16 / 36
バルゴの女 処女の章
1 乙女座 乙羽 真澄(おとわ ますみ) 令嬢
しおりを挟む
僕の胸の上の麗子が甘い中に威厳のあるお願いを始める。
「ねえ。星樹さん。今度観てもらいたい人がいるの」
指先でカールされた髪を弄びながら僕は聞き返す。
「運勢だけ?」
「ふふふ」
きっと運勢を鑑定するだけでは済まないだろうと予想しながら麗子の話を聞いた。
鑑定をする相手は麗子の叔母、乙羽真澄四十六歳独身。一カ月後に挙式を控えている。相手は五十歳で子供は三人いるらしく前妻とは死別して数年経つ。獅童家と相手方の家との繋がりによる所謂、政略結婚のようなものではあるが互いに承知はしており仄かではあるが好意的らしい。
「上手くいきそうじゃないか。何を観ることがあるの?不安があるならただのマリッジブルーだよ」
「うーん。そういうことじゃなくて」
珍しく言い辛そうにする歯切れの悪い麗子だ。
「叔母はね、セックスの経験がないの。今は違うんだけど若いころは敬虔なクリスチャンだったし。怖いんだって……」
相手に子供がいて跡取りを作るための結婚ではないにしろ、さすがに性生活がないとは言えない。五十代ならまだまだ現役だろう。四十六歳で処女であるということは真澄にとって重い足枷でしかないようだ。
「なるほどねえ。たいていの男にとって処女は結構嬉しいことだけどね……」
「それ、若い時だけでしょ?」
ぴしゃりと言われて僕は閉口した。
「で?」
「叔母を……。自信をつけさせてほしいのよ。大丈夫だって」
「言葉だけで?」
後ろめたそうに麗子は目を伏せて言う。
「いえ……。実践も……」
僕は大きくため息をついて身体を起こし、掛けてあったシャツを手に取り身支度を始めた。
「まさか、僕のクィーンに他の女と寝ろと命令されるとは思わなかったね……」
「そういうんじゃないのよ。お願い。私だってあなたが他の人と抱き合うなんて絶対いやだわ。許さないわ!」
「叔母さんならいいの?」
「叔母はね。私が小さいころに母がなくなってからずっと母親代わりだったの。控えめで優しくて……自分の事をいつも後回しで。叔母には幸せになってもらいたいのよ」
まっすぐに僕を見つめ訴えかける麗子の目に涙が浮かんでいる。彼女にこれだけ思われる真澄は特別なのだろう。複雑な気分がしてはっきりした回答が出せずに
「考えさせて」
と一言発し、麗子のマンションを後にした。
カルチャースクールの理事長の孫である獅童麗子と肉体関係に到って一ヶ月ほどになる。はっきり恋人関係とは言えないもののよく二人で逢うようになっていた。いつまで続くかわからない関係だけれどもさすがにさっきの『お願い』はむっとする。そして自分なりに一つの決意を麗子にぶつけることにした。
数日後、麗子からマンションに呼び出された。予想が出来ているにもかかわらず足が向いてしまう。訪れると案の定、乙羽真澄も一緒だった。
「初めまして。乙羽真澄と申します」
蘭の花の様な麗子の隣にひっそりと咲く菫の様な清楚な中年女性が透き通った声で自己紹介をした。
「緋月星樹です」
真澄は真黒なストレートボブで紺のロングスカートに白いブラウスと言ったいで立ちで確かにシスターに近い雰囲気を感じさせる。
「お願いよ。星樹さん」
しんみりとした空間を打ち砕くような明るいオーラを持つ麗子が立ち上がって再度僕に頼み込んでくる。腹の中にたまっていた息を長く吐き出して僕は麗子に向かって答えた。
「真澄さんを観るのであれば、個人的に君とかかわることはやめたいと思ってる」
麗子は絶句してガクッと膝を折りソファーに座った。真澄が麗子の背中を優しく擦りながら
「すみませんでした。私がいけないんです。麗子に不安を漏らしてしまうと、この娘ったら『大丈夫にしてくれる人がいるのよ』って言いますもので任せていたらとんでもないお話になっていたようで」
「真澄ママ……。あたし、あたし、ママに幸せになってもらいたくて……。」
麗子は真澄を叔母ではなく母と呼んでいる。黙って見ていると麗子を目に強い意志をたくわえ僕に向かって言った。
「お願いします。緋月先生」
ああ……。これが彼女の答えなのか。僕と真澄の秤は完全に真澄のほうが勝るらしい。
「わかりました。行きましょう」
僕は真澄に手を差し出した。
「え?」
真澄は全く何がどうなっているのかわからないという表情で麗子と僕を見比べている。そんな真澄の手を強引にとり麗子のマンションを後にした。もう訪れることのないこの部屋に立ち尽くす孤高の女王と決別した。
「ねえ。星樹さん。今度観てもらいたい人がいるの」
指先でカールされた髪を弄びながら僕は聞き返す。
「運勢だけ?」
「ふふふ」
きっと運勢を鑑定するだけでは済まないだろうと予想しながら麗子の話を聞いた。
鑑定をする相手は麗子の叔母、乙羽真澄四十六歳独身。一カ月後に挙式を控えている。相手は五十歳で子供は三人いるらしく前妻とは死別して数年経つ。獅童家と相手方の家との繋がりによる所謂、政略結婚のようなものではあるが互いに承知はしており仄かではあるが好意的らしい。
「上手くいきそうじゃないか。何を観ることがあるの?不安があるならただのマリッジブルーだよ」
「うーん。そういうことじゃなくて」
珍しく言い辛そうにする歯切れの悪い麗子だ。
「叔母はね、セックスの経験がないの。今は違うんだけど若いころは敬虔なクリスチャンだったし。怖いんだって……」
相手に子供がいて跡取りを作るための結婚ではないにしろ、さすがに性生活がないとは言えない。五十代ならまだまだ現役だろう。四十六歳で処女であるということは真澄にとって重い足枷でしかないようだ。
「なるほどねえ。たいていの男にとって処女は結構嬉しいことだけどね……」
「それ、若い時だけでしょ?」
ぴしゃりと言われて僕は閉口した。
「で?」
「叔母を……。自信をつけさせてほしいのよ。大丈夫だって」
「言葉だけで?」
後ろめたそうに麗子は目を伏せて言う。
「いえ……。実践も……」
僕は大きくため息をついて身体を起こし、掛けてあったシャツを手に取り身支度を始めた。
「まさか、僕のクィーンに他の女と寝ろと命令されるとは思わなかったね……」
「そういうんじゃないのよ。お願い。私だってあなたが他の人と抱き合うなんて絶対いやだわ。許さないわ!」
「叔母さんならいいの?」
「叔母はね。私が小さいころに母がなくなってからずっと母親代わりだったの。控えめで優しくて……自分の事をいつも後回しで。叔母には幸せになってもらいたいのよ」
まっすぐに僕を見つめ訴えかける麗子の目に涙が浮かんでいる。彼女にこれだけ思われる真澄は特別なのだろう。複雑な気分がしてはっきりした回答が出せずに
「考えさせて」
と一言発し、麗子のマンションを後にした。
カルチャースクールの理事長の孫である獅童麗子と肉体関係に到って一ヶ月ほどになる。はっきり恋人関係とは言えないもののよく二人で逢うようになっていた。いつまで続くかわからない関係だけれどもさすがにさっきの『お願い』はむっとする。そして自分なりに一つの決意を麗子にぶつけることにした。
数日後、麗子からマンションに呼び出された。予想が出来ているにもかかわらず足が向いてしまう。訪れると案の定、乙羽真澄も一緒だった。
「初めまして。乙羽真澄と申します」
蘭の花の様な麗子の隣にひっそりと咲く菫の様な清楚な中年女性が透き通った声で自己紹介をした。
「緋月星樹です」
真澄は真黒なストレートボブで紺のロングスカートに白いブラウスと言ったいで立ちで確かにシスターに近い雰囲気を感じさせる。
「お願いよ。星樹さん」
しんみりとした空間を打ち砕くような明るいオーラを持つ麗子が立ち上がって再度僕に頼み込んでくる。腹の中にたまっていた息を長く吐き出して僕は麗子に向かって答えた。
「真澄さんを観るのであれば、個人的に君とかかわることはやめたいと思ってる」
麗子は絶句してガクッと膝を折りソファーに座った。真澄が麗子の背中を優しく擦りながら
「すみませんでした。私がいけないんです。麗子に不安を漏らしてしまうと、この娘ったら『大丈夫にしてくれる人がいるのよ』って言いますもので任せていたらとんでもないお話になっていたようで」
「真澄ママ……。あたし、あたし、ママに幸せになってもらいたくて……。」
麗子は真澄を叔母ではなく母と呼んでいる。黙って見ていると麗子を目に強い意志をたくわえ僕に向かって言った。
「お願いします。緋月先生」
ああ……。これが彼女の答えなのか。僕と真澄の秤は完全に真澄のほうが勝るらしい。
「わかりました。行きましょう」
僕は真澄に手を差し出した。
「え?」
真澄は全く何がどうなっているのかわからないという表情で麗子と僕を見比べている。そんな真澄の手を強引にとり麗子のマンションを後にした。もう訪れることのないこの部屋に立ち尽くす孤高の女王と決別した。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選
上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。
一人用の短い恋愛系中心。
【利用規約】
・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。
・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。
・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる