66 / 127
66 酒場にて
しおりを挟む
気が付くと優々と一緒に町をぶらついていた。
「星妹っ」
後ろから明るい声がかかったので振り向いた。陸家の長男、陸明樹だった。
「明兄さま……」
久しぶりに会った明樹は日焼けしていて精悍になっている。明樹も休みだったのか鎧を着ておらず、腰に剣だけを挿した着物姿だった。
「どうした? やけに暗いな」
「……」
「よし、そこで酒でも飲もう。星羅は飲める口だときいたぞ」
「あ……」
まだ日は高く帰る予定の時刻には早かった。今暗い顔で帰ると、きっと京湖にいろいろ聞かれるだろう。誘われるまま明樹について酒場に入った。
酒場は空いていて客はまばらだった。奥の川が見える座敷に座り、明樹は酒と肴を適当に頼んだ。
「よく来るのですか? 明兄さまは」
「うん。最近な。今、家に帰ると気を使うんだ」
陸慶明の側室、春衣のために慶明は色々な処方を試しているが一向によくならず、慣れない家事や使用人の采配に絹枝は、きりきり舞いし機嫌が悪い。さらに春衣が生んだ次男の貴晶への教育に慶明も絹枝も熱心なようで、明樹は蚊帳の外らしい。
「やっぱ家を継がない俺にはあまり興味がないらしい」
「そんな……」
「まあでも貴晶のおかげでもっと自由にできそうだけどな」
「兄さまったら」
杯を傾けながら明樹は明るく笑う。つられて星羅も杯を空け笑った。
「うん。星羅は笑っている顔が一番いいぞ。俺の周りの女兵士たちの怖い顔ったらさあ」
「まあ!」
明るい気性の明樹は、兵士の日常を面白く聞かせる。星羅も軍師省での毎日を話すと、明樹は関心を持って聞き入る。酒が回り、心が軽くなってきた星羅は思わず明樹に尋ねる。
「もしも、報われない恋をしたとしたら兄さまはどうします?」
「報われない? 最初からそんなものするかなあ」
「例えば好きになった人には他に好きな方がいたりとか」
「ああ、俺はあきらめるかなー」
「そうなのですね」
「他にも女人は大勢いるし、時がたてば好みも変わるのではないかな」
確かに歳を重ねれば、考え方その物も変わるかもしれない。
「じゃあ兄さま。せっかく好きな人と結ばれてもお別れしないとしたらどうします?」
「ええ? 結ばれたのに別れる? そうだなあ」
考えている明樹の答えを星羅はじっと待つ。
「やっぱり、あきらめるかな」
「そう……」
「なんだよ、さっきからそんなことばかり。ははーん。さては男に振られたんだろ」
「え、そ、そんなこと……」
星羅は慌てて手を振り、杯を空ける。
「まあ、飲めよ」
明樹は酒瓶を傾け、星羅と自分の杯になみなみと注ぐ。
「失恋したなら、もう次の恋に行け。ああそうだ。俺が娶ってやってもいいぞ」
いきなりの発言に酒を吹き出しそうになった。
「家に帰ると、母上が早く結婚しろとうるさいのでな。なんか厄介払いみたいだ。はははっ」
「確かに、もうご結婚してもいい身分ですものね」
「しかし、来年は辺境に勤務なんだよ。新婚早々辺境ではな。夫人は連れて行かないつもりだが」
「お仕事をなさってる奥方なら離れてても平気なのでは?」
「いやあ。それが女兵士たちでも夫とは離れ離れになるのは嫌らしい」
「そういうものですか」
「星妹は平気か?」
「心が通じていれば、たぶん……」
恋が終ったばかりで、全く想像がつかない結婚に甘い夢は見られなかった。
「そりゃいいな。母上も星妹を気に入っているようだし適当なところで結婚しよう」
「もう、明兄さまったら」
「はははっ、まあ飲もう!」
明樹のおかげで、ふさぎ込むことが少なくて済んだ。星羅の考え事を深刻に受け止めて、一緒に悩んでもらうより笑って聞いてくれた明樹に感謝する。
夕暮近くになると店が混んできたので出ることにした。
「ああ、星がでてきたな」
朱色と青色の交わるあたりの空に一番星が出ている。
「帰れるか?」
「ええ。ありがとう、兄さま」
「気にすんな」
馬の優々にまたがり星羅は明るく手を振って家路ついた。星の隣に半月があった。白く滑らかな肌の隆明を思い出し、胸がちくりとしたが涙は出なかった。
「星妹っ」
後ろから明るい声がかかったので振り向いた。陸家の長男、陸明樹だった。
「明兄さま……」
久しぶりに会った明樹は日焼けしていて精悍になっている。明樹も休みだったのか鎧を着ておらず、腰に剣だけを挿した着物姿だった。
「どうした? やけに暗いな」
「……」
「よし、そこで酒でも飲もう。星羅は飲める口だときいたぞ」
「あ……」
まだ日は高く帰る予定の時刻には早かった。今暗い顔で帰ると、きっと京湖にいろいろ聞かれるだろう。誘われるまま明樹について酒場に入った。
酒場は空いていて客はまばらだった。奥の川が見える座敷に座り、明樹は酒と肴を適当に頼んだ。
「よく来るのですか? 明兄さまは」
「うん。最近な。今、家に帰ると気を使うんだ」
陸慶明の側室、春衣のために慶明は色々な処方を試しているが一向によくならず、慣れない家事や使用人の采配に絹枝は、きりきり舞いし機嫌が悪い。さらに春衣が生んだ次男の貴晶への教育に慶明も絹枝も熱心なようで、明樹は蚊帳の外らしい。
「やっぱ家を継がない俺にはあまり興味がないらしい」
「そんな……」
「まあでも貴晶のおかげでもっと自由にできそうだけどな」
「兄さまったら」
杯を傾けながら明樹は明るく笑う。つられて星羅も杯を空け笑った。
「うん。星羅は笑っている顔が一番いいぞ。俺の周りの女兵士たちの怖い顔ったらさあ」
「まあ!」
明るい気性の明樹は、兵士の日常を面白く聞かせる。星羅も軍師省での毎日を話すと、明樹は関心を持って聞き入る。酒が回り、心が軽くなってきた星羅は思わず明樹に尋ねる。
「もしも、報われない恋をしたとしたら兄さまはどうします?」
「報われない? 最初からそんなものするかなあ」
「例えば好きになった人には他に好きな方がいたりとか」
「ああ、俺はあきらめるかなー」
「そうなのですね」
「他にも女人は大勢いるし、時がたてば好みも変わるのではないかな」
確かに歳を重ねれば、考え方その物も変わるかもしれない。
「じゃあ兄さま。せっかく好きな人と結ばれてもお別れしないとしたらどうします?」
「ええ? 結ばれたのに別れる? そうだなあ」
考えている明樹の答えを星羅はじっと待つ。
「やっぱり、あきらめるかな」
「そう……」
「なんだよ、さっきからそんなことばかり。ははーん。さては男に振られたんだろ」
「え、そ、そんなこと……」
星羅は慌てて手を振り、杯を空ける。
「まあ、飲めよ」
明樹は酒瓶を傾け、星羅と自分の杯になみなみと注ぐ。
「失恋したなら、もう次の恋に行け。ああそうだ。俺が娶ってやってもいいぞ」
いきなりの発言に酒を吹き出しそうになった。
「家に帰ると、母上が早く結婚しろとうるさいのでな。なんか厄介払いみたいだ。はははっ」
「確かに、もうご結婚してもいい身分ですものね」
「しかし、来年は辺境に勤務なんだよ。新婚早々辺境ではな。夫人は連れて行かないつもりだが」
「お仕事をなさってる奥方なら離れてても平気なのでは?」
「いやあ。それが女兵士たちでも夫とは離れ離れになるのは嫌らしい」
「そういうものですか」
「星妹は平気か?」
「心が通じていれば、たぶん……」
恋が終ったばかりで、全く想像がつかない結婚に甘い夢は見られなかった。
「そりゃいいな。母上も星妹を気に入っているようだし適当なところで結婚しよう」
「もう、明兄さまったら」
「はははっ、まあ飲もう!」
明樹のおかげで、ふさぎ込むことが少なくて済んだ。星羅の考え事を深刻に受け止めて、一緒に悩んでもらうより笑って聞いてくれた明樹に感謝する。
夕暮近くになると店が混んできたので出ることにした。
「ああ、星がでてきたな」
朱色と青色の交わるあたりの空に一番星が出ている。
「帰れるか?」
「ええ。ありがとう、兄さま」
「気にすんな」
馬の優々にまたがり星羅は明るく手を振って家路ついた。星の隣に半月があった。白く滑らかな肌の隆明を思い出し、胸がちくりとしたが涙は出なかった。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる