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83 血脈
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代々軍師として仕えている郭家が、王、曹隆明のもとに祝辞を述べにやってきた。郭家は王家と婚姻を結ぶことなく、常に軍師を輩出し続け、こうして何代も繋がってきているので、ある意味外戚のようだった。この一族が私利私欲に走る輩であれば、この曹王朝は倒れていたかもしれない。
郭家は王家とも違う高いプライドを持つ家柄だ。この王朝を築いた高祖の志を受け継いでいるかのようである。軍師試験で郭家を優遇することは断じてない。どの世代にも一人は確実に軍師を輩出しているのは、そういう血統なのだろう。
ただし郭家にも保険のようなものがあるようだ。多く子を作り軍師になれる確立を上げている。とはいうものの下手な鍛冶屋も一度は名剣ではなく、元々のベースが違うのだろう。最難関の軍師試験はそうそうパスできない。
外戚のような関係であっても馴合うことはしない。権力にも富にも欲がなく、ただ最上策を練り上げることだけに専念するエキスパートだ。そのおかげで他の高官たちは郭家に一目を置いているが、特殊すぎるせいでやっかみの対象にもならなかった。
郭家の長である郭蒼樹の父、郭嘉益が長々と寿詞を読み上げる。普段、挨拶すらしない一家だがこういった形式はきちんとこなす。隆明はじっと聞き入り、終ると宴席に促す。王族と名家の宴会だが質素だ。お互いに迎合することのない関りで、質実剛健を旨とする王家と郭家には華美なものは必要なかった。派手な舞や劇もなく、音楽もなく上等な酒を酌み交わすくらいだ。
隆明は末席に星羅を見止める。またその腕に抱かれた赤子にも気づく。今すぐにでも席を立ち、星羅のもとへ行き赤子を抱きたいと思った。しかし思うだけで隆明は動かなかった。
「若かったのだな……」
「何かおっしゃいました?」
申陽菜がつぶやきに反応したが「いや、なんでもない」と言葉を濁す。隆明は胡晶鈴に会いに行った時のことを思い出していた。愛のない婚姻に耐えられず、衝動を抑えられずに晶鈴を抱きしめていた。今の彼にはもうない情熱と行動力だった。自分と晶鈴の娘である星羅。そして孫。
隆明と晶鈴の間には、一時の時間しかなかったが、これまでの間、隆明には様々な出来事があり、思いがあった。甘く苦しく懐かしい思いが隆明の中を駆け巡っていた。
宴会は短時間で終了する。合理的な郭家はだらだらと時間を過ごすくらいなら、延々と討議するほうが好ましいからだ。帰り際に、隆明は一番後ろの星羅にそっと声を掛けた。郭家と柳家の人々はもうほとんど籠に乗って降りて行ってしまっていた。
「陛下。ご即位、おめでとうございます」
「ん。ありがとう」
「その子はそなたの子か?」
「はい」
「名は何と申す」
「徳樹にございます」
「そうか。よい名だな。抱いても良いか?」
「えっ。あの、それは、もったいないことです」
一目だけ孫を見せたいと思っただけだったので星羅は慌てて頭を下げる。実の孫ではあるが、公にできない庶民の子を尊い王に抱かせるわけにはいかない。
「よい」
「あ、玉体が」
さっと星羅から奪うように徳樹を抱き上げる。徳樹はきゃっきゃと喜びの声をあげている。
「そなたにはわかるのだな」
「陛下……」
星羅はなんだか目が潤み、とても幸せな気分になっていた。郭蒼樹の咳払いが聞こえ、隆明は徳樹を星羅に返す。
「幸せに」
隆明は、星羅か徳樹か、二人ともにか分からないがそう声を掛けた。
「行こう」
郭蒼樹に促され星羅は『銅雀台』を降りていった。
「そなたたちも戻るがよい」
側室たちに声を掛けてから隆明は自室に戻っていった。側室たちは、あっさりとした宴会がもの足らずこれから集まり、菓子などを持ち寄って宴会の続きをするだろう。
「陽菜姉さまはこられないのですか? 茉莉姉さまのところで続きを……」
一番後から入った側室が申陽菜に声を掛けるが、険しい表情におののき黙って引き返した。
「あの赤子……」
申陽菜だけは、星羅の赤子が、曹隆明と同じ質の美しい髪を持っていることに気づいた。
「しかも男児とは」
星羅と隆明はやはり只ならぬ関係なのだと申陽菜はみなす。やはり星羅と徳樹を無視することはできないと一人部屋に戻り抹殺の計画を練り始めた。
郭家は王家とも違う高いプライドを持つ家柄だ。この王朝を築いた高祖の志を受け継いでいるかのようである。軍師試験で郭家を優遇することは断じてない。どの世代にも一人は確実に軍師を輩出しているのは、そういう血統なのだろう。
ただし郭家にも保険のようなものがあるようだ。多く子を作り軍師になれる確立を上げている。とはいうものの下手な鍛冶屋も一度は名剣ではなく、元々のベースが違うのだろう。最難関の軍師試験はそうそうパスできない。
外戚のような関係であっても馴合うことはしない。権力にも富にも欲がなく、ただ最上策を練り上げることだけに専念するエキスパートだ。そのおかげで他の高官たちは郭家に一目を置いているが、特殊すぎるせいでやっかみの対象にもならなかった。
郭家の長である郭蒼樹の父、郭嘉益が長々と寿詞を読み上げる。普段、挨拶すらしない一家だがこういった形式はきちんとこなす。隆明はじっと聞き入り、終ると宴席に促す。王族と名家の宴会だが質素だ。お互いに迎合することのない関りで、質実剛健を旨とする王家と郭家には華美なものは必要なかった。派手な舞や劇もなく、音楽もなく上等な酒を酌み交わすくらいだ。
隆明は末席に星羅を見止める。またその腕に抱かれた赤子にも気づく。今すぐにでも席を立ち、星羅のもとへ行き赤子を抱きたいと思った。しかし思うだけで隆明は動かなかった。
「若かったのだな……」
「何かおっしゃいました?」
申陽菜がつぶやきに反応したが「いや、なんでもない」と言葉を濁す。隆明は胡晶鈴に会いに行った時のことを思い出していた。愛のない婚姻に耐えられず、衝動を抑えられずに晶鈴を抱きしめていた。今の彼にはもうない情熱と行動力だった。自分と晶鈴の娘である星羅。そして孫。
隆明と晶鈴の間には、一時の時間しかなかったが、これまでの間、隆明には様々な出来事があり、思いがあった。甘く苦しく懐かしい思いが隆明の中を駆け巡っていた。
宴会は短時間で終了する。合理的な郭家はだらだらと時間を過ごすくらいなら、延々と討議するほうが好ましいからだ。帰り際に、隆明は一番後ろの星羅にそっと声を掛けた。郭家と柳家の人々はもうほとんど籠に乗って降りて行ってしまっていた。
「陛下。ご即位、おめでとうございます」
「ん。ありがとう」
「その子はそなたの子か?」
「はい」
「名は何と申す」
「徳樹にございます」
「そうか。よい名だな。抱いても良いか?」
「えっ。あの、それは、もったいないことです」
一目だけ孫を見せたいと思っただけだったので星羅は慌てて頭を下げる。実の孫ではあるが、公にできない庶民の子を尊い王に抱かせるわけにはいかない。
「よい」
「あ、玉体が」
さっと星羅から奪うように徳樹を抱き上げる。徳樹はきゃっきゃと喜びの声をあげている。
「そなたにはわかるのだな」
「陛下……」
星羅はなんだか目が潤み、とても幸せな気分になっていた。郭蒼樹の咳払いが聞こえ、隆明は徳樹を星羅に返す。
「幸せに」
隆明は、星羅か徳樹か、二人ともにか分からないがそう声を掛けた。
「行こう」
郭蒼樹に促され星羅は『銅雀台』を降りていった。
「そなたたちも戻るがよい」
側室たちに声を掛けてから隆明は自室に戻っていった。側室たちは、あっさりとした宴会がもの足らずこれから集まり、菓子などを持ち寄って宴会の続きをするだろう。
「陽菜姉さまはこられないのですか? 茉莉姉さまのところで続きを……」
一番後から入った側室が申陽菜に声を掛けるが、険しい表情におののき黙って引き返した。
「あの赤子……」
申陽菜だけは、星羅の赤子が、曹隆明と同じ質の美しい髪を持っていることに気づいた。
「しかも男児とは」
星羅と隆明はやはり只ならぬ関係なのだと申陽菜はみなす。やはり星羅と徳樹を無視することはできないと一人部屋に戻り抹殺の計画を練り始めた。
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