華夏の煌き~麗しき男装の乙女軍師~

はぎわら歓

文字の大きさ
上 下
38 / 127

38 想像 

しおりを挟む
 家族4人で食卓を囲み、いつまでも続いてほしいと願う団らんの中、京樹から、これから夕方から明け方にかけて太極府に通うようになり、そのうち太極府の寮に入るかもしれないと話を聞かされた。今までの生活が変わっていくのかもしれないと京湖は不安を覚えたが、京樹には明るい未来が見えているのか明るい表情だ。京湖はふと息子の京樹の、星羅に対するまなざしが特別のものに感じる。兄妹として互いに思いやりを持ち合う仲の良さはあったが、今夜は特別京樹が星羅に対して優しい気がする。

「ほら、また口の端に咖哩のつゆがついてるよ」
「えー、どこどこ」
「ほらここだよ」

 胸元から出した、手ぬぐいで京樹は星羅の口元をぬぐう。

「どうして京にいはつかないのかしらね」
「さあね」

 他愛もないやり取りなのに兄妹のそれとは違うように感じる。2人はお互いが兄妹でないことを知っているが、兄妹として育っている。いつか男女の情が湧いてもおかしくないかもしれない。京湖は、二人が良ければ大人になって結ばれてもよいと思った。同じ年なら女の子のほうが恋愛に対して早熟なのではと思うが、星羅のほうは全くその気配がない。京樹と星羅が結ばれて、孫の世話をすることを想像して思わず京湖は笑んでいた。

「どうかしたのか?」

 気づくと夫の彰浩が見つめていた。出会ったころから変わることのない誠実で優しい目だった。

「ううん。今とても幸せだと思って」
「そうか」

 大臣の娘として甘やかされ、何不自由なく天真爛漫に育ち、自分の両親、兄姉たちにも可愛がられた京湖は、誰かに依存することも執着することもなかった。国から逃げ出した後も、国の家族を恋しく思ったことはなかった。しかしこの今の家族だけは失いたくないと思っている。
 いつの間にか、鍋がすっかり空になり食器が下げられていた。

「かあさま。茶乳をどうぞ」

 京湖のまえに、すっと星羅が甘い香りを放つヤギの乳を入れた紅茶を差し出した。朱家では咖哩を食べた後はこの甘い茶乳と呼ばれる飲み物を楽しむ。砂糖は貴重なのでこの飲み物に少しだけ入っている。

「上手に淹れられるようになったのね」
「ほんと?」
「とっても美味しいわ」

 この温かくほんのり甘い幸福感をいつまでも味わっていたい京湖だった。



 星羅はまとめて結い上げた髪のリボンをほどき頭を振った。絹糸より滑らかで黒い豊かな髪の中に指を入れすっと梳く。満足した一日だったと、靴の脱いでごろっと寝台に横たわる。今日の歴史の授業はとても面白かった。

「絹枝老師の説明はとても分かりやすかったわ」

 学舎では星羅の母の友人である陸慶明の妻、絹江に学んでいる。彼女は物静かで理性的で穏やかな人である。授業に熱心な星羅をかわいがっていてくれた。
 学舎にきているのは王族や官僚の娘が多いが、彼女たちは親に入れられ適当に学問を修めているだけでやる気があるわけではなかった。向学心があるのは星羅などの庶民の娘であった。星羅は、陸慶明の推薦で学舎にいるので完全に庶民といった風でもなく、かといって官僚の娘でもなく微妙な位置にいる。そのせいか何組かある女子のグループには所属していなかった。そのおかげか、煩わされることなく勉学に励むことができている。

「特に逆境を好機に変えたことがすごかったな」

 高祖のエピソードを思い出し、星羅は胸がわくわくしている。

「わたしにもいつか大きな壁がやってくるかな」

 英雄譚はまだまだ星羅にとって夢物語のようだった。しかし星羅は二人の母と違う気質を育てていくことになる。
 育ての母、京湖が自分に降りかかったことを生みの母、胡晶鈴に起こると彼女はどうするだろうかと話したことがある。京湖曰く「晶鈴は受け入れる」とのことだ。私は逃げてしまったけど、と京湖は申し訳なさそうにつぶやいた。
 星羅は、相手の男に立ち向かい戦いたいと思ったが、それを京湖に伝えることはしなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...