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49 媚薬

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 月も星も出ない闇夜のなか、陸家では春衣だけが起きている。主人の陸慶明をはじめ、その妻、絹枝と息子の明樹、そしてすべての使用人の食事に、以前慶明からもらった睡眠薬を入れておいた。

「あとはこれを」

 小瓶をぎゅっと握りしめ、春衣は慶明の寝室に向かった。

 屋敷が大きくなってから、慶明と絹枝は都合の良いことに寝室を別にしている。しかも客間をはさみ離れているので、それぞれの部屋の物音がよほど騒々しくない限り聞こえない。
 皆、深い眠りについているだろうが、春衣は慎重に静かに歩く。そっと慶明の部屋に忍び込むと彼は静かに寝息を立てている。暑がりな彼は薄衣をはだけ、掛物も横にどかしてほぼ裸体のようだ。

「慶明さまったら……」

 立派な医局長の彼が、無防備であどけない少年のような寝姿を見せる。しばらく見つめていると「晶鈴……」と寝言が聞こえた。

「やはりまだ晶鈴さまを……」

 彼がつぶやく名前がまだ晶鈴でよかった。これが星羅だったら、春衣は烈火のごとく怒り、彼女に何をするかわからない。慶明の寝言で自分が何をしに来たか思い出す。小瓶の蓋を開け、中に太い糸を垂らす。
 中には以前、慶明が作った催淫剤がはいっている。瞬間的な効果しかないこの媚薬は、まだ若かった慶明が人に頼まれて開発したものだ。
 液体になっている媚薬を糸に含ませ持ち上げると、そっと慶明の唇の端のほうに触れないように置く。糸から小さな雫が垂れ始める。ほんのわずかの点々とした液体がじわじわ慶明の口の中に入っていく。根気よく春衣は慶明に媚薬を注ぎ続ける。しばらくすると慶明の息が少し荒くなってきた。身体も熱くなってきたのか、薄衣すらも脱いでしまう。

「ん、晶、鈴……」

 睡眠薬と媚薬が良い塩梅で効果を発揮している。春衣は小瓶の蓋を閉め、立ち上がり自分の衣をすべて脱いだ。そしてそのまま慶明の寝台に上がり慶明と肌を合わせる。

「慶明、私よ。晶鈴よ」

 春衣は晶鈴の声色をまねて慶明に囁く。目を閉じたまま慶明は「ああ、晶鈴……」とつぶやき春衣を抱きしめ続けた。



 まだ暗い中、目覚めた慶明は、身体に圧迫を感じて、そちらへ目を向けた。隣に眠る春衣を認めて息をのむ。

「こ、これは一体……」

 春衣は一枚の薄い着物でよく眠っている。そっと身体を起こし呼吸を整え、昨晩のことを思い返してみる。食事をしたあと部屋に戻り、眠気を感じたので早々に床にはいったところまでは覚えている。

「晶鈴……」

 晶鈴に対して思いを遂げた夢を見た気がする。

「まさか春衣を……」

 春衣を抱いてしまったのかどうかは、はっきり自覚を持てなかった。頭を抱えていると春衣がもぞもぞと起きだした。

「だんなさま……」

 身体を起こし春衣は慶明にすり寄ってくる。

「わ、わたしは……」

 どういえばわからない慶明に春衣は落ち着いた声で答える。

「だんなさま。わたしは晶鈴さまの代わりでも平気です」
「……。責任はとる……」
「だんなさまぁ。うれしゅうございます」

 粘り気のある声で春衣はささやき、慶明の背中にしなだれかかる。慶明は、絹枝ではなく晶鈴に対して謝罪したい気持ちになっていた。
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