108 / 127
108 解放
しおりを挟む
長く話したと思ったのに、わずかな時間しかたっていなかった。柄のついた湯飲みの中の、紅茶は温かい。
「ジンリン、よかったら私とこの国を廻ってみませんか? 自由の身なのですから」
「あの、わたしは華夏国へ戻る費用を貯めたいと思っているので」
「おやおや。そのような平凡なことを言ってはいけない。ここでじっとしているほうが華夏国へ戻る近道だと?」
「旅をするには相当の資金がひつようですから」
ジャーマンは少年のような瞳を見せてにっこり笑い、ジェイコブのほうに振り返る。
「彼女を連れて行ってもいいかな?」
「はあ……。いつまでも商売の手伝いというか、占ってもらっていたかったのだが」
「もう、必要ないのでは?」
「そういわれると確かにそうですがね」
「じゃあ、決まりだ」
「わしは良いですが、ジンリンの意志も尊重してやってくださいよ」
「ええ、もちろん。しかしあなたは良い商人だ。これからも国がどうなろうとも発展するでしょう」
「はははっ。これはどうも」
ジャーマンの言葉の意味を深く考えずにジェイコブはジンリンを手放した。
「善は急げだ。ジンリン、出かけよう」
いきなりやってきて、いきなり一緒に旅に出ようという瞬発力に、物事に動じない晶鈴もさすがに呆気にとられる。
「ジンリン。これは餞別だ。困ったら金に換えなさい」
ジェイコブは腕にはめていた純金の腕輪を外し晶鈴に渡す。
「ジェイコブ様……」
「機会というものは早々にない。それをジンリンもよく知っているだろう?」
「ええ、まさしく」
晶鈴の占いでも、好機が来たと出れば、ジェイコブは心配しながらでも乗ってきた。今では自然に、乗るべき波と、見送る波がわかる。流雲石しか持たない彼女は着の身着のままで、ジャーマンとともにフガー家を出る。
改めて立派な屋敷を眺めジェイコブに幸あれと祈る。ジェイコブはこの後、国が分裂しても翻弄されることなくフガー家を保ち続けるのだった。
「では、私の屋敷に参ろう。手を取って」
ジャーマンが手を差し伸べたが、晶鈴は出会ったばかりの男の手を取る習慣はなくじっと彼の手を見た。
「ほら、繋いで」
「え、繋ぐのですか? 手を引いてもらう必要はありませんが」
「ふふふっ。言葉で説明するよりも行動で示したほうが良いだろう。さあっ」
ジャーマンは強引に晶鈴の手をとり握る。
「目を閉じて」
「目を?」
「うん。良いというまで空けないように」
「はあ……」
考えてもよくわからないので、晶鈴は彼の言うとおりに目を閉じ「空けていいですよ」と言われて目を開いた。
「え?」
今まで居た、石畳とフガー家はすっかりなくなり、深い森の中にいた。
「ここは……」
空気もしっとりと湿り気を含み、涼しい。
「ほらね。場所を変えるのに資金が必要ではないのだ」
何かに化かされているかのように、晶鈴はジャーマンの誘うまま、彼の森の中の立派な屋敷に入っていた。こうして晶鈴は彼のもとで不思議な術を学ぶ。晶鈴はジャーマンの見込んだ通り呑み込みが早く、彼の教える色々な技を覚えていった。それでも思考と肉体の解放に数年かかった。
数年の間に浪漫国の帝政が終わりを告げる。民主制が始まったのだ。強大だった浪漫国は数多くの国に分裂し、それぞれの市民が国の元首を選んだ。身分は一切なくなり、奴隷はすべて解放され平等な市民となる。
「やっと奴隷制度がなくなったのね」
「形としてはね。奴隷だった者たちにとっては喜ばしいことだが、元王侯貴族たちの中にはそういうみな平等のような意識になれぬものが多いだろう」
「あなたは伯爵というご身分でしたね」
「ええ、革命までは。今は一市民ですよ」
浪漫国が解体され、民主制になり、身分が変化してもジャーマンにとっては些細なことだった。
「世界が変わってもあなたは変わらないのね」
「君も変わらない。ああ、少し若返ったようだ。そのころの君がきっと充実してた頃なんだろうね」
ジャーマンと一緒に過ごす晶鈴は歳を取るどころか確実に若くなった。華夏国を出る前くらいの娘時分の年頃だ。諸外国の人たちに比べ、元々若々しく見える晶鈴はまるで少女に見える。
「あなたはもっと若くならないのですか?」
「実年齢に比べ、はるかに若いよ。ちょうどこの年頃に精神と肉体の均衡がとれたのでね」
深く細かく追求したことはないが、ジャーマンは華夏国の千年生きていると言われる伝説の道士のようだった。晶鈴が生まれる前のずっとずっと古い時代のことも話してくれた。
残念なのは彼は華夏国には来たことがないことだ。一瞬で場所を移動することが出来るのは、行ったことのある場所に限っていた。ジャーマンのもとで、修行をし教えを乞うたおかげで、晶鈴はシルクロードを旅することなく、一瞬で華夏国に帰ることが出来るのだ。
「さあ、今度は私を連れて行ってくれたまえ」
「ええ、華夏国にお連れしましょう。でも、寄り道もさせてください」
「西国の友人だね」
晶鈴は、占術と透視を組み合わせることが出来、今、朱京湖が西国に戻ったことを知っている。彼女に会ってから、華夏国へ戻ることにした。
2人は西国の衣装を用意する。
「よくお似合いで」
「まあ、これはこれでアリかな」
薄手の透ける衣を身にまとい、2人は手をとりあって西国へと向かった。
「ジンリン、よかったら私とこの国を廻ってみませんか? 自由の身なのですから」
「あの、わたしは華夏国へ戻る費用を貯めたいと思っているので」
「おやおや。そのような平凡なことを言ってはいけない。ここでじっとしているほうが華夏国へ戻る近道だと?」
「旅をするには相当の資金がひつようですから」
ジャーマンは少年のような瞳を見せてにっこり笑い、ジェイコブのほうに振り返る。
「彼女を連れて行ってもいいかな?」
「はあ……。いつまでも商売の手伝いというか、占ってもらっていたかったのだが」
「もう、必要ないのでは?」
「そういわれると確かにそうですがね」
「じゃあ、決まりだ」
「わしは良いですが、ジンリンの意志も尊重してやってくださいよ」
「ええ、もちろん。しかしあなたは良い商人だ。これからも国がどうなろうとも発展するでしょう」
「はははっ。これはどうも」
ジャーマンの言葉の意味を深く考えずにジェイコブはジンリンを手放した。
「善は急げだ。ジンリン、出かけよう」
いきなりやってきて、いきなり一緒に旅に出ようという瞬発力に、物事に動じない晶鈴もさすがに呆気にとられる。
「ジンリン。これは餞別だ。困ったら金に換えなさい」
ジェイコブは腕にはめていた純金の腕輪を外し晶鈴に渡す。
「ジェイコブ様……」
「機会というものは早々にない。それをジンリンもよく知っているだろう?」
「ええ、まさしく」
晶鈴の占いでも、好機が来たと出れば、ジェイコブは心配しながらでも乗ってきた。今では自然に、乗るべき波と、見送る波がわかる。流雲石しか持たない彼女は着の身着のままで、ジャーマンとともにフガー家を出る。
改めて立派な屋敷を眺めジェイコブに幸あれと祈る。ジェイコブはこの後、国が分裂しても翻弄されることなくフガー家を保ち続けるのだった。
「では、私の屋敷に参ろう。手を取って」
ジャーマンが手を差し伸べたが、晶鈴は出会ったばかりの男の手を取る習慣はなくじっと彼の手を見た。
「ほら、繋いで」
「え、繋ぐのですか? 手を引いてもらう必要はありませんが」
「ふふふっ。言葉で説明するよりも行動で示したほうが良いだろう。さあっ」
ジャーマンは強引に晶鈴の手をとり握る。
「目を閉じて」
「目を?」
「うん。良いというまで空けないように」
「はあ……」
考えてもよくわからないので、晶鈴は彼の言うとおりに目を閉じ「空けていいですよ」と言われて目を開いた。
「え?」
今まで居た、石畳とフガー家はすっかりなくなり、深い森の中にいた。
「ここは……」
空気もしっとりと湿り気を含み、涼しい。
「ほらね。場所を変えるのに資金が必要ではないのだ」
何かに化かされているかのように、晶鈴はジャーマンの誘うまま、彼の森の中の立派な屋敷に入っていた。こうして晶鈴は彼のもとで不思議な術を学ぶ。晶鈴はジャーマンの見込んだ通り呑み込みが早く、彼の教える色々な技を覚えていった。それでも思考と肉体の解放に数年かかった。
数年の間に浪漫国の帝政が終わりを告げる。民主制が始まったのだ。強大だった浪漫国は数多くの国に分裂し、それぞれの市民が国の元首を選んだ。身分は一切なくなり、奴隷はすべて解放され平等な市民となる。
「やっと奴隷制度がなくなったのね」
「形としてはね。奴隷だった者たちにとっては喜ばしいことだが、元王侯貴族たちの中にはそういうみな平等のような意識になれぬものが多いだろう」
「あなたは伯爵というご身分でしたね」
「ええ、革命までは。今は一市民ですよ」
浪漫国が解体され、民主制になり、身分が変化してもジャーマンにとっては些細なことだった。
「世界が変わってもあなたは変わらないのね」
「君も変わらない。ああ、少し若返ったようだ。そのころの君がきっと充実してた頃なんだろうね」
ジャーマンと一緒に過ごす晶鈴は歳を取るどころか確実に若くなった。華夏国を出る前くらいの娘時分の年頃だ。諸外国の人たちに比べ、元々若々しく見える晶鈴はまるで少女に見える。
「あなたはもっと若くならないのですか?」
「実年齢に比べ、はるかに若いよ。ちょうどこの年頃に精神と肉体の均衡がとれたのでね」
深く細かく追求したことはないが、ジャーマンは華夏国の千年生きていると言われる伝説の道士のようだった。晶鈴が生まれる前のずっとずっと古い時代のことも話してくれた。
残念なのは彼は華夏国には来たことがないことだ。一瞬で場所を移動することが出来るのは、行ったことのある場所に限っていた。ジャーマンのもとで、修行をし教えを乞うたおかげで、晶鈴はシルクロードを旅することなく、一瞬で華夏国に帰ることが出来るのだ。
「さあ、今度は私を連れて行ってくれたまえ」
「ええ、華夏国にお連れしましょう。でも、寄り道もさせてください」
「西国の友人だね」
晶鈴は、占術と透視を組み合わせることが出来、今、朱京湖が西国に戻ったことを知っている。彼女に会ってから、華夏国へ戻ることにした。
2人は西国の衣装を用意する。
「よくお似合いで」
「まあ、これはこれでアリかな」
薄手の透ける衣を身にまとい、2人は手をとりあって西国へと向かった。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……


地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる