華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

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80 蒼樹の従妹

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 息子の徳樹を抱いて庭を歩く。首が座ってから徳樹は庭のいたるところに目をやる。星羅は厩舎のまえに立ちそっと入ると彼女の気配をずっと前から感じていたらしく、馬の優々とロバの明々は待ち遠しそうに前足を踏み鳴らしていた。

「こんにちは。徳樹を連れてきたわ」

 二匹とも徳樹を驚かさないようにしているのか、静かにじっと見つめる。徳樹のほうが好奇心が強いようで背の低いロバの明々に手を伸ばす。

「あらあら、明々を撫でたいの?」

 手本を示すように、星羅は優しく明々の鼻面を撫でる。明々が嬉しそうに鼻を鳴らすと、徳樹も小さな手でそっと明々に触れた。明々は目を細め、また嬉しそうに鼻を鳴らす。隣で馬の優々が、待ちきれないといったふうに「ヒヒンっ」と鳴き前足を鳴らす。

「はいはい。こんどは優々よ」

 艶やかな優々の首筋を撫でると、徳樹も手を伸ばす。

「あっ!」

 小さな手が優々の首の毛を握りこんでしまう。優々はじっと耐えていた。

「優々。ごめんね、痛かったわね」

 徳樹の手を開かせ、むしられかけた毛を撫でつける。

「ヒンッ」

 優々は平気だというように啼いた。優々は名前通り気性の穏やかな馬でとても優しい。

「もう少ししたら一緒に乗せてね」

 星羅のお願いを優々は承知したようだった。明々と優々に会って徳樹はご機嫌になっている。あうーとか、まうーなど喃語が盛んに発声されている。それに呼応するように、明々と優々も優しい鳴き声を出す。

「ふふっ。仲良しになったのね」

 一人と二匹の会話を楽しんでいると、京湖がやってきた。

「ここにいたのね」
「どうかしたの?」
「お客様よ」
「わたしに?」
「ええ、お祝いに来てくださったの。おなじ軍師助手の郭蒼樹さんよ」
「ああ、蒼樹が。今行くわ。じゃあね」

 名残惜しそうな3人組だった。

 朱家は陸家とも郭家ともちがい高い塀も門もなく、木の柵と防風林で囲まれている。無造作に止められている郭家の馬車は、明らかに朱家のものではないことがわかる。

「馬車も立派ねえ」

 しっかりとした造りは、今風の飾りや派手な布地などは使われておらず堅牢そうだ。弓矢が飛んできても防げるだろう。権力や富の象徴を馬車や輿で表されることが多いが、郭家はやはり実を取るようだ。ある意味護送車のようでもある。
 繋がれている馬は遮眼帯がつけられている。少し視界を狭くして走ることに集中させられているようだ。徳樹が馬に反応して「あまー」と手を伸ばすが、郭家の馬はきっと他人を触れさせることはないだろう。

「だめだめ。蒼樹がいるときにしましょう」

 徳樹をなだめ、星羅は家に入った。

 小さな客間では2人腰掛けている。一人は郭蒼樹だがもう一人は女人だった。

「お待たせ」

 星羅が声を掛けると郭蒼樹が振り返り「やあ。元気そうだな」と立ち上がる。

「ありがとう。どうぞ、座って座って」

 郭蒼樹が立ち上がるともう一人の女人も立ち上がり、優雅に腰を落とし「初めまして」とあいさつをする。星羅よりも数歳若いだろうか。あどけなさと利発さが同居する複雑な年頃の少女のようだ。シックな装いの郭蒼樹とは違い、娘らしく薄紅色の明るい色彩の着物だ。髪はまだ結い上げておらず長い髪を自由にさせている。

「俺の従妹だ」
「柳紅美と申します。よろしく」

 親戚とはいえあまり顔立ちは似ておらず、クールな容貌の郭蒼樹と違い、血気盛んで精力的な強い瞳をしている。

「朱星羅です。この子は徳樹です」

 2人に徳樹を見せる。徳樹はすでに寝息を立てていた。籠の中にそっと徳樹を入れ、星羅も腰掛ける。

「本当は一人で来ようと思ってたのだが紅妹が一緒に行きたいとうるさくてな」
「蒼にい。一人で女人のもとに訪れるのは世間体があるからついてきてあげたんです」
「わかったわかった」
「わざわざありがとうございます」

 星羅が柳紅美に頭を下げるが、彼女はにこりともせず口早に「別に」と答える。

「紅茶をどうぞ」

 京湖が茶を運んできた。

「桂皮は好き嫌いがあるだろうからお好みでどうぞ」
「ありがとうございます」
「かあさま、ありがとう。後は良いわ」
「なにか御用があれば呼んでね」
「ええ」

 京湖が去ると柳紅美が「桂皮なんかどうするの?」とシナモンスティックをつまんで目の前で振る。

「ああ、それは紅茶に入れて何度か掻きまわすの」
「どれどれ」

 郭蒼樹は言われるように匙のようにかき混ぜ、とりだしてから一口飲む。

「ふーん。香り高くなるのだな」
「ええ、西国ではよく飲まれているみたい。ここに乳と砂糖を入れると格別なのよ」

 異文化に触れ興味深そうな郭蒼樹をよそに、柳紅美はやけに否定的だ。郭蒼樹のシナモン紅茶の香りをかぎ、顔をしかめる。

「ちょっときつすぎるわ。繊細な漢民族には合わないと思うわ。下品な飲み物ね」
「紅美!」
「あら、ごめんなさい」
「いえ、いいの。確かに飲みなれていないときついわよね。桂皮なしで召し上がれ」 
「色々な経験をする意思がないと軍師には向かないと思うぞ」
「そんなことないわ」
「軍師?」
「ああ、紅妹は今年で学舎を卒業して軍師試験を受けるつもりのようだ。受かるかどうか怪しいものだが」
「失礼ね。女学生の中で一番の成績なのよ?」
「まったくおてんばで困る」
「あら、星羅さんだって軍師じゃない」

 さすがの星羅にも柳紅美が郭蒼樹を好きなことが分かった。しかも何か誤解をしているのか、星羅は恋敵のような扱いで言葉にも態度にもとげがある。どうしたものかと考えていると、軽く眠って起きた徳樹がふああんと泣き声を出す。

「あ、起こしてしまったか。すまない」
「いいのいいの。まだまだこんな調子なのよ」
「抱いていいか?」
「え、ええ。大丈夫? 夫なんかこわがってしまって」
「俺の下に弟が3人いるんだ。結構、子守をさせられている」
「そうなのね。意外!」

 そっと取り上げ慣れた手つきで徳樹を抱き寄せる。徳樹は人見知りをすることなくすぐに機嫌がよくなり、また持ち前の好奇心を発揮し、蒼樹の頬を撫でる。

「ふふふっ。よく似ているな」
「ねえ! あたしにも抱かせてよ!」
「お前はだめだ。すぐに重いとか飽きたとか言って泣かせるからな。ほら、母上のところへ」

 ふわっと徳樹は星羅の手に渡る。その時に郭蒼樹の手が、星羅の手に触れていることを柳紅美は厳しい目で見ていた。

「そろそろ帰るよ」
「ああ、もう? 軍師省のほうはどうかしら?」
「まあぼちぼちだな」
「もう少ししたら復帰するつもり」
「そうか。待ってる」
「さよなら」

 最後までにこりともしない柳紅美は「すぐに追いつきますね」と宣戦布告のように告げて去っていった。

「うーん。後輩になるのかしら?」

 同じ軍師を目指すならば、仲良く協力したいと星羅は願う。復帰したときに郭蒼樹に彼女との仲を取り持ってもらおうと思った。

「明兄さま……」

 煩わしいことや、暗くなる気持ちをいつも明樹は明るく吹き飛ばしてくれた。その彼は今、遠く離れている。
 星羅は努力家で実行力もあり、志も高く未だ挫折というものを知らない。明樹がどれだけ心の支えになっているのか、今はまだ実感していなかった。
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