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103 占い師
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一人で静かな夜道を歩く。大通りから一本入ると、店はまばらになっていて人通りも少なくなった。星羅は瓶のふたをとり、一口酒を飲む。
「一人で飲むほうが酔えるかな」
夫の明樹とはよく酒屋に行って楽しく飲んだ。陽気な彼は酒が入ると更に明るく朗らかになった。
「どうしてかしら、ね」
遺品を整理していた時に、明樹が星羅に当てただろう文が出てきた。
『私は弱い人間だ。すまない』
快活で前向きな明樹に弱い部分があろうとは夢にも思わなかった。父親である陸慶明も「明樹は私の母に似ているところがあったようだ」とがっくり肩を落としていた。
星羅が後を追わずなんとか生き長らえているのは、明樹の一粒種でもある、息子の徳樹が残っているからだろうか。瓶を傾けまた酒を含む。
「明兄さま……」
いつかひょっこり顔を出して「なんだ暗いじゃないか。酒でも飲もうぜ」とどこからか出てくるのではないだろうかと、無駄な空想に縋りつく。
気が付くと瓶は空になっている。
「少し酔ってきたみたい」
ふらふらし始めた星羅は広い道から狭い道に入る。家を目指して歩いていると、十字路に差し掛かる。
「おや? あんなところに誰か」
店も民家も建っていない空き地に机を出して座っている者がいる。行燈の火がちらちらしていて、その人物を明るくしたり暗くしたりする。
近づいてみると、街頭の占い師のようだった。
「そういえば、観てもらったことないな」
都のあちこちにも、街頭で占っているものがいる。太極府からのスカウトを待っている占い師も多いが、陳老師の眼鏡にかなうものはなかった。
ふらっと近づき、頭から深くローブをかぶった占い師に声を掛ける。
「観てもらえる?」
占い師はうつむいたまま頷き「何を観ましょう」と答えた。声で女人だとわかるくらいで、立っている星羅には座って俯く占い師の顔は見えない。
「え、と。母のことを」
「どちらの母を?」
「え? どちら?」
占い師はこくりと頷き「お二人いるでしょう」と静かに答える。いきなり当てられて星羅は驚いた。
「あ、ああ、では、その、育ての母を」
「わかりました」
占い師は袖口から紙の束をとり出しかき混ぜ、まとめてから何枚か机に並べる。色々な絵の札が並べられた。星羅にわかるのは、異国の民が描かれていることと、太陽、楽器を拭く人物などだった。
「あなたのお母さまはとてもお元気です。愛しい人との再会も果たしているでしょう。近々、手紙が届くかもしれません」
「そうですか。よかった」
少しだけ心が温まり、ほっとする。
「あの、生みの母も観てもらえますか?」
「わかりました」
先ほどの絵の札をまた集めて、混ぜ合わせ並べなおされた。歩いている異国の民と、輪の中で踊る人や、たくさんの棒を見た。
「ずっと旅をしています。自由の身でお元気ですよ。あなたのことをいつも気にかけていますが、お会いになれるのは随分先でしょう」
「随分先……。会えないかもしれないのですか?」
「会う必要があれば、きっと」
「そうですか。でも自由なのですね」
「あなたのことは良いのですか?」
「わたしのこと……」
「あなたは自分で道を切り拓いているのですね。誰かを頼ることなく。でもあなたのことをずっと見守っている方は多いのですよ。そのことをお忘れなく」
「ありがとうございます。では、これを」
懐から銀貨を出し5枚ほど机に置く。しかし占い師は受け取らない。
「金はいりません。その代わり、あなたの髪を一房ください」
「髪を?」
星羅は言われるまま、頭の横にすっと指を入れ一房髪をとりだす。長い髪の先を占い師はそっと撫で「少しだけですから」と異国の刃物でちょきんと手のひらくらいの長さを切った。
代金が金ではなく髪の毛とは変わった占い師だと思ったが、街頭の占い師に比べ、よく当たっていると思うので、価値が違うのかもしれない。
「これを一つどうぞ。お守りです」
占い師は腰から下げられるような紐が付いた、小さな布包みを星羅に渡す。
「あの、それだけよく見えているのなら、太極府にお知らせしておきますよ」
「太極府……」
「ええ、太極府では、あの、昔、すごく的中率の高い占い師がいたのですが、今はなかなかそれだけの人がいないようで」
「うふふ。ありがとう。今夜でここの商売は最後なので結構です」
「そうですか。では、これで」
「お元気で」
占い師にお元気でと言われて、やはり変わった挨拶だと思って星羅はまた道を歩き出した。手にしていた酒瓶がいつの間にかなくなって、代わりに布包みが手の中にある。あっと思って振り返ると、もう占い師の影も形も無くなっていた。
「一人で飲むほうが酔えるかな」
夫の明樹とはよく酒屋に行って楽しく飲んだ。陽気な彼は酒が入ると更に明るく朗らかになった。
「どうしてかしら、ね」
遺品を整理していた時に、明樹が星羅に当てただろう文が出てきた。
『私は弱い人間だ。すまない』
快活で前向きな明樹に弱い部分があろうとは夢にも思わなかった。父親である陸慶明も「明樹は私の母に似ているところがあったようだ」とがっくり肩を落としていた。
星羅が後を追わずなんとか生き長らえているのは、明樹の一粒種でもある、息子の徳樹が残っているからだろうか。瓶を傾けまた酒を含む。
「明兄さま……」
いつかひょっこり顔を出して「なんだ暗いじゃないか。酒でも飲もうぜ」とどこからか出てくるのではないだろうかと、無駄な空想に縋りつく。
気が付くと瓶は空になっている。
「少し酔ってきたみたい」
ふらふらし始めた星羅は広い道から狭い道に入る。家を目指して歩いていると、十字路に差し掛かる。
「おや? あんなところに誰か」
店も民家も建っていない空き地に机を出して座っている者がいる。行燈の火がちらちらしていて、その人物を明るくしたり暗くしたりする。
近づいてみると、街頭の占い師のようだった。
「そういえば、観てもらったことないな」
都のあちこちにも、街頭で占っているものがいる。太極府からのスカウトを待っている占い師も多いが、陳老師の眼鏡にかなうものはなかった。
ふらっと近づき、頭から深くローブをかぶった占い師に声を掛ける。
「観てもらえる?」
占い師はうつむいたまま頷き「何を観ましょう」と答えた。声で女人だとわかるくらいで、立っている星羅には座って俯く占い師の顔は見えない。
「え、と。母のことを」
「どちらの母を?」
「え? どちら?」
占い師はこくりと頷き「お二人いるでしょう」と静かに答える。いきなり当てられて星羅は驚いた。
「あ、ああ、では、その、育ての母を」
「わかりました」
占い師は袖口から紙の束をとり出しかき混ぜ、まとめてから何枚か机に並べる。色々な絵の札が並べられた。星羅にわかるのは、異国の民が描かれていることと、太陽、楽器を拭く人物などだった。
「あなたのお母さまはとてもお元気です。愛しい人との再会も果たしているでしょう。近々、手紙が届くかもしれません」
「そうですか。よかった」
少しだけ心が温まり、ほっとする。
「あの、生みの母も観てもらえますか?」
「わかりました」
先ほどの絵の札をまた集めて、混ぜ合わせ並べなおされた。歩いている異国の民と、輪の中で踊る人や、たくさんの棒を見た。
「ずっと旅をしています。自由の身でお元気ですよ。あなたのことをいつも気にかけていますが、お会いになれるのは随分先でしょう」
「随分先……。会えないかもしれないのですか?」
「会う必要があれば、きっと」
「そうですか。でも自由なのですね」
「あなたのことは良いのですか?」
「わたしのこと……」
「あなたは自分で道を切り拓いているのですね。誰かを頼ることなく。でもあなたのことをずっと見守っている方は多いのですよ。そのことをお忘れなく」
「ありがとうございます。では、これを」
懐から銀貨を出し5枚ほど机に置く。しかし占い師は受け取らない。
「金はいりません。その代わり、あなたの髪を一房ください」
「髪を?」
星羅は言われるまま、頭の横にすっと指を入れ一房髪をとりだす。長い髪の先を占い師はそっと撫で「少しだけですから」と異国の刃物でちょきんと手のひらくらいの長さを切った。
代金が金ではなく髪の毛とは変わった占い師だと思ったが、街頭の占い師に比べ、よく当たっていると思うので、価値が違うのかもしれない。
「これを一つどうぞ。お守りです」
占い師は腰から下げられるような紐が付いた、小さな布包みを星羅に渡す。
「あの、それだけよく見えているのなら、太極府にお知らせしておきますよ」
「太極府……」
「ええ、太極府では、あの、昔、すごく的中率の高い占い師がいたのですが、今はなかなかそれだけの人がいないようで」
「うふふ。ありがとう。今夜でここの商売は最後なので結構です」
「そうですか。では、これで」
「お元気で」
占い師にお元気でと言われて、やはり変わった挨拶だと思って星羅はまた道を歩き出した。手にしていた酒瓶がいつの間にかなくなって、代わりに布包みが手の中にある。あっと思って振り返ると、もう占い師の影も形も無くなっていた。
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