26 / 127
26 思い出話
しおりを挟む
今まで気が付かなかったのか、不思議なほど花が咲き乱れていた。四季の移り変わりにもともと敏感なほうではないが、いつの間に春が訪れていたのだろうかと、明るい庭を隆明は見渡した。
胡晶鈴が去ってから、心の中は鉛色で重く沈み、揺れ動かされることはなかった。王太子といっても、政治は王と大臣たちが行い、彼は政の勉強中という身になるので、参加しているわけではなかった。そして王太子妃も彼に打ち解ける風ではなく、義務的な笑顔を見せるばかりだ。生まれた女児が、彼を父親として慕うにはまだまだ時間がかかる。隆明にとって心から打ち解け、親しんだものは晶鈴しかいなかったのだ。
「そなたも晶鈴と親しかったのか?」
「ええ。お互い見習いでしたし、歳も近かったので」
「そうか」
隆明は、薬師の陸慶明を通して晶鈴を懐かしむ。
「晶鈴からそなたのことを聞いたことはなかったな」
「まあ、彼女は占い師ですので、他言はしないのでしょう。もちろん王太子様のことも、まったく話に聞いていませんでしたし」
隆明も慶明も、晶鈴の守秘義務を守る強固な態度に苦笑せざるを得なかった。
「せめて慶明のことでも知っておれば、このような思いはしなかったかもしれないものを」
苦し気に悲し気にしかし美しく笑む隆明に、晶鈴はまこと罪作りだと、慶明は苦笑した。
「でも晶鈴は誰よりも王太子様をお慕いしてました」
「ふふっ。気を使う必要はない」
「そんなつもりは……」
「よいのだ」
のどまで、あなたの子を孕んでいたと言いかけるがぐっと慶明は飲み込む。王朝に混乱を招く真似を自分がするわけにはいかなかった。
「故郷にいるのだろうか」
「恐らくそうでしょう」
隆明の発言に対し、どんどん嘘をつき続けねばならないのかと慶明は心苦しくなってきた。
「そなたは友人のようだし、もし晶鈴から手紙でも届いたら様子でも教えてほしい」
「あ、ええ。まあ晶鈴のことですから筆不精でしょうね」
「ふふふっ。そうかもなあ。まあ良い。付き合わせて悪かったな」
「とんでもありません」
「またよろしく頼む」
「もちろんです。喜んでお供します」
「私はもう少し外の空気を吸うことにしよう」
「では私はこれで」
立ち去る慶明からまた庭に目を移す。色取り取りの花々の美しさや香りに目を奪われるが、ふと晶鈴は花をめでることはしなかったことを思い出す。
女人なら花が好きで部屋に飾るのかと思いきや、香りが邪魔だと言っていた。彼女が嫌いじゃないと言っていた花を目に浮かべる。紫色の桔梗だった。形も星のようで良いらしい。水仙はどうかと尋ねたら香りが強すぎるということだった。
「残念ながら今は咲く季節ではないな」
秋風が吹くころ桔梗は咲き始める。さりげなく静かに咲く桔梗は晶鈴のようだった。
「秋に向けて桔梗をたくさん植えさせるかな」
部屋を出ればすぐに桔梗を鑑賞できるように、庭師に整えさせることにした。それまでは桔梗の代わりに星でも眺めようとまだ明るい空を見上げた。
胡晶鈴が去ってから、心の中は鉛色で重く沈み、揺れ動かされることはなかった。王太子といっても、政治は王と大臣たちが行い、彼は政の勉強中という身になるので、参加しているわけではなかった。そして王太子妃も彼に打ち解ける風ではなく、義務的な笑顔を見せるばかりだ。生まれた女児が、彼を父親として慕うにはまだまだ時間がかかる。隆明にとって心から打ち解け、親しんだものは晶鈴しかいなかったのだ。
「そなたも晶鈴と親しかったのか?」
「ええ。お互い見習いでしたし、歳も近かったので」
「そうか」
隆明は、薬師の陸慶明を通して晶鈴を懐かしむ。
「晶鈴からそなたのことを聞いたことはなかったな」
「まあ、彼女は占い師ですので、他言はしないのでしょう。もちろん王太子様のことも、まったく話に聞いていませんでしたし」
隆明も慶明も、晶鈴の守秘義務を守る強固な態度に苦笑せざるを得なかった。
「せめて慶明のことでも知っておれば、このような思いはしなかったかもしれないものを」
苦し気に悲し気にしかし美しく笑む隆明に、晶鈴はまこと罪作りだと、慶明は苦笑した。
「でも晶鈴は誰よりも王太子様をお慕いしてました」
「ふふっ。気を使う必要はない」
「そんなつもりは……」
「よいのだ」
のどまで、あなたの子を孕んでいたと言いかけるがぐっと慶明は飲み込む。王朝に混乱を招く真似を自分がするわけにはいかなかった。
「故郷にいるのだろうか」
「恐らくそうでしょう」
隆明の発言に対し、どんどん嘘をつき続けねばならないのかと慶明は心苦しくなってきた。
「そなたは友人のようだし、もし晶鈴から手紙でも届いたら様子でも教えてほしい」
「あ、ええ。まあ晶鈴のことですから筆不精でしょうね」
「ふふふっ。そうかもなあ。まあ良い。付き合わせて悪かったな」
「とんでもありません」
「またよろしく頼む」
「もちろんです。喜んでお供します」
「私はもう少し外の空気を吸うことにしよう」
「では私はこれで」
立ち去る慶明からまた庭に目を移す。色取り取りの花々の美しさや香りに目を奪われるが、ふと晶鈴は花をめでることはしなかったことを思い出す。
女人なら花が好きで部屋に飾るのかと思いきや、香りが邪魔だと言っていた。彼女が嫌いじゃないと言っていた花を目に浮かべる。紫色の桔梗だった。形も星のようで良いらしい。水仙はどうかと尋ねたら香りが強すぎるということだった。
「残念ながら今は咲く季節ではないな」
秋風が吹くころ桔梗は咲き始める。さりげなく静かに咲く桔梗は晶鈴のようだった。
「秋に向けて桔梗をたくさん植えさせるかな」
部屋を出ればすぐに桔梗を鑑賞できるように、庭師に整えさせることにした。それまでは桔梗の代わりに星でも眺めようとまだ明るい空を見上げた。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる