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カプリコーンの女 伝統の章
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ぼんやり天井を眺めている僕にすでに着衣した寛美が薫り高いマサラチャイを持ってきた。
「ああ。ありがとうございます」
ふらつきながら身体を起こしステンレスのマグカップを受け取った。
「大丈夫?」
寛美が優しく目の奥を覗き込む。
「なんだか身体がふわふわするような。夢の中の様な変な感じですね」
「もう少ししたら戻ると思うわ。さっき私たちどこまでイケたと思う?」
「どこまで?」
こくりと頷きながら寛美は続けた。
「宇宙まで飛んだのよ」
「えっ」
驚いてカップを落としそうになるのをさっと左手で受け止めた。
「残念ながら身体ごとじゃないけどね。意識だけ一緒に飛んだの」
先ほど見えた星々は幻覚ではなかったのだろうか。なんとも実感が得にくい話ではあるが虚実ではない気がする。
「一度だけの体験だとすぐ忘れてしまうでしょうけど、緋月さんはなかなかいい線いってるわよ」
「そ、そうですか」
「あなたの専門は西洋占星術なのが残念。インド占星術なら私のパートナーにと思えるんだけどね」
寛美の一族は性愛の奥義を追及する一族で一か所にどどまることはなかったが旅をしながら魂の伴侶も探しているらしい。こういった一族は他にも世界に何組かいるらしく歴史をさかのぼると権力闘争に巻き込まれることも多々あり、またこの技術によって権力や巨万の富を得るものも数多くいた様だ。
時代が時代なら寛美は一国の主の寵姫となることもあっただろう。しかし一族は個人的な小さい規模の高みを目指すことをやめ、性愛を通して地球や人々の意識を引き上げることに重きを置き始めているらしい。
「すごかったです。これはセックスなんだろうかと思うくらい」
チャイを飲んでしまうと身体が人心地ついたようで落ち着き始めていた。寛美が僕の手首を触り脈を診る。
「うん。大丈夫ね。さっきのは確かにセックスだけど違うのは二人で高め合う儀式だったということ。快感以上の快感が一人のものではなくて二人で引き上げられることが分かってもらえたらいいのよ」
「うーん。なんだか難しいですね。消化するのに時間がかかりそうだ」
「これから何となくだけど人生がまた変わりそうな出会いがあるかもしれないわ。今日の事が少しでもお役に立てるといいけれど」
「人生が……か」
今まで出会ってきた素晴らしい女性たちが目に浮かぶ。若菜の事を想うと胸にまだ痛みを感じる。しかし僕自身の人生が変わることはなかった。教えられ、成長をしてきたが変化ではない気がする。ふと麻耶の事を思い出し寛美に尋ねた。
「あの。柏木さんのご主人はもう大丈夫なんでしょうか」
「ええ。邦弘さんは生真面目で純真なのよ。きっと愛のないセックスがストレスになっていたんでしょうね。男性にしては珍しい人だわ」
柏木邦弘のストイックさに自分が恥ずかしくなってきてしまう。無言でうつむいていると寛美は手のひらを差し出し、僕の顎をそっと撫でた。
「あなたはあなた。彼は彼。緋月さんはとても優しいわ。あなたが真のパートナーに巡り合うことを祈っています。もちろん私もね」
「ありがとう」
嫣然と微笑みながら寛美は背を向け「ほら、見て」とするりとサリーを滑らせ丸い尻を突き出した。
「あっ」
うっすら血の滲んだ爪跡が刻まれている。
「すみません。傷をつけてしまった……」
「傷じゃないわ。これはあなたの絶頂の証。私の身体に刻まれた官能の装飾品なのよ」
最後の絶頂で付けたのだろうか。これほど強いマーキングをしたことなどなかった。両腕をクロスしていたのであろう、爪跡は親指が内側で外側に四本の月の形をした痕が規則正しく弧を描き並んでいる。
「蝶のようでしょう?しばらくこの飾りを見て楽しむことが出来るわ。あなたも両腕を見て」
僕の上腕にもまるで蓮の花の様にくっきりと手形が付いていた。
「あなたのはすぐに消えてしまうから、心配しないでね」
「そうですか。それも残念ですね」
「さて。ここでもいい仕事ができたわ」
「これからどうされるんですか?」
首を傾げ黒目を左右に動かしている寛美はインド舞踊に出てくる巫女のようだ。
「またしばらくインドに行こうかしらね。ご縁があればまたお会いしましょう」
「ええ。是非。レッスンをありがとうございました」
再会の機会が訪れる時には今の自分よりももっと深い男でありたいものだと壁にかかったシヴァ神の絵を見つめながら思った。甘い残り香と掴まれた腕の熱さだけが余韻を残している。気が付くと全身が澄み渡ったような爽快感が訪れた。足取りも軽く、また明日から歩いて行けそうだ。
「ああ。ありがとうございます」
ふらつきながら身体を起こしステンレスのマグカップを受け取った。
「大丈夫?」
寛美が優しく目の奥を覗き込む。
「なんだか身体がふわふわするような。夢の中の様な変な感じですね」
「もう少ししたら戻ると思うわ。さっき私たちどこまでイケたと思う?」
「どこまで?」
こくりと頷きながら寛美は続けた。
「宇宙まで飛んだのよ」
「えっ」
驚いてカップを落としそうになるのをさっと左手で受け止めた。
「残念ながら身体ごとじゃないけどね。意識だけ一緒に飛んだの」
先ほど見えた星々は幻覚ではなかったのだろうか。なんとも実感が得にくい話ではあるが虚実ではない気がする。
「一度だけの体験だとすぐ忘れてしまうでしょうけど、緋月さんはなかなかいい線いってるわよ」
「そ、そうですか」
「あなたの専門は西洋占星術なのが残念。インド占星術なら私のパートナーにと思えるんだけどね」
寛美の一族は性愛の奥義を追及する一族で一か所にどどまることはなかったが旅をしながら魂の伴侶も探しているらしい。こういった一族は他にも世界に何組かいるらしく歴史をさかのぼると権力闘争に巻き込まれることも多々あり、またこの技術によって権力や巨万の富を得るものも数多くいた様だ。
時代が時代なら寛美は一国の主の寵姫となることもあっただろう。しかし一族は個人的な小さい規模の高みを目指すことをやめ、性愛を通して地球や人々の意識を引き上げることに重きを置き始めているらしい。
「すごかったです。これはセックスなんだろうかと思うくらい」
チャイを飲んでしまうと身体が人心地ついたようで落ち着き始めていた。寛美が僕の手首を触り脈を診る。
「うん。大丈夫ね。さっきのは確かにセックスだけど違うのは二人で高め合う儀式だったということ。快感以上の快感が一人のものではなくて二人で引き上げられることが分かってもらえたらいいのよ」
「うーん。なんだか難しいですね。消化するのに時間がかかりそうだ」
「これから何となくだけど人生がまた変わりそうな出会いがあるかもしれないわ。今日の事が少しでもお役に立てるといいけれど」
「人生が……か」
今まで出会ってきた素晴らしい女性たちが目に浮かぶ。若菜の事を想うと胸にまだ痛みを感じる。しかし僕自身の人生が変わることはなかった。教えられ、成長をしてきたが変化ではない気がする。ふと麻耶の事を思い出し寛美に尋ねた。
「あの。柏木さんのご主人はもう大丈夫なんでしょうか」
「ええ。邦弘さんは生真面目で純真なのよ。きっと愛のないセックスがストレスになっていたんでしょうね。男性にしては珍しい人だわ」
柏木邦弘のストイックさに自分が恥ずかしくなってきてしまう。無言でうつむいていると寛美は手のひらを差し出し、僕の顎をそっと撫でた。
「あなたはあなた。彼は彼。緋月さんはとても優しいわ。あなたが真のパートナーに巡り合うことを祈っています。もちろん私もね」
「ありがとう」
嫣然と微笑みながら寛美は背を向け「ほら、見て」とするりとサリーを滑らせ丸い尻を突き出した。
「あっ」
うっすら血の滲んだ爪跡が刻まれている。
「すみません。傷をつけてしまった……」
「傷じゃないわ。これはあなたの絶頂の証。私の身体に刻まれた官能の装飾品なのよ」
最後の絶頂で付けたのだろうか。これほど強いマーキングをしたことなどなかった。両腕をクロスしていたのであろう、爪跡は親指が内側で外側に四本の月の形をした痕が規則正しく弧を描き並んでいる。
「蝶のようでしょう?しばらくこの飾りを見て楽しむことが出来るわ。あなたも両腕を見て」
僕の上腕にもまるで蓮の花の様にくっきりと手形が付いていた。
「あなたのはすぐに消えてしまうから、心配しないでね」
「そうですか。それも残念ですね」
「さて。ここでもいい仕事ができたわ」
「これからどうされるんですか?」
首を傾げ黒目を左右に動かしている寛美はインド舞踊に出てくる巫女のようだ。
「またしばらくインドに行こうかしらね。ご縁があればまたお会いしましょう」
「ええ。是非。レッスンをありがとうございました」
再会の機会が訪れる時には今の自分よりももっと深い男でありたいものだと壁にかかったシヴァ神の絵を見つめながら思った。甘い残り香と掴まれた腕の熱さだけが余韻を残している。気が付くと全身が澄み渡ったような爽快感が訪れた。足取りも軽く、また明日から歩いて行けそうだ。
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