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ピスケスの女 奉仕の章
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「あー。桃香。お茶いれてくれないか」
なぜだかここのところやけに桃香のいれたお茶が欲しくなる。昔カフェイン中毒だったころの症状に近い。ただ今は桃香のいれる茶なら何でもいいのだ。
薫り高い紅茶が運ばれる。水色も綺麗なオレンジ色だ。
「ありがとう。最近なんだかお茶中毒のようだよ」
桃香はにっこり笑って僕のそばに座る。
「ねえ。緋月さん。そろそろあたしたち、一緒になった方がいいと思いませんか?」
「一緒って?」
「仕事も男女関係も全部。あたしと緋月さんが一緒になればすごいことが出来ると思うんです」
今日の桃香はいつもと様子が違う。
「ん?僕たちはいわば師匠同士が結び付けた兄妹弟子のようなものだよ。家族も同然だ。君がもっと活躍したいっていうなら協力は惜しまないけど」
甘いフルーツの香りが漂ってくる。
「ねえ。緋月さん。小百合先生と蘭子先生はどうして一緒に事業を起こしたりしなかったかわかります?」
「占い師同士で徒党を組むってあんまりないからね」
「もうそんな時代じゃないと思いませんか?あたしたちが男と女ってことに大きな意味があると思うんです」
段々香りが熟したように強くなってくる。桃香はいつもの柔らかい雰囲気から重々しく存在感を増していく。そしていつの間にか僕の上に足を開いて対面座位の格好で座っていた。
「どうしたんだ。いきなり」
ぽってりとした唇が迫ってくる。顔を背けようとしたが吸い込まれているように視線が外せない。
「う、うむむ、ふっ、うむ」
濃厚な蜜の味が口いっぱいに広がり、肉厚な唇と舌が僕の内部をのたうち回りながら侵食していく。
「いきなりじゃありません。ずっと準備してました。緋月さんがあたしと一緒になってくれる時を」
「お茶に何かいれていたのか……」
「中毒性はありません。あたしが調合した媚薬です」
「媚薬……」
桃香はふふっと笑みを浮かべ、小さな白い手で僕の両頬を撫で「美味しいでしょう?」と囁く。
なんだか視界がぼんやりとしてくる。思考はまだしっかりしていて身体の感覚はあるのだが夢の中のようだ。
「何が狙いなんだ」
「あたしね。過去性の記憶があるんです。いつの時代もあたしは女でやっぱり占いだとかまじないだとかしてました。でもいつもいつも裏切られたの」
桃香は魔女裁判やら巫女の人身御供の話などを僕に詳しく話して聞かせる。この話が真実なのか、それとも多感だった霊感少女の妄想なのかはどちらでもいい。大事なのは彼女が自分の能力によって他人の犠牲になってきたと思っていることだ。
「今は女の時代だって小百合先生も言ってた。男に踏みにじられてきた時代はも終わったって。ねえ、緋月さんユートピアを作りましょう。新しい時代には新しい時代の教えが必要だと思うの」
「女性の時代なら男の僕はいらないじゃないか」
「緋月さんは女にとって特別。あたし知ってるのよ。あなたのセックス鑑定を受けた人たちが成功したり、幸福に導かれたりしてるのを。覚えてる?一洋真帆さん。彼女は目覚ましい活躍で今やカリスマインストラクターなのよ」
「一洋さんの実力だよ。僕は関係ない」
「いいえ。ほかにも社会的に高く評価された人もいるし、望んだ生活を手に入れて幸福の絶頂の人もいる。その人たちはみんな緋月さんに関係した人よ」
「たまたまだ」
「あたしにはわかる。あなたと寝ると運気が上がるみたい。男の人でもそういう人がいることに感心しちゃう」
恐らく『アゲマン』のことを言っているのだろう。桃香は僕の胸をはだけ唇を押当てる。
「何をさせようっていうんだ」
「『セックス鑑定』」
「ばかな」
「緋月さんには『巫女』になってもらうの。信者の女性にあなたの持っているものを捧げる役目よ」
