15 / 127
15 宿場町
しおりを挟む
行く当てはないがとりあえず故郷に戻ってみようと晶鈴は、針路を北西に取った。背中を日光が押しているようで温かい。石で舗装された道は都から離れるといつの間にか硬い土の道になっている。まばらだった木々も増え風がしっとりしてきた。
「都は乾燥していたわね」
故郷の景色はどうだったか思い出せなかった。幼かった晶鈴には家畜に囲まれていた記憶しか残っていなかった。ロバの鼻面をなでながら「そうだ。名前をつけないと」と考え始める。
「えーっと何にしようかな。慶明がくれたロバだし――」
慶明のことを考えながら隆明を思い出す。
「そうだ。明々(ミンミン)にするわ。よろしくね、明々」
ロバの目をのぞき込むと明々は理解したのか「ホヒィ」と小さく鳴いた。
のんびり歩き、空腹を覚えたので荷台の上に乗って焼餅をかじった。ロバの明々も茂った草も顔を埋めて食べているようだ。
「もう少ししたら、宿場町があるから今日はそこで泊まろうかな」
北西の村まで歩きだとおよそ一ヵ月かかるだろう。馬だともっと早いがロバなので歩きと変わらない。急ぐことも目的もないので何も考えずに道を進む。
遠目でもわかる関所が見えてきた。行きかう人はまばらだが、商人が多そうだ。荷車に色々積んでいる人たちが多かった。空っぽの荷台を積んだロバと一緒に関所に向かう。小さな町なのだろう。門も町を取り囲む壁もそんなに高くはない。この高さを見ると周囲に危険な獣も部族もいないことがわかる。そもそも国家が統一され、周辺の部族たちもほぼ従属国となっているので危険なのは、人よりも自然の獣だった。獣もこちらがテリトリーを侵すことさえなければ牙をむくこともない。
通行手形を若い兵士に見せると「へえ!」と声をあげ、隣の恐らく彼より少し立場の上の者から「問題がないなら黙って通せ!」と叱られた。
「はっ! 通ってよろしい」
姿勢を正し兵士は晶鈴を通した。通行手形には『国家元占師 胡晶鈴』と書かれている。引退者としての身分表記だが、初めて見た若い兵士は珍しくて思わず声をあげてしまったようだ。胸元にしまって晶鈴は町の中に入った。都と違ってこじんまりとした様子だが、明るく活気があり見たことのない果物もあるようだ。色々味見しながらふらふらと宿を探す。市場の端っこにやってくると一人の男が荷車のまえで難しい顔をしているのが見えた。
「おじさん、どうしたの?」
男がよく自分に相談してきていた張秘書監に似ていたのでつい声をかけてしまった。
「ん? ああ、待ち合わせをしてるんだが相手が来なくてなあ。半日も待っているんだ」
晶鈴を追い返すことなく男はため息をついて答える。
「あら、半日も。それは大変」
袖口から晶鈴は流雲石の入った小袋をとりだし、つやつやした石を一つ選んでとりだした。刻み込まれた文字を眺めると晶鈴の頭の中にぼんやりと光景が浮かぶ。
「相手の方は反対の門で待っていると思うわよ」
「ええ? 反対? ちょ、ちょっとここでこの荷物見ててくれないか?」
「いいわ」
晶鈴の言葉を聞いて男は慌てて走っていった。
「ふふふ。やっぱり張秘書監に似てる」
あまり深く考えないが、善良で気の良い張秘書監は晶鈴が去ることを心から悲しんでくれた。図書を管理するものしか目にすることができない地図をこっそり模写して晶鈴にくれたのだ。
さっき買った豆をポリポリかじっていると、汗だくになった男が戻ってきた。
「娘さんの言うとおりだった! これから取引に行くが、どうだろう後でお礼をさせてくれないか」
「いいのよ。お礼なんて」
「まあ、まあそういわずに。とりあえずそこに宿をとっているから、後で落ち合おう」
髪を振り乱したまま、男は荷車を引いてまた急いで行ってしまった。
「まあ宿には泊まるんだけど」
ロバの明々を引いて宿屋に向かうことにした。
宿屋のまえに立っている若い男に部屋はあるか尋ねると、今はにぎわうシーズンではないらしく色々な部屋があると教えてくれた。
路銀に十分余裕があるが、贅沢をする気もないので個室で小さい静かな部屋を頼んだ。ロバを預けると若い男が案内してくれた。宿屋は二階建てで古い建物だが掃除が行き届き、柱などは磨かれて艶がある。階段も埃がたまることなくきれいだ。
こじんまりした寝台と小さな机だけがある部屋に通される。中からは木を扉に差し込んで閉めることができるが、外からのカギはないので貴重品を残して出かけないように言われた。
「ちょっと疲れたかな」
寝台にごろりと横たわる。平和なこの時代、旅は過酷なものではなくなり、女一人旅も珍しくなかった。今朝、別れた慶明と春衣には明日起きてももう会えないのだと思うと少し感傷的になってくる。初めて一人きりになったのだ。
のんきだった朝と夕暮れの今ではなんだか心持が変わってきてしまった。
「これが、寂しいという気持ちかしら……」
感傷に浸りそうなときに、一回の食堂から美味そうな肉のスープのにおいが漂ってきた。
「おなか減ってきちゃったな」
自分の気持ちに浸る前に空腹を覚え、寝台から起き上がると食事をしに一回へと降りていった。
「都は乾燥していたわね」
故郷の景色はどうだったか思い出せなかった。幼かった晶鈴には家畜に囲まれていた記憶しか残っていなかった。ロバの鼻面をなでながら「そうだ。名前をつけないと」と考え始める。
「えーっと何にしようかな。慶明がくれたロバだし――」
慶明のことを考えながら隆明を思い出す。
「そうだ。明々(ミンミン)にするわ。よろしくね、明々」
ロバの目をのぞき込むと明々は理解したのか「ホヒィ」と小さく鳴いた。
のんびり歩き、空腹を覚えたので荷台の上に乗って焼餅をかじった。ロバの明々も茂った草も顔を埋めて食べているようだ。
「もう少ししたら、宿場町があるから今日はそこで泊まろうかな」
北西の村まで歩きだとおよそ一ヵ月かかるだろう。馬だともっと早いがロバなので歩きと変わらない。急ぐことも目的もないので何も考えずに道を進む。
遠目でもわかる関所が見えてきた。行きかう人はまばらだが、商人が多そうだ。荷車に色々積んでいる人たちが多かった。空っぽの荷台を積んだロバと一緒に関所に向かう。小さな町なのだろう。門も町を取り囲む壁もそんなに高くはない。この高さを見ると周囲に危険な獣も部族もいないことがわかる。そもそも国家が統一され、周辺の部族たちもほぼ従属国となっているので危険なのは、人よりも自然の獣だった。獣もこちらがテリトリーを侵すことさえなければ牙をむくこともない。
通行手形を若い兵士に見せると「へえ!」と声をあげ、隣の恐らく彼より少し立場の上の者から「問題がないなら黙って通せ!」と叱られた。
「はっ! 通ってよろしい」
姿勢を正し兵士は晶鈴を通した。通行手形には『国家元占師 胡晶鈴』と書かれている。引退者としての身分表記だが、初めて見た若い兵士は珍しくて思わず声をあげてしまったようだ。胸元にしまって晶鈴は町の中に入った。都と違ってこじんまりとした様子だが、明るく活気があり見たことのない果物もあるようだ。色々味見しながらふらふらと宿を探す。市場の端っこにやってくると一人の男が荷車のまえで難しい顔をしているのが見えた。
「おじさん、どうしたの?」
男がよく自分に相談してきていた張秘書監に似ていたのでつい声をかけてしまった。
「ん? ああ、待ち合わせをしてるんだが相手が来なくてなあ。半日も待っているんだ」
晶鈴を追い返すことなく男はため息をついて答える。
「あら、半日も。それは大変」
袖口から晶鈴は流雲石の入った小袋をとりだし、つやつやした石を一つ選んでとりだした。刻み込まれた文字を眺めると晶鈴の頭の中にぼんやりと光景が浮かぶ。
「相手の方は反対の門で待っていると思うわよ」
「ええ? 反対? ちょ、ちょっとここでこの荷物見ててくれないか?」
「いいわ」
晶鈴の言葉を聞いて男は慌てて走っていった。
「ふふふ。やっぱり張秘書監に似てる」
あまり深く考えないが、善良で気の良い張秘書監は晶鈴が去ることを心から悲しんでくれた。図書を管理するものしか目にすることができない地図をこっそり模写して晶鈴にくれたのだ。
さっき買った豆をポリポリかじっていると、汗だくになった男が戻ってきた。
「娘さんの言うとおりだった! これから取引に行くが、どうだろう後でお礼をさせてくれないか」
「いいのよ。お礼なんて」
「まあ、まあそういわずに。とりあえずそこに宿をとっているから、後で落ち合おう」
髪を振り乱したまま、男は荷車を引いてまた急いで行ってしまった。
「まあ宿には泊まるんだけど」
ロバの明々を引いて宿屋に向かうことにした。
宿屋のまえに立っている若い男に部屋はあるか尋ねると、今はにぎわうシーズンではないらしく色々な部屋があると教えてくれた。
路銀に十分余裕があるが、贅沢をする気もないので個室で小さい静かな部屋を頼んだ。ロバを預けると若い男が案内してくれた。宿屋は二階建てで古い建物だが掃除が行き届き、柱などは磨かれて艶がある。階段も埃がたまることなくきれいだ。
こじんまりした寝台と小さな机だけがある部屋に通される。中からは木を扉に差し込んで閉めることができるが、外からのカギはないので貴重品を残して出かけないように言われた。
「ちょっと疲れたかな」
寝台にごろりと横たわる。平和なこの時代、旅は過酷なものではなくなり、女一人旅も珍しくなかった。今朝、別れた慶明と春衣には明日起きてももう会えないのだと思うと少し感傷的になってくる。初めて一人きりになったのだ。
のんきだった朝と夕暮れの今ではなんだか心持が変わってきてしまった。
「これが、寂しいという気持ちかしら……」
感傷に浸りそうなときに、一回の食堂から美味そうな肉のスープのにおいが漂ってきた。
「おなか減ってきちゃったな」
自分の気持ちに浸る前に空腹を覚え、寝台から起き上がると食事をしに一回へと降りていった。
0
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる