華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

文字の大きさ
99 / 127

99 兄と妹

しおりを挟む
 太極府へと星羅は赴き、兄の朱京樹に会いに行く。水を打ったような静けさを保つ太極府は、そこに勤める人々も植物的というか人間味がないというか、不思議で独特の雰囲気を持つ。京湖と明樹を失う前の星羅であれば静かすぎて落ち着かなかっただろうが、今は喧騒も耳に入らないほど心が閉ざされていた。案内された無機質な客間にじっと座って星羅は待った。音もなく入ってきた京樹が声を掛ける。

「よく来たね」
「あ、ああ京にい」
「どうかしたのかい?」
「実は、少し相談があって。時間は良いかしら」
「いいよ。ちょうど僕のほうも話したいことがあった」
「なあに?」
「いや、星羅から」
「ん……」

 数日前に義父である陸慶明から、息子の徳樹を養子に出さないかという話があったことを伝える。

「どうして公主さまのところへなど」
「それが、実は」

 身の危険が及ぶかもしれないということで、家族にも星羅は王の娘であることを伏せていた。それを初めて京樹に話す。

「なるほど、どうりで」
「驚かないのね」
「うん。太極府長の陳老師が星羅と徳樹の星と陛下の星を良く眺めていたからね。なんとなく」
「黙っていてごめんなさい」
「いいんだ」

 京樹の落ち着いた声と漆黒の瞳に星羅はどんどん落ち着いていく。

「星羅はどうしたいんだい?」
「わたしは……。よくわからない……」 

 徳樹が杏華公主の養子となっても会えなくなることはなかった。むしろ王の曹隆明の後を継ぎ、星羅が軍師となればただの親子関係以上の関わりになるだろう。

「そういう星のもとに徳樹は生まれたのだろう。星羅、君も……」
「義父上はとても良い話だというの。義母上も」
「そうだろうね。この王朝を引き継ぐのだもの。華夏国の権威と尊敬を一身に受けるのだから」
「わたしが手放すことを、徳樹はどう思うかしら」
「手放すとは違うよ。徳樹は星をみても本人を見ても国の天子だとよくわかる」
「ええ、そうね……」

 陸家を頼り、徳樹を育てることは可能だろうが、彼自身を見ていると王家に入ることが望ましい。軍師省に大人しくついてくる徳樹は、活発な議論に目を輝かせ、地図をじっくりと眺めている。まるで王太子であったころの曹隆明と同じようなまなざしで、華夏国を見ている。軍師として国に仕え、発展に尽力したいと考える星羅とは同じ血族でも、異質のものだ。

「わたしは軍師だけど、徳樹は君主なのだわ」
「結論が途中だけど、いいかな」
「え、ええもちろん」
「実は僕も西国に帰ることになる」
「えっ!?」
「かあさまと西国の状況がわかった。ここに手紙もある」

 京樹は棚から蛇腹の紙をとりだす。ふわっとスパイシーな香りが漂う。西国には紙にも香料が施されているようだ。中身は西国の文字ではなく、華夏国の漢字で書かれていたので星羅にも読むことができた。香りに懐かしさを感じながら読み進めた。

「なっ!」

 顔色を変える星羅が全て読み終えるまで京樹は待つ。読み終わった星羅は蛇腹の手紙を閉じ京樹に返した。

「まさか、かあさまが……」
「ああ、驚いた。そんな大それたことをする人ではなかったから」

 手紙にはラージハニこと京湖が、大王であるバダサンプを暗殺したと書かれてある。バダサンプは実は王族ではなかったことと、彼によって忠臣が排除され、重税を強いていた暴君であったことにより、京湖は大きな罪に問われなかった。そもそも京湖の身分は、バダサンプの身分をはるかにしのぐものであり、人が虫を殺したくらいの格差があった。更に王位継承者がことごとくバダサンプに抹殺されており、なんと京樹にもその継承権が回ってきている。

「京にい、王位につくの?」
「さあ、どうしようか」

 身分制度の厳しい西国に、華夏国で育った京樹が王になればきっと善政を敷くだろうと星羅は思う。

「京にい。王位に就くべきだわ」
「星羅はきっとそういうと思ってたよ」

 ふっと笑む京樹は、父の彰浩にも、母の京湖にもよく似て、優美で誠実そうだった。

「一緒に来ないか?」
「え? 京にいと? 西国に?」
「うん。王妃として」
「ええっ?」

 驚いて星羅は立ち上がった。声が響いたらしく隣から咳払いが聞こえた。

「あ、ご、めんなさい」

 下を向いてまた前を向くと、初めてみる兄ではなく、男としての表情を持つ京樹がいた。

「やだ、なんの冗談?」
「冗談ではないよ」
「でも、わたしたち、兄妹として育ってきて今更そんな」
「僕は妹じゃなくて一人の女人として君を愛してきた」

 真剣な表情に怖くなるほどだ。漆黒の瞳はより深く黒く星羅を吸い込んでしまいそうだ。

「あ、あの。ありがとう。でもわたしはやはり妹で、わたしの心は明樹にあるわ」
「ん。そういうと、わかってた……」

 星羅はいろいろな出来事と様々な感情が沸き上がり、何をどう考え感じたらいいか迷った。

「太極府のお仕事はどうするの?」
「星を見る限り、国難の絶頂がどうやら過ぎたみたいだ。もしかしたら徳樹のことも関係してるのかもしれない」
「そう」
「恐らくこの飢饉も一年耐えれば何とかなると思う」
「ならいいけど」

 良い話を聞くと少しだけ気持ちが軽くなる。

「難局を乗り切れば、帰国しようと思う」
「そうなのね……」

 京樹は西国に行く、ではなく帰国と言い始めた。

「家族としてでも来ないか? かあさまにも会えるし、きっと以前のようにみんなで暮らせるかも」

 星羅は首を横に振る。

「わたしはこの国の民だわ。もちろん京にいも、かあさまもとうさまも恋しい。でもこの国でやらねばならないことがいっぱいあるから」
「わかった。何かあればすぐに言うんだよ。できる限り力になるから」
「ありがとう」

 太極府を出て、陸家に戻り、ロバの明々と、馬の優々に会った。明々はますます老いた。もういつ逝ってもおかしくないだろう。

「ありがとう。あなたたちもきっとわたしのために居てくれるのよね」

 明々は「ヒィ」と短く鳴き、優々は「ヒンッ!」と力強く鳴いた。京樹も本当はすぐにでも西国に向かったほうが良いであろうが、星羅のためにぎりぎりまで華夏国に居ようとしている。京樹は西国の民のために大事な王になるだろう。いつまでも華夏国に居させては彼の時間が惜しい。

「立ち直らなければ……」

 愛する人を亡くしたときにどうやってみんな立ち直るのか。王朝の祖である高祖もこのような辛い気持ちになったのだろうか。

「そういえば、高祖も、愛する人をいつまでも忘れずによく泣いたと伝記にあったわ」

 どうやっても明樹が生き返ることはない。だからと言って悲しい気持ちがなくなることもない。しばらく明々と優々の前で泣いて、落ち着きを取り戻してから、慶明に徳樹の養子の件を話し合うことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...