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32 安住

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 一晩考え、こういう問題はとりあえず太極府で相談するのが良いだろうと、陸慶明は陳老師のもとへ赴いた。薬草だらけの医局と違い、石で構成された硬く無機質な雰囲気ではあまりリラックスはできない。このような場所に延々といられる者はやはり変わっているのだろうなと晶鈴の顔を思い浮かべた。石畳は履物の底からでも、硬さを伝えてくる。
 集中を妨げないためか、ここには音を奏でるものはなかった。声を掛けるときも静かに囁くように気をつけねばならぬ。静寂の中を一人の占い師がやってきたので「陳老師に取り次いでもらいたい」と呼び止める。

「どなたですか?」

 長身の痩せた男は無表情で尋ねる。ここには来客というものは基本的になかった。

「医局の次長で陸慶明と申す」
「わかりました。ただお会いできるのは正午でしょう」
「そうか。では昼にまた参る」

 ずいぶん待たされるが、その日に会えるだけましだろう。陳老師は国家占い師でも最高位にある。医局の次長である慶明がギリギリ会えるラインだろう。

 医局に行ってから、部下に指示を出しまた屋敷に戻る。客人である朱彰浩と京湖、そして子供たちのもとへ訪れた。広々とした庭で星羅と京樹がしっかりした足取りで走り回っている。

「どうですか? よく休めましたか?」
「ええ。おかげさまで」

 彰浩が深々と頭を下げると京湖も丁寧にお辞儀をする。

「いやいや。不足があれば、そこの春衣に言ってください」
「何から何まですみません」

 恐縮する彰浩に慶明は話題を変える。

「そういえば、陶工でしたね。どのような焼き物を?」
「ああ、少しあるので持ってきましょう」

 これまであちこちの町に滞在して、陶器に適した粘土を求め、作って焼くことを移動しながら行ってきた。本来は一か所に落ち着いて行う職人仕事であるが、京湖と出会ってから、彰浩はあちこちで作陶をしている。
 荒い布を慶明の座っている台のまえで開く。丸い手のひらサイズの深鉢のようだが、すべて色が違っている。慶明は一番上にある青白磁の器を手に取った。

「これは美しい。どれどれ」

 その下にあった飴色の器を眺める。

「うーむ。これも味わい深いものだな」

 鑑賞され満足する彰浩に慶明は尋ねる。

「どうしてこんなにいろいろな作風なのですか?」
「移動先で手に入れた材料を使うからです」
「なるほど」

 彰浩は、行った先々で粘土を求め、釉薬になる木灰や顔料を手に入れ、簡易窯で焚いてきた。そのため、焼き閉まる鉄分の多い土や石質の磁器などいろいろなタイプの焼き物になった。それでも造形は彰浩の誠実な性格が表れているのだろうか。触り心地は優しく温かい感じがする。

「どうだろう。都の郊外に官窯がある。暇だったらそこで時間つぶししてもいいと思うが。ああ、勿論うちでのんびりしてもらって構わない」
「官窯! そんな政府御用達しの陶工場に!?」
「この腕ならいいでしょう。良ければすぐにでも推薦状を書くから」
「それは、願ったりです」

 彰浩は二つ返事で了承した。彼の家は代々陶工だったが、庶民の雑器をつくるいわゆる民窯だ。宮中で使われる陶器や、儀式用の祭器を作ったことはなかった。逃亡生活であることをうっかり忘れるぐらい、彰浩は官窯での仕事に心を躍らせた。

 星羅と京樹の手を引いてやってきた京湖が「なんだか嬉しそうね」と彼女も明るく微笑んだ。彰浩が明るい顔を見せるのが京湖はとても嬉しい。晶鈴のことや京湖の身の上のことを思うと心から喜べない二人だった。

「うちにいてもらっても良いが、気を遣うのでしたらどこか空き家でも探しましょう」
「そうね。ここにいつまでとどまれるかわからないけど……」

 男が追ってくるのではないかと思うと、安住することはできないと京湖は顔を曇らせた。

「さすがに都までは追ってこられますまい。役人に顔も効きますから安心していいですよ」

 慶明の言うとおりに都で保護された京湖を拉致することは難しいだろう。ここまでやってきて彼女をさらうものなら外交問題にも繋がりかねない。この国の民として生きていけば安泰だと思われる。

「辺境のほうが中央の目が届きませんからね。都におられるのが宜しかろう」

 彰浩と京湖は、慶明の勧め通りに都に落ち着くことにした。
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