桃香は男女逆転の社会を作り上げたいのだろうか。女性が強くなってきたとはいえ、まだまだ複雑な思いを抱いていることは理解しているつもりだ。
「桃香、間違ってるよ。それじゃ男のやり方をまた繰り返すだけだ」
僕は力を振り絞って話した。
「今、女性の時代と小百合先生がおっしゃたのは、男に取って代われという意味ではないと思うよ。女性の――感性、自然に、命に呼応したリズムを社会に生かそうということなんだよ。男を打ち負かしたい気持ちはあるだろうけど、それは、きっと望む世界にはならないと思う。まだまだ過渡期だけどいつか対等に手を取り合えると思うんだ。開かれた心と体で楽園のアダムとイブのように」
「あたし……」
僕の話が桃香の心に届いているだろうか。
「女性の素晴らしさは社会に少しずつ届いてきている。男の中にも戦うことに嫌気がさして、安らかに静かに愛する人と人生を送りたいと願う人が増えてきたよ。桃香。聞いてくれ。君の園女小百合先生からもらった『女』の文字は彼女の願いだよ。真の女であって欲しいと言う。僕には紅月蘭子先生が『月』の文字をくれた。暗い道を照らすようにと。だけど太陽じゃない」
一気に話し喉が渇き、お茶に手を伸ばした。
「入れなおします」
さっとカップを奪い桃香は僕から離れた。
コトリと入れなおされた紅茶が差し出された。
「普通の紅茶です」
「ありがとう」
普通の紅茶だ。それでもやはり美味しいと思った。
桃香は落ち着きを取り戻して静かに腰かけている。元気がない様子に、僕が彼女の野心を奪ってしまったことの後ろめたさが少しだけ沸いた。
「ごめんね。桃香を否定するつもりはないんだ。君はすばらしいよ。だけど今までの歴史に負けないで今の君として幸せに生きて行ってほしいんだ」
「緋月さん……」
混乱しているのかもしれない。途方に暮れているのかもしれない。だが僕は急かさずに静かに見守ることにした。
二杯目の紅茶を飲み干すと桃香はゆっくり話し始めた。
「男と女が対等になれることを、どうすれば実感できるかしら。恋愛ですら不等号だと思う。もちろんセックスだって」
「僕も最近になってやっと見え始めてきたからね。君はまだ若い。これからだよ」
「あたしと緋月さんは対等になれると思いますか?」
「なれるとおもうよ」
「経験年数とか全然ちがうけど……」
「まあ、それはしょうがない。だけど心は――長いスパンで見れば魂はきっと対等だよ」
桃香は立ち上がった。ふわっと甘い香りが漂う。僕に再度近づいて手を取り、自分の頬にあてた。
「知りたい。片鱗でもいいから」
「――あっちへ行こう」
僕がシャツを脱ぎ始めると桃香もチュニックを脱いだ。同じような順番で服を脱ぎ、全裸になって向き合った。小柄だが乳房は豊かで尻も丸くて肉付きが良い。小さなアフロディテのようだ。僕は桃香の手を取って一緒にベッドに座った。
口づけを交わす。さくらんぼうのような唇を優しく舐め、吸い、食む。桃香も同じように僕の唇を愛撫する。向かい合ったまま横になる。肌を文字通り重ねて、お互いの体温を感じた。
「あたたかい」
ふっと勃起していないペニスに桃香は気づいたようで身体をずらし顔を下に移動させ始めた。
柔らかく温かいぬめりが肉棒に感じられる。舌が特別長いわけでないのに、らせん状に絡み付くような感覚と肉厚の唇に咥えこまれる二つの感触が僕をうならせる。
「くっ。すごく、気持ちいいよ」
うお座の女性は奉仕が上手い。相手がどうすれば喜ぶか、コツをつかむ能力が恐ろしく高い。そのあと、おねだりをする甘え上手なのだ。
桃香の頬を撫で口からペニスを引き出した。
「僕もお返しをするよ」
桃香の白くてすべすべした足の甲に唇を這わせる。足は小さく爪先はギリシャ型でアーモンドの様な形をしている。舟をこぐカイにも似て泳ぎが得意そうに見えた。足先から膝、太腿まで唇と指先を這わせると桃香の甘い声と甘い体臭が強くなってくる。
「あふうっ。ああうぅ」
優しく大陰唇にキスをして周りを舐めあげる。茂みは淡く警戒心の薄いのっぱらのようだ。甘い匂いが淫靡なものに変わる場所を見つけて、深く吸い込み香りを堪能する。舌先を肉襞の間に滑り込ませ小さな花芽にノックする。
「ああ。緋月さん、気持ちいい」
十分に潤ったのを確認して僕はまた桃香と向き合った。見つめ合って口づけを交わすと桃香は片脚を上げ僕の腰に絡ませペニスを優しく持ち自らの蜜壷へ導いていく。
「ん、んふっ、んん、あっ、あっ、はあ」
手伝うように腰を進ませる。浅い挿入だが、上でも下でもないこの体位は桃香の望むものだろう。彼女は腕を僕の首に回し僕は細い腰の手を回した。身体が太いリボンで結ばれたようだ。
「桃香。気持ちいいか?」
「うん。すごく」
「もっと一緒に登りつめよう。僕のまねをして呼吸を揃えてごらん」
お互いの吐く息と吸う息を同じように揃える。深く長くつながったまま呼吸を整える。そしてお互いの尾てい骨から背筋を以前、八木寛美に教わったようにマッサージをしながらなぞり上げる。
「はあ……。なんだか、一緒に溶けて交わりそう……」
興奮とは違う深い官能が身体の芯に響く。もう僕は腰を振ることなく起立を維持できていた。桃香も乾くことなく絶えず泉を溢れさせビロードのリボンの様な秘陰唇がペニスに絡み付き優しい刺激を与え続ける。
今度は呼吸を逆にする。僕が吐くときに桃香が吸い、桃香が吐くとき僕が吸うのだ。
「う、あ、あぅ、な、んだか、あそこがあつ、い」
呼吸を異なるものにすると興奮が湧き上がってきた。お互いの身体が軟体化し、螺旋を描き、絡み合って抱き合っているような錯覚を覚える。
「あ、あたしたち陰陽道の、太極図、みたいになってる気がする」
喘ぎながら桃香は言った。円の中にあるあの白と黒の勾玉の様な文様はいみじくも陰陽魚とも言われる。
「僕たちは一つだけど異なっているんだ。わかる?」
「うん。あ、あなたがとても愛しい」
「ああ。僕もだ」
それから僕たちは自由になった。めいめい思うままに動いた。上になり下になり前になり後ろになった。それでも手をつなぎ相手が歓んでいることを確認し自らを歓ばせた。
魂が一つになるような喜びが肉体のエクスタシーを上回る。僕は持ちうる心と身体と技を全て桃香に差し出すべく心血を注いだ。全てを放出したと同時に、もっと大きな歓びを彼女から受け取った。
「おなか減った」
僕の隣で桃香がつぶやいた。
気が付くと日付が変わっていて真夜中だった。
「パスタでもゆでるよ」
「ん」
ゆるゆると起き出し、横たわる桃香の頬にキスをしてから台所に向かった。
シャワーを浴びて濡れた髪を頬に貼り付けせている桃香は沖に上がった人魚姫のようだ。
「簡単なトマトソースだけど」
「美味しい」
僕たちは相当空腹だったらしく、最終的に五人前くらいのパスタを茹でることになった。
胃袋が満たされほっと一息をついた桃香がつぶやく。
「こういう状態を幸せっていうのかな」
「そうだね。身体を満たすと気持ちに連動しやすいからね」
微笑む桃香は一つ成熟したような深い眼差しを見せた。
「緋月さん。あたし今もやっぱりあなたと一緒になりたい。さっきも一緒になった感じがあったけど、もっともっと深く交じりあいたい」
僕は静かに次の言葉を待った。
「あたし、この町を去ります。もう少しいろんなところで修行してきます。本当の意味であなたと対等になりたいから」
次に出会うことがあるならば、桃香は素晴らしく成長し完璧な『女』になっているはずだ。僕はひれ伏すことなく対等でいられるであろうか。――娼婦であり聖女であり……。
桃香が店をしまい町を去ったあと、カルチャースクールの事務、沢井莉菜が非常に残念がって僕に愚痴を言った。生徒が何名かタロット占いも勉強してみたいなどと話していたのも耳にした。桃香がどこでどう修行をしているかわからないが、いつか彼女も師の園女小百合のように後進を育てる日が来るかもしれない。
そんな騒めいた日々もいつの間にか落ち着き、規則正しい静かな日常が戻った。
秋が深まりしみじみと季節の移り変わりを感じながら帰宅する。町から離れたこの山小屋は静かで時間の流れが緩やかだ。――虫の声すら聞こえない。
久しぶりに訪れる静寂を味わいながらパソコンを起動した。
メールの受信フォルダを開くと一通だけきていた。
件名を読む。『セックス鑑定希望』
なぜだかここのところやけに桃香のいれたお茶が欲しくなる。昔カフェイン中毒だったころの症状に近い。ただ今は桃香のいれる茶なら何でもいいのだ。
薫り高い紅茶が運ばれる。水色も綺麗なオレンジ色だ。
「ありがとう。最近なんだかお茶中毒のようだよ」
桃香はにっこり笑って僕のそばに座る。
「ねえ。緋月さん。そろそろあたしたち、一緒になった方がいいと思いませんか?」
「一緒って?」
「仕事も男女関係も全部。あたしと緋月さんが一緒になればすごいことが出来ると思うんです」
今日の桃香はいつもと様子が違う。
「ん?僕たちはいわば師匠同士が結び付けた兄妹弟子のようなものだよ。家族も同然だ。君がもっと活躍したいっていうなら協力は惜しまないけど」
甘いフルーツの香りが漂ってくる。
「ねえ。緋月さん。小百合先生と蘭子先生はどうして一緒に事業を起こしたりしなかったかわかります?」
「占い師同士で徒党を組むってあんまりないからね」
「もうそんな時代じゃないと思いませんか?あたしたちが男と女ってことに大きな意味があると思うんです」
段々香りが熟したように強くなってくる。桃香はいつもの柔らかい雰囲気から重々しく存在感を増していく。そしていつの間にか僕の上に足を開いて対面座位の格好で座っていた。
「どうしたんだ。いきなり」
ぽってりとした唇が迫ってくる。顔を背けようとしたが吸い込まれているように視線が外せない。
「う、うむむ、ふっ、うむ」
濃厚な蜜の味が口いっぱいに広がり、肉厚な唇と舌が僕の内部をのたうち回りながら侵食していく。
「いきなりじゃありません。ずっと準備してました。緋月さんがあたしと一緒になってくれる時を」
「お茶に何かいれていたのか……」
「中毒性はありません。あたしが調合した媚薬です」
「媚薬……」
桃香はふふっと笑みを浮かべ、小さな白い手で僕の両頬を撫で「美味しいでしょう?」と囁く。
なんだか視界がぼんやりとしてくる。思考はまだしっかりしていて身体の感覚はあるのだが夢の中のようだ。
「何が狙いなんだ」
「あたしね。過去性の記憶があるんです。いつの時代もあたしは女でやっぱり占いだとかまじないだとかしてました。でもいつもいつも裏切られたの」
桃香は魔女裁判やら巫女の人身御供の話などを僕に詳しく話して聞かせる。この話が真実なのか、それとも多感だった霊感少女の妄想なのかはどちらでもいい。大事なのは彼女が自分の能力によって他人の犠牲になってきたと思っていることだ。
「今は女の時代だって小百合先生も言ってた。男に踏みにじられてきた時代はも終わったって。ねえ、緋月さんユートピアを作りましょう。新しい時代には新しい時代の教えが必要だと思うの」
「女性の時代なら男の僕はいらないじゃないか」
「緋月さんは女にとって特別。あたし知ってるのよ。あなたのセックス鑑定を受けた人たちが成功したり、幸福に導かれたりしてるのを。覚えてる?一洋真帆さん。彼女は目覚ましい活躍で今やカリスマインストラクターなのよ」
「一洋さんの実力だよ。僕は関係ない」
「いいえ。ほかにも社会的に高く評価された人もいるし、望んだ生活を手に入れて幸福の絶頂の人もいる。その人たちはみんな緋月さんに関係した人よ」
「たまたまだ」
「あたしにはわかる。あなたと寝ると運気が上がるみたい。男の人でもそういう人がいることに感心しちゃう」
恐らく『アゲマン』のことを言っているのだろう。桃香は僕の胸をはだけ唇を押当てる。
「何をさせようっていうんだ」
「『セックス鑑定』」
「ばかな」
「緋月さんには『巫女』になってもらうの。信者の女性にあなたの持っているものを捧げる役目よ」
桃香は男女逆転の社会を作り上げたいのだろうか。女性が強くなってきたとはいえ、まだまだ複雑な思いを抱いていることは理解しているつもりだ。
「桃香、間違ってるよ。それじゃ男のやり方をまた繰り返すだけだ」
僕は力を振り絞って話した。
「今、女性の時代と小百合先生がおっしゃたのは、男に取って代われという意味ではないと思うよ。女性の――感性、自然に、命に呼応したリズムを社会に生かそうということなんだよ。男を打ち負かしたい気持ちはあるだろうけど、それは、きっと望む世界にはならないと思う。まだまだ過渡期だけどいつか対等に手を取り合えると思うんだ。開かれた心と体で楽園のアダムとイブのように」
「あたし……」
僕の話が桃香の心に届いているだろうか。
「女性の素晴らしさは社会に少しずつ届いてきている。男の中にも戦うことに嫌気がさして、安らかに静かに愛する人と人生を送りたいと願う人が増えてきたよ。桃香。聞いてくれ。君の園女小百合先生からもらった『女』の文字は彼女の願いだよ。真の女であって欲しいと言う。僕には紅月蘭子先生が『月』の文字をくれた。暗い道を照らすようにと。だけど太陽じゃない」
一気に話し喉が渇き、お茶に手を伸ばした。
「入れなおします」
さっとカップを奪い桃香は僕から離れた。
コトリと入れなおされた紅茶が差し出された。
「普通の紅茶です」
「ありがとう」
普通の紅茶だ。それでもやはり美味しいと思った。
桃香は落ち着きを取り戻して静かに腰かけている。元気がない様子に、僕が彼女の野心を奪ってしまったことの後ろめたさが少しだけ沸いた。
「ごめんね。桃香を否定するつもりはないんだ。君はすばらしいよ。だけど今までの歴史に負けないで今の君として幸せに生きて行ってほしいんだ」
「緋月さん……」
混乱しているのかもしれない。途方に暮れているのかもしれない。だが僕は急かさずに静かに見守ることにした。
二杯目の紅茶を飲み干すと桃香はゆっくり話し始めた。
「男と女が対等になれることを、どうすれば実感できるかしら。恋愛ですら不等号だと思う。もちろんセックスだって」
「僕も最近になってやっと見え始めてきたからね。君はまだ若い。これからだよ」
「あたしと緋月さんは対等になれると思いますか?」
「なれるとおもうよ」
「経験年数とか全然ちがうけど……」
「まあ、それはしょうがない。だけど心は――長いスパンで見れば魂はきっと対等だよ」
桃香は立ち上がった。ふわっと甘い香りが漂う。僕に再度近づいて手を取り、自分の頬にあてた。
「知りたい。片鱗でもいいから」
「――あっちへ行こう」
僕がシャツを脱ぎ始めると桃香もチュニックを脱いだ。同じような順番で服を脱ぎ、全裸になって向き合った。小柄だが乳房は豊かで尻も丸くて肉付きが良い。小さなアフロディテのようだ。僕は桃香の手を取って一緒にベッドに座った。
口づけを交わす。さくらんぼうのような唇を優しく舐め、吸い、食む。桃香も同じように僕の唇を愛撫する。向かい合ったまま横になる。肌を文字通り重ねて、お互いの体温を感じた。
「あたたかい」
ふっと勃起していないペニスに桃香は気づいたようで身体をずらし顔を下に移動させ始めた。
柔らかく温かいぬめりが肉棒に感じられる。舌が特別長いわけでないのに、らせん状に絡み付くような感覚と肉厚の唇に咥えこまれる二つの感触が僕をうならせる。
「くっ。すごく、気持ちいいよ」
うお座の女性は奉仕が上手い。相手がどうすれば喜ぶか、コツをつかむ能力が恐ろしく高い。そのあと、おねだりをする甘え上手なのだ。
桃香の頬を撫で口からペニスを引き出した。
「僕もお返しをするよ」
桃香の白くてすべすべした足の甲に唇を這わせる。足は小さく爪先はギリシャ型でアーモンドの様な形をしている。舟をこぐカイにも似て泳ぎが得意そうに見えた。足先から膝、太腿まで唇と指先を這わせると桃香の甘い声と甘い体臭が強くなってくる。
「あふうっ。ああうぅ」
優しく大陰唇にキスをして周りを舐めあげる。茂みは淡く警戒心の薄いのっぱらのようだ。甘い匂いが淫靡なものに変わる場所を見つけて、深く吸い込み香りを堪能する。舌先を肉襞の間に滑り込ませ小さな花芽にノックする。
「ああ。緋月さん、気持ちいい」
十分に潤ったのを確認して僕はまた桃香と向き合った。見つめ合って口づけを交わすと桃香は片脚を上げ僕の腰に絡ませペニスを優しく持ち自らの蜜壷へ導いていく。
「ん、んふっ、んん、あっ、あっ、はあ」
手伝うように腰を進ませる。浅い挿入だが、上でも下でもないこの体位は桃香の望むものだろう。彼女は腕を僕の首に回し僕は細い腰の手を回した。身体が太いリボンで結ばれたようだ。
「桃香。気持ちいいか?」
「うん。すごく」
「もっと一緒に登りつめよう。僕のまねをして呼吸を揃えてごらん」
お互いの吐く息と吸う息を同じように揃える。深く長くつながったまま呼吸を整える。そしてお互いの尾てい骨から背筋を以前、八木寛美に教わったようにマッサージをしながらなぞり上げる。
「はあ……。なんだか、一緒に溶けて交わりそう……」
興奮とは違う深い官能が身体の芯に響く。もう僕は腰を振ることなく起立を維持できていた。桃香も乾くことなく絶えず泉を溢れさせビロードのリボンの様な秘陰唇がペニスに絡み付き優しい刺激を与え続ける。
今度は呼吸を逆にする。僕が吐くときに桃香が吸い、桃香が吐くとき僕が吸うのだ。
「う、あ、あぅ、な、んだか、あそこがあつ、い」
呼吸を異なるものにすると興奮が湧き上がってきた。お互いの身体が軟体化し、螺旋を描き、絡み合って抱き合っているような錯覚を覚える。
「あ、あたしたち陰陽道の、太極図、みたいになってる気がする」
喘ぎながら桃香は言った。円の中にあるあの白と黒の勾玉の様な文様はいみじくも陰陽魚とも言われる。
「僕たちは一つだけど異なっているんだ。わかる?」
「うん。あ、あなたがとても愛しい」
「ああ。僕もだ」
それから僕たちは自由になった。めいめい思うままに動いた。上になり下になり前になり後ろになった。それでも手をつなぎ相手が歓んでいることを確認し自らを歓ばせた。
魂が一つになるような喜びが肉体のエクスタシーを上回る。僕は持ちうる心と身体と技を全て桃香に差し出すべく心血を注いだ。全てを放出したと同時に、もっと大きな歓びを彼女から受け取った。
「おなか減った」
僕の隣で桃香がつぶやいた。
気が付くと日付が変わっていて真夜中だった。
「パスタでもゆでるよ」
「ん」
ゆるゆると起き出し、横たわる桃香の頬にキスをしてから台所に向かった。
シャワーを浴びて濡れた髪を頬に貼り付けせている桃香は沖に上がった人魚姫のようだ。
「簡単なトマトソースだけど」
「美味しい」
僕たちは相当空腹だったらしく、最終的に五人前くらいのパスタを茹でることになった。
胃袋が満たされほっと一息をついた桃香がつぶやく。
「こういう状態を幸せっていうのかな」
「そうだね。身体を満たすと気持ちに連動しやすいからね」
微笑む桃香は一つ成熟したような深い眼差しを見せた。
「緋月さん。あたし今もやっぱりあなたと一緒になりたい。さっきも一緒になった感じがあったけど、もっともっと深く交じりあいたい」
僕は静かに次の言葉を待った。
「あたし、この町を去ります。もう少しいろんなところで修行してきます。本当の意味であなたと対等になりたいから」
次に出会うことがあるならば、桃香は素晴らしく成長し完璧な『女』になっているはずだ。僕はひれ伏すことなく対等でいられるであろうか。――娼婦であり聖女であり……。
桃香が店をしまい町を去ったあと、カルチャースクールの事務、沢井莉菜が非常に残念がって僕に愚痴を言った。生徒が何名かタロット占いも勉強してみたいなどと話していたのも耳にした。桃香がどこでどう修行をしているかわからないが、いつか彼女も師の園女小百合のように後進を育てる日が来るかもしれない。
そんな騒めいた日々もいつの間にか落ち着き、規則正しい静かな日常が戻った。
秋が深まりしみじみと季節の移り変わりを感じながら帰宅する。町から離れたこの山小屋は静かで時間の流れが緩やかだ。――虫の声すら聞こえない。
久しぶりに訪れる静寂を味わいながらパソコンを起動した。
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