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31 上京  

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 国の南西にある最後の町から、朱彰浩と京湖、京樹そして胡晶鈴の娘、星羅は都までやってきた。医局にいる薬師、陸慶明を頼るためである。晶鈴の残した身分証と、慶明の札のおかげで面会は容易に叶った。
 寺院と同じ建築だが大きな門構えと大きく反った屋根は、徳の高さよりも豊かさを象徴しているようだった。
 使用人に案内され客間で待っていると、陸慶明が現れた。

「よくいらっしゃいました」

 次期医局長として威厳が身についているようで、堂々と重々しい雰囲気に彰浩と京湖はより緊張する。そろそろ2歳になる京樹と星羅も親の緊張を察したのか、彰浩と京湖の懐でそれぞれ身を固くする。
 京湖に抱かれている星羅に、ふっと慶明は視線を注ぐ。

「もしや、その子は……」

 表情がゆるんだ慶明を見て、京湖も緊張を解いた。

「ええ。晶鈴の子です」
「そうか……」

 懐かしむような愛しむような視線を星羅に注ぎ続ける。優しいまなざしをみると、彼が晶鈴を友人以上の思いで愛していたのがわかる。

「それで、どのような状況でしょうか」

 深々と椅子に腰かける慶明に、京湖が説明を始めた。

――京湖の国は、この中華の西から南にかけて位置する王国だ。この中華とも友好国として交流が盛んである。京湖はその国の王に次ぐ最高権力者の末娘である。権力者である父は、京湖より年上の兄や姉が一族の結束のための婚姻を十分に結んでいたため、京湖には強いる婚姻はなかった。
 しかし自由に明るく美しく育つ京湖は、父の政敵の息子に見初められてしまう。その息子は長い時間かけて父の権力を奪ったうえで、有無を言わさぬ婚姻を京湖に強いる。政界の中心から追いやられた父は引退し、婚姻は京湖の自由にしてもよいと言った。
 一度は今後のことも考え、その息子と結婚する決意を持つが、だめだった。蛇のようにしつこく嫌らしい感じがどうしても好きになれず、正室に迎えるとは言われているが、側室と妾が数多居た。
 そこで京湖は病で亡くなったことにし国から逃げ出した。同じ年ごろの病で亡くなった娘を、彼女の身代わりにし立派な葬式をあげたのですぐにはバレなかったようだ。
 この広い中華に逃げ込む前に、陶工の朱彰浩に出会い結ばれた。


 思わず、自分と彰浩の出会いの話をしそうになったが、やめてその息子が今、自分が生きていることを知り追いかけてきたこと、そして自分が晶鈴に衣装を貸したことで、京湖と間違えられて捕らえられたであろうと話した。

 話を聞いた慶明は大きくため息をついた。

「晶鈴は……すぐに人違いだとは言わないだろうな……」

 彼の言葉を聞き、京湖も彰浩もやはりそうなのだとうつむく。

「昔からそうだった。自分が損をしているのがわかってないというか、状況を楽観視しすぎているというか……」

 慶明は晶鈴が都から追い出されたことを思い唇をかむ。能力を失ったとはいえ、彼女が悪いわけではなかった。王太子を責めることも勿論できないが、黙って引き下がることもなかろうにといまだに思う。

「すみません。私のせいです。彼女を巻き込んでしまった……」

 大きな黒い瞳が潤んでいることに気づき、慌てて慶明は手を振る。

「失礼した。あなたを責めているわけではないのだ。とりあえずここにいてもらったら大丈夫だ」
「いえ、お世話になるつもりは……。こちらに来れば、晶鈴を救い出せるかもと」
「晶鈴が人違いだとわかったらどうするか……」
「あの、星羅の父親は」
「星羅の父親か……」
「やはり、あなたではないのですか」
「ええ、そうだったらよかったのに」

 愁いを含む笑顔に京湖も切ない気持ちになった。

「とにかく今日はもここでお休みください。もう少し話し合いましょう」
「いえ、宿を探しますわ」
「ふふ。もう二人とも夢の中ですよ」

 慶明の視線の先には、彰浩に抱かれた二人の子供たちが抱き合って眠っているところだった。慶明は、使用人に合図をして家族を泊まれるように手配し案内させた。

 これからどうしようかと慶明が考えているところへ、下女の春衣がやってきた。彼女はもう女中頭で屋敷の中のことをほとんど取り仕切っている。

「慶明さま、もしかして先ほどの子供は?」
「ああ、気づいたか。晶鈴の娘だ」
「まあ! やはり! で、晶鈴さまは?」

 春衣は懐かしさで胸がいっぱいになる。

「それが、さらわれたようで行方が分からんのだ」
「そんな……。これからどうするおつもりですか?」
「しばらく考える。――このことは夫人には内緒にしておいてくれ」
「え、ええ。もちろんです」

 さらに慶明と秘密を共有しているという優越感を得る。学問ばかりの夫人よりも、自分のほうがよほど慶明と近しい関係だと春衣は自負している。
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