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毎週のように会い、話し合った。
一樹は珠子に山の中の生活について季節の移り変わりの美しさを話して聞かせ、いつの間にか珠子は木や野草などに詳しくなっていった。
珠子は小学校で習った事や友達の話をしたが、恐らく一樹には新鮮な知識ではないのだろう。
微笑んで聞くが質問をすることはなかった。
「一樹さんに教えてあげられることがあまりないわ」
「ふふっ。俺のほうが二年早く生まれてるからね。
でもそのうち上の学校に行くだろう?そしたら習った事教えてくれないかな」
「ええ!よろしくてよ」
こっそりと食べずに残しておいた砂糖菓子を一樹と一緒に食べた。
(二人で食べるとなんて美味しいのかしら)
一樹も木の実を取ってやり珠子に渡した。
小さな木の実は珠子にとって宝石の様に見える。
秋が終わり、冬の訪れが感じられたときに一樹は珠子の身を案じ会うのをやめようと言い始めた。
珠子は拒んだが、寒さのせいであろうか、浩一も出かけなくなってしまい、自動的に一樹と会う機会を失ってしまう。
(つまらないわ)
本格的な冬が訪れる前の日曜日に、珠子は浩一にお客様がいらっしゃるから来るようにと言われた。
おかっぱの真黒な髪に櫛を入れ、クリーム色と薄紅色の市松模様の着物の着崩れをばあやに正してもらい客間へ向かった。
客間までばあやも付いて着、珠子の所作を見守る。
廊下で正座をし声を掛けた。
「おとうさま、珠子です」
「どうぞ、おはいり」
「失礼します」
入って顔をあげたときに「あっ」と声をあげてしまった。
ばあやがすかさず「まあっ、そんなお声を出して」とたしなめたので珠子は黙って下座に座った。
葉子と一樹が居るのだ。(どうしたのかしら)
二人ともいつもの仕事着でも普段着でもない。
葉子は新しく仕立てたのであろう、ウール地のようだが黒地に椿が少しあしらわれたモダンな着物を着、髪をきちんとまとめて、赤い珊瑚のかんざしを挿している。
顔立ちのはっきりした葉子に赤がよく似合う。
一樹は詰襟の黒い学生服だ。
座敷に一瞬、静けさが舞い降り空気が張り詰めた。
「葉子だよ。うちで食事の支度をしてくれているだろうから知っていると思うが」
「え、ええ」
下働きの使用人である葉子の存在を知ってはいたが、このようにまともに見ることは初めてで、いつも手拭いで髪と顔を覆うようにし、薄汚れた割烹着で慌ただしく野菜を洗っているところを何度か見たことがあるだけだった。
(とてもお綺麗なひとだったのねえ)
珠子は思わず葉子の顔を見入ってしまう。
そこへまた後ろからばあやが「不躾ですよ」と注意するので、そっと目を伏せた。
「で、こちらは息子の一樹くん。彼は製材のほうで奉公してくれていたんだが春から中学へ通ってもらうことにしたよ」
「は、はあ」
いまだ事情がよく呑み込めてない珠子に浩一はコホンと咳払いをして続けた。
「年が明けたら葉子に後添えとして入ってもらおうと思ってるんだ。珠子。新しいお母さまは嫌だろうか」
いきなりの話で珠子には嫌かと聞かれても、よくわからず「いいえ」としか答えられなかった。
「よかった」
浩一は安心したように葉子に目配せをすると、少し葉子は前に出て三つ指をつき頭を下げた。
「珠子おじょうさま。これから息子と一緒にだんな様にお世話になることになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「え、あ、はい。こちらこそ、よろしくおねがいいたします」
慌てて珠子も頭を下げる。
「一樹です。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそ」
頭を下げたままチラッと一樹を見ると彼は複雑そうな顔をしていたが珠子がこっそり笑いかけると少しだけ相好を崩した。
「さあ、そんなにかしこまらないで。珠子、葉子はお母さま、一樹くんはお前の兄さまだよ」
「まあっ」
やっと合点がいった珠子は浩一と葉子の再婚よりも一樹と兄妹になれることが嬉しくてたまらなかった。
「お母さま、兄さま、仲良くなさってね」
しばらくすると食事が始まった。
ばあやは下がり、膳が運ばれ始める。
浩一と珠子、葉子と一樹が並んで座り、向かい合う形になった。
「葉子、一樹くん。堅苦しくしないで、さあ、お食べなさい」
「は、はい」
二人の親子は緊張しながら箸を手に取り、そっと椀に手を付け始める。
珠子は嬉しさと興奮で浩一にに質問攻めだ。
「ねえ、お父さま、ご祝言はどうなさるの?兄さまの部屋はどちらかしら?
もう夜はばあやじゃなくてお母さまがご本を読んでくださるのかしら?」
「こらこら、そんなにいっぺんに」
いつもの優しい浩一の瞳に満足そうな笑みが浮かび上がっている。
浩一は木材を扱っている割に線が細く色白で、髪も亜麻色だ。
いつも優美な雰囲気で儚げだが、今日はとても落ち着いたしっかりとした印象を与える。
ここ十年、一人で過ごしてきた浩一は妻を娶ることで張りが出てきたのかもしれない。
珠子はいつもよりも美味しく感じられる食事に大変満足した。
一樹は珠子に山の中の生活について季節の移り変わりの美しさを話して聞かせ、いつの間にか珠子は木や野草などに詳しくなっていった。
珠子は小学校で習った事や友達の話をしたが、恐らく一樹には新鮮な知識ではないのだろう。
微笑んで聞くが質問をすることはなかった。
「一樹さんに教えてあげられることがあまりないわ」
「ふふっ。俺のほうが二年早く生まれてるからね。
でもそのうち上の学校に行くだろう?そしたら習った事教えてくれないかな」
「ええ!よろしくてよ」
こっそりと食べずに残しておいた砂糖菓子を一樹と一緒に食べた。
(二人で食べるとなんて美味しいのかしら)
一樹も木の実を取ってやり珠子に渡した。
小さな木の実は珠子にとって宝石の様に見える。
秋が終わり、冬の訪れが感じられたときに一樹は珠子の身を案じ会うのをやめようと言い始めた。
珠子は拒んだが、寒さのせいであろうか、浩一も出かけなくなってしまい、自動的に一樹と会う機会を失ってしまう。
(つまらないわ)
本格的な冬が訪れる前の日曜日に、珠子は浩一にお客様がいらっしゃるから来るようにと言われた。
おかっぱの真黒な髪に櫛を入れ、クリーム色と薄紅色の市松模様の着物の着崩れをばあやに正してもらい客間へ向かった。
客間までばあやも付いて着、珠子の所作を見守る。
廊下で正座をし声を掛けた。
「おとうさま、珠子です」
「どうぞ、おはいり」
「失礼します」
入って顔をあげたときに「あっ」と声をあげてしまった。
ばあやがすかさず「まあっ、そんなお声を出して」とたしなめたので珠子は黙って下座に座った。
葉子と一樹が居るのだ。(どうしたのかしら)
二人ともいつもの仕事着でも普段着でもない。
葉子は新しく仕立てたのであろう、ウール地のようだが黒地に椿が少しあしらわれたモダンな着物を着、髪をきちんとまとめて、赤い珊瑚のかんざしを挿している。
顔立ちのはっきりした葉子に赤がよく似合う。
一樹は詰襟の黒い学生服だ。
座敷に一瞬、静けさが舞い降り空気が張り詰めた。
「葉子だよ。うちで食事の支度をしてくれているだろうから知っていると思うが」
「え、ええ」
下働きの使用人である葉子の存在を知ってはいたが、このようにまともに見ることは初めてで、いつも手拭いで髪と顔を覆うようにし、薄汚れた割烹着で慌ただしく野菜を洗っているところを何度か見たことがあるだけだった。
(とてもお綺麗なひとだったのねえ)
珠子は思わず葉子の顔を見入ってしまう。
そこへまた後ろからばあやが「不躾ですよ」と注意するので、そっと目を伏せた。
「で、こちらは息子の一樹くん。彼は製材のほうで奉公してくれていたんだが春から中学へ通ってもらうことにしたよ」
「は、はあ」
いまだ事情がよく呑み込めてない珠子に浩一はコホンと咳払いをして続けた。
「年が明けたら葉子に後添えとして入ってもらおうと思ってるんだ。珠子。新しいお母さまは嫌だろうか」
いきなりの話で珠子には嫌かと聞かれても、よくわからず「いいえ」としか答えられなかった。
「よかった」
浩一は安心したように葉子に目配せをすると、少し葉子は前に出て三つ指をつき頭を下げた。
「珠子おじょうさま。これから息子と一緒にだんな様にお世話になることになりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「え、あ、はい。こちらこそ、よろしくおねがいいたします」
慌てて珠子も頭を下げる。
「一樹です。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。こちらこそ」
頭を下げたままチラッと一樹を見ると彼は複雑そうな顔をしていたが珠子がこっそり笑いかけると少しだけ相好を崩した。
「さあ、そんなにかしこまらないで。珠子、葉子はお母さま、一樹くんはお前の兄さまだよ」
「まあっ」
やっと合点がいった珠子は浩一と葉子の再婚よりも一樹と兄妹になれることが嬉しくてたまらなかった。
「お母さま、兄さま、仲良くなさってね」
しばらくすると食事が始まった。
ばあやは下がり、膳が運ばれ始める。
浩一と珠子、葉子と一樹が並んで座り、向かい合う形になった。
「葉子、一樹くん。堅苦しくしないで、さあ、お食べなさい」
「は、はい」
二人の親子は緊張しながら箸を手に取り、そっと椀に手を付け始める。
珠子は嬉しさと興奮で浩一にに質問攻めだ。
「ねえ、お父さま、ご祝言はどうなさるの?兄さまの部屋はどちらかしら?
もう夜はばあやじゃなくてお母さまがご本を読んでくださるのかしら?」
「こらこら、そんなにいっぺんに」
いつもの優しい浩一の瞳に満足そうな笑みが浮かび上がっている。
浩一は木材を扱っている割に線が細く色白で、髪も亜麻色だ。
いつも優美な雰囲気で儚げだが、今日はとても落ち着いたしっかりとした印象を与える。
ここ十年、一人で過ごしてきた浩一は妻を娶ることで張りが出てきたのかもしれない。
珠子はいつもよりも美味しく感じられる食事に大変満足した。
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