていると、浩一がやってきて声を掛けた。
「寒い日にご苦労様だね」
「あ、だんな様」

 浩一は懐から小さな塗りの容器を取り出して葉子に渡す。
「この薬を塗るといい」
「え、あの、こんなのいただけません」
「いいんだよ。いつも君が寒空の中いるから気になってたんだ。他のものと代わり番でしないのかい?」
「あ、あの。わたしの役目なので」

「毎日一人じゃ辛いだろう。私が女中頭に言っておこう」
「いえ!おっしゃらないで!このままでいいんです。わたしが好きでこのやってるんです!」
 葉子は必死になって浩一を止めた。
その様子に「わかった」と言いその場は収まった。
葉子は安堵しまた作業を続けた。
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