華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

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 家族4人で食卓を囲み、いつまでも続いてほしいと願う団らんの中、京樹から、これから夕方から明け方にかけて太極府に通うようになり、そのうち太極府の寮に入るかもしれないと話を聞かされた。今までの生活が変わっていくのかもしれないと京湖は不安を覚えたが、京樹には明るい未来が見えているのか明るい表情だ。京湖はふと息子の京樹の、星羅に対するまなざしが特別のものに感じる。兄妹として互いに思いやりを持ち合う仲の良さはあったが、今夜は特別京樹が星羅に対して優しい気がする。

「ほら、また口の端に咖哩のつゆがついてるよ」
「えー、どこどこ」
「ほらここだよ」

 胸元から出した、手ぬぐいで京樹は星羅の口元をぬぐう。

「どうして京にいはつかないのかしらね」
「さあね」

 他愛もないやり取りなのに兄妹のそれとは違うように感じる。2人はお互いが兄妹でないことを知っているが、兄妹として育っている。いつか男女の情が湧いてもおかしくないかもしれない。京湖は、二人が良ければ大人になって結ばれてもよいと思った。同じ年なら女の子のほうが恋愛に対して早熟なのではと思うが、星羅のほうは全くその気配がない。京樹と星羅が結ばれて、孫の世話をすることを想像して思わず京湖は笑んでいた。

「どうかしたのか?」

 気づくと夫の彰浩が見つめていた。出会ったころから変わることのない誠実で優しい目だった。

「ううん。今とても幸せだと思って」
「そうか」

 大臣の娘として甘やかされ、何不自由なく天真爛漫に育ち、自分の両親、兄姉たちにも可愛がられた京湖は、誰かに依存することも執着することもなかった。国から逃げ出した後も、国の家族を恋しく思ったことはなかった。しかしこの今の家族だけは失いたくないと思っている。
 いつの間にか、鍋がすっかり空になり食器が下げられていた。

「かあさま。茶乳をどうぞ」

 京湖のまえに、すっと星羅が甘い香りを放つヤギの乳を入れた紅茶を差し出した。朱家では咖哩を食べた後はこの甘い茶乳と呼ばれる飲み物を楽しむ。砂糖は貴重なのでこの飲み物に少しだけ入っている。

「上手に淹れられるようになったのね」
「ほんと?」
「とっても美味しいわ」

 この温かくほんのり甘い幸福感をいつまでも味わっていたい京湖だった。



 星羅はまとめて結い上げた髪のリボンをほどき頭を振った。絹糸より滑らかで黒い豊かな髪の中に指を入れすっと梳く。満足した一日だったと、靴の脱いでごろっと寝台に横たわる。今日の歴史の授業はとても面白かった。

「絹枝老師の説明はとても分かりやすかったわ」

 学舎では星羅の母の友人である陸慶明の妻、絹江に学んでいる。彼女は物静かで理性的で穏やかな人である。授業に熱心な星羅をかわいがっていてくれた。
 学舎にきているのは王族や官僚の娘が多いが、彼女たちは親に入れられ適当に学問を修めているだけでやる気があるわけではなかった。向学心があるのは星羅などの庶民の娘であった。星羅は、陸慶明の推薦で学舎にいるので完全に庶民といった風でもなく、かといって官僚の娘でもなく微妙な位置にいる。そのせいか何組かある女子のグループには所属していなかった。そのおかげか、煩わされることなく勉学に励むことができている。

「特に逆境を好機に変えたことがすごかったな」

 高祖のエピソードを思い出し、星羅は胸がわくわくしている。

「わたしにもいつか大きな壁がやってくるかな」

 英雄譚はまだまだ星羅にとって夢物語のようだった。しかし星羅は二人の母と違う気質を育てていくことになる。
 育ての母、京湖が自分に降りかかったことを生みの母、胡晶鈴に起こると彼女はどうするだろうかと話したことがある。京湖曰く「晶鈴は受け入れる」とのことだ。私は逃げてしまったけど、と京湖は申し訳なさそうにつぶやいた。
 星羅は、相手の男に立ち向かい戦いたいと思ったが、それを京湖に伝えることはしなかった。
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