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47 顔合わせ
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他の省と違って人数の少ない軍師省は静かだ。星羅が履物を脱いで板間に上がると、すでに空色の着物を着た男が2人下座に座っているのが見えた。背の高い男と低い男が談笑している。
「失礼します。遅くなりましたか?」
「やあ。君が朱星雷くんか?」
「ええ」
小さい男が朗らかで親しみやすい声を掛けてくる。
「よろしく、おれは徐忠正だ」
背の高い男も「郭蒼樹だ」と名を告げる。聞き覚えのある声に星羅は「あの、さっき」と言いかけたがやめて「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。
「まだ早いからおれ達だけだ。自己紹介してたのさ」
「そうですか。お二人はどちらから?」
低めの声色で星羅は尋ねた。これから3人で協力したり競ったりする仲間になるので興味がわく。学舎では学問をしていても、誰かと志が同じではなかったので、親しくなることも切磋琢磨することもなかった。星羅にとって、徐忠正と郭蒼樹は初めての仲間になるのだ。
「おれは色々試験受けたら、難関のはずのここに受かっちゃってさ。ほかは全滅だったのに」
「家が代々軍師の家系だ」
「わ、僕は高祖にあこがれて目指しました」
各々話してみると、どうやらみんな感性も感覚も目的も違うようだった。はっきり軍師になりたいのは星羅だけのようだが、やはり兵法の話になると面白い。会話に熱中していく自分がわかった。盛り上がりそうなところに「こほん」と咳払いする声が聞こえた。
3人はハッとして咳払いのほうに振り向くと細い、高いというよりも長い柳の木のような老人が立っていた。雪のような銀白髪と白いひげ、目を患っているのか黒目も半分白く濁っている。幽鬼のような雰囲気に星羅は緊張した。
「わしは馬秀永じゃ」
名前を聞いた瞬間に彼が軍師省のトップであるとわかり、3人は背筋を伸ばし頭を床につけ拝礼する。
「よい。面を上げよ」
枯れ木のような雰囲気なのに、声は太く低く良く通る。
「えーっとそっちから、郭蒼樹、徐忠正、朱星、雷じゃな」
指さしで確認したあと馬秀永はここでの役割を話始める。見習いは3年間のうちに何かしら献策をしなければならない。それは、政治経済、庶民の生活、土木、教育どんなジャンルのことでも構わなかった。何も出せなければ、もう一年猶予があるがそれを過ぎるとここを出ていくしかなかった。他には過去の政策の整頓、兵法書の写しなど図書館のような仕事もあった。
「わからんことがあるかの?」
3人とも献策について考え始めたので他の質問など思いつかなかった。
「じゃあ、わしと会うのはこれで最後の者もおるじゃろう。あとはそこの孫公弘に聞くがよい。三年後を楽しみにしておるぞ」
すーっと音もなく出ていったあと、ガタイの良い将軍のような男が入ってきた。癖が強い髪なのか、まとめ切れておらず、虎のようなもじゃもじゃとした髭を生やしている。
「教官の孫公弘だ。なにかあったらわしに言え。とくかく策を考えるのがお前たちの役割だからな」
そういうなり、ごろりと横になった。
「えーっと教官。今日は何をすればいいですか?」
徐忠正がそっと手を上げて質問する。ごろりと向きを変えた孫公弘は「うーん。そうだなあ」と唸る。
「この中で寮に入るものはいるか?」
「おれがはいります。家は都から遠いので」
「そうか。部屋は整ってるのか?」
「そうですねえ。そんなに持ち物もないので」
「じゃ、お前んとこに行って歓迎会するか」
「え!?」
「いくぞいくぞ」
まだ日が高いが軍師省の近くの徐忠正が下宿している寮に行くことになった。途中で孫教官は一人一壷ずつ酒を買って持たせた。
寮生活を行っているものは、見習いの立場のものだけだ。その上の助手の立場になると、給金が上がるので一人暮らしをすべく出ていくものが多い。軍師見習いのみならず、薬師、占術師、兵士などの見習いたちも住んでいるので大所帯だ。
寮は男女で場所が分かれているので、ここには男しかいない。なんだか妙に汗臭い気がして、星羅はこっそり袖で鼻を押さえる。
徐忠正の部屋は一階の角部屋で静かな場所にあった。
「ほう、いいところじゃないか」
孫教官が持ってきた酒の壷を床に置いて部屋を見回す。6畳程度のワンルームで寝台と机がある。見習いたちは寝に帰るくらいなので不便さはなかった。
「厨房に行って杯を4つと、何かつまみをもらってこい」
「え!?」
「大丈夫大丈夫。孫がそう言ってると言えば、厨房のオヤジがちゃんと渡してくれるから、ほら行った行った」
徐忠正は言われるまま部屋を出ていった。
「さて、お前たちはそこら辺に座れよ」
星羅と郭蒼樹は適当に距離をとって座る。ほんのわずかな時間で徐忠正は盆を持って現れた。
「あのー、教官。なんかもう用意されてました」
「ほう。そうかそうか。気が利くじゃねえか厨房のオヤジのやつ」
不思議そうな顔をする3人に孫公弘は説明する。
「昨日言っておいたのさ。今日は酒盛りになるかもってな」
今一つよくわからない顔をしていると続けて孫公弘は「おれもここに住んでるんだ。この隣にな」と笑った。
それを聞いた徐忠正はぽかんとする。
「寮生活、楽しそうだな」
郭蒼樹が徐忠正の肩をポンと叩く。本当にそう思っているのか、皮肉なのか無表情なのでわからない。
「さあ、飲んで食おうぜ」
孫公弘は大きめの杯になみなみと酒を注ぎ、乾杯を杯を掲げた。
「失礼します。遅くなりましたか?」
「やあ。君が朱星雷くんか?」
「ええ」
小さい男が朗らかで親しみやすい声を掛けてくる。
「よろしく、おれは徐忠正だ」
背の高い男も「郭蒼樹だ」と名を告げる。聞き覚えのある声に星羅は「あの、さっき」と言いかけたがやめて「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。
「まだ早いからおれ達だけだ。自己紹介してたのさ」
「そうですか。お二人はどちらから?」
低めの声色で星羅は尋ねた。これから3人で協力したり競ったりする仲間になるので興味がわく。学舎では学問をしていても、誰かと志が同じではなかったので、親しくなることも切磋琢磨することもなかった。星羅にとって、徐忠正と郭蒼樹は初めての仲間になるのだ。
「おれは色々試験受けたら、難関のはずのここに受かっちゃってさ。ほかは全滅だったのに」
「家が代々軍師の家系だ」
「わ、僕は高祖にあこがれて目指しました」
各々話してみると、どうやらみんな感性も感覚も目的も違うようだった。はっきり軍師になりたいのは星羅だけのようだが、やはり兵法の話になると面白い。会話に熱中していく自分がわかった。盛り上がりそうなところに「こほん」と咳払いする声が聞こえた。
3人はハッとして咳払いのほうに振り向くと細い、高いというよりも長い柳の木のような老人が立っていた。雪のような銀白髪と白いひげ、目を患っているのか黒目も半分白く濁っている。幽鬼のような雰囲気に星羅は緊張した。
「わしは馬秀永じゃ」
名前を聞いた瞬間に彼が軍師省のトップであるとわかり、3人は背筋を伸ばし頭を床につけ拝礼する。
「よい。面を上げよ」
枯れ木のような雰囲気なのに、声は太く低く良く通る。
「えーっとそっちから、郭蒼樹、徐忠正、朱星、雷じゃな」
指さしで確認したあと馬秀永はここでの役割を話始める。見習いは3年間のうちに何かしら献策をしなければならない。それは、政治経済、庶民の生活、土木、教育どんなジャンルのことでも構わなかった。何も出せなければ、もう一年猶予があるがそれを過ぎるとここを出ていくしかなかった。他には過去の政策の整頓、兵法書の写しなど図書館のような仕事もあった。
「わからんことがあるかの?」
3人とも献策について考え始めたので他の質問など思いつかなかった。
「じゃあ、わしと会うのはこれで最後の者もおるじゃろう。あとはそこの孫公弘に聞くがよい。三年後を楽しみにしておるぞ」
すーっと音もなく出ていったあと、ガタイの良い将軍のような男が入ってきた。癖が強い髪なのか、まとめ切れておらず、虎のようなもじゃもじゃとした髭を生やしている。
「教官の孫公弘だ。なにかあったらわしに言え。とくかく策を考えるのがお前たちの役割だからな」
そういうなり、ごろりと横になった。
「えーっと教官。今日は何をすればいいですか?」
徐忠正がそっと手を上げて質問する。ごろりと向きを変えた孫公弘は「うーん。そうだなあ」と唸る。
「この中で寮に入るものはいるか?」
「おれがはいります。家は都から遠いので」
「そうか。部屋は整ってるのか?」
「そうですねえ。そんなに持ち物もないので」
「じゃ、お前んとこに行って歓迎会するか」
「え!?」
「いくぞいくぞ」
まだ日が高いが軍師省の近くの徐忠正が下宿している寮に行くことになった。途中で孫教官は一人一壷ずつ酒を買って持たせた。
寮生活を行っているものは、見習いの立場のものだけだ。その上の助手の立場になると、給金が上がるので一人暮らしをすべく出ていくものが多い。軍師見習いのみならず、薬師、占術師、兵士などの見習いたちも住んでいるので大所帯だ。
寮は男女で場所が分かれているので、ここには男しかいない。なんだか妙に汗臭い気がして、星羅はこっそり袖で鼻を押さえる。
徐忠正の部屋は一階の角部屋で静かな場所にあった。
「ほう、いいところじゃないか」
孫教官が持ってきた酒の壷を床に置いて部屋を見回す。6畳程度のワンルームで寝台と机がある。見習いたちは寝に帰るくらいなので不便さはなかった。
「厨房に行って杯を4つと、何かつまみをもらってこい」
「え!?」
「大丈夫大丈夫。孫がそう言ってると言えば、厨房のオヤジがちゃんと渡してくれるから、ほら行った行った」
徐忠正は言われるまま部屋を出ていった。
「さて、お前たちはそこら辺に座れよ」
星羅と郭蒼樹は適当に距離をとって座る。ほんのわずかな時間で徐忠正は盆を持って現れた。
「あのー、教官。なんかもう用意されてました」
「ほう。そうかそうか。気が利くじゃねえか厨房のオヤジのやつ」
不思議そうな顔をする3人に孫公弘は説明する。
「昨日言っておいたのさ。今日は酒盛りになるかもってな」
今一つよくわからない顔をしていると続けて孫公弘は「おれもここに住んでるんだ。この隣にな」と笑った。
それを聞いた徐忠正はぽかんとする。
「寮生活、楽しそうだな」
郭蒼樹が徐忠正の肩をポンと叩く。本当にそう思っているのか、皮肉なのか無表情なのでわからない。
「さあ、飲んで食おうぜ」
孫公弘は大きめの杯になみなみと酒を注ぎ、乾杯を杯を掲げた。
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