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かわの絵
ひとと
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「こんにちは。夏奈子さん、おでかけ?」
澄ました表情でそう問う。
「えっと、はい。喫茶店に行こうと思ってたんですけど。篠乃木さんがここにいるということは、今日も閉まっているんですね」
「今日もね。そこで人夜途さんに出くわして、ここの川に絵が描かれているらしいって言うので、見に来たんだ」
「人夜途…?」
夏奈子は首をかしげる。
そういえば、夏奈子は人夜途とはまだあったことがないんだった。
「僕のことさ。覚っていう妖怪だよ」
そばの中空に浮いていた人夜途は夏奈子の前に降り立つと、ニッコリと笑う。
「ど、どうも…」
夏奈子はぎこちなく笑う。
「へぇー、君も?」
人夜途は興味深げな表情で、夏奈子の顔をまじまじと見る。いや、興味深いというよりは、面白いものを見つけたという感じか。
「…えっと」
夏奈子は困った顔で、人夜途の肩越しに僕を見る。
「人夜途さん、夏奈子さんが困っているので、そろそろ見つめるのはやめてください」
「え、ああ、ごめん」
人夜途はペコリと頭を下げると、中空に座る。
「まさか、こんなに狭い地域に二人も天眼がいるなんて、思わなかったからさ」
「僕もです。知り合ったのはつい最近のことなんですよ」
「ふーん、そうなんだ」
人夜途は確認するように夏奈子に目線をやる。
「ええ、私のおばあちゃん出来事のときですね。あの時は、まさか篠乃木さんが妖怪を見ることができるとは、思いもよりませんでしたけど」
「そもそも、僕がおばあちゃんのことを知ったのも、彼女が亡くなってからだったからね」
僕は夏奈子の言葉に頷く。
「…ん、おばあちゃんが亡くなってからって、あの桜の幽霊のことかい?」
「そうですよ」
「うわぁ、タイミングがよければ、その時に夏奈子さんに知り合えたのに…」
「今からでも、遅くはないでしょう?」
「それもそうだね」
人夜途はあっさりと頷く。
「ともあれ、川の華の絵については、森の獣たちに聞いてるみよ。それじゃ、また明日」
早くも夏奈子に興味を失ってしまったのか、そう言うとあっという間に飛び去っていく。
「…また明日」
人夜途が近くの梢を越える瞬間、人の形から大きな羽のある姿に変わった気がした。
「夏奈子さん、今、人夜途さんの姿が変わらなかった?」
「え、いや、分かりませんでした……」
「そっか……」
気のせいだったかな。
ーー ーー ーー
「ぉお、覚様」
どこかの森の奥で、青い蛇が声をあげる。
「僕は名前で呼んでくれないかな」
「ぉ、恐れ多い。そんな訳には参りません。なぁ、皆よ」
いつの間にやら、人夜途の回りには人だかりならぬ、獣だかりができていた。
回りの獣たちは口々に首肯する。
「ふぅん、まあ、どうでもいいや。僕は寝るから勝手に立ち入らないようにね」
「畏まりました」
獣を代表して蛇が言う。
人の姿をした人夜途はそう言うと、さっさと森の奥に姿を消してしまった。
「……灯飛川の主様、未だ記憶は戻られないのか」
蛇はぽつりとそんなを漏らした。
澄ました表情でそう問う。
「えっと、はい。喫茶店に行こうと思ってたんですけど。篠乃木さんがここにいるということは、今日も閉まっているんですね」
「今日もね。そこで人夜途さんに出くわして、ここの川に絵が描かれているらしいって言うので、見に来たんだ」
「人夜途…?」
夏奈子は首をかしげる。
そういえば、夏奈子は人夜途とはまだあったことがないんだった。
「僕のことさ。覚っていう妖怪だよ」
そばの中空に浮いていた人夜途は夏奈子の前に降り立つと、ニッコリと笑う。
「ど、どうも…」
夏奈子はぎこちなく笑う。
「へぇー、君も?」
人夜途は興味深げな表情で、夏奈子の顔をまじまじと見る。いや、興味深いというよりは、面白いものを見つけたという感じか。
「…えっと」
夏奈子は困った顔で、人夜途の肩越しに僕を見る。
「人夜途さん、夏奈子さんが困っているので、そろそろ見つめるのはやめてください」
「え、ああ、ごめん」
人夜途はペコリと頭を下げると、中空に座る。
「まさか、こんなに狭い地域に二人も天眼がいるなんて、思わなかったからさ」
「僕もです。知り合ったのはつい最近のことなんですよ」
「ふーん、そうなんだ」
人夜途は確認するように夏奈子に目線をやる。
「ええ、私のおばあちゃん出来事のときですね。あの時は、まさか篠乃木さんが妖怪を見ることができるとは、思いもよりませんでしたけど」
「そもそも、僕がおばあちゃんのことを知ったのも、彼女が亡くなってからだったからね」
僕は夏奈子の言葉に頷く。
「…ん、おばあちゃんが亡くなってからって、あの桜の幽霊のことかい?」
「そうですよ」
「うわぁ、タイミングがよければ、その時に夏奈子さんに知り合えたのに…」
「今からでも、遅くはないでしょう?」
「それもそうだね」
人夜途はあっさりと頷く。
「ともあれ、川の華の絵については、森の獣たちに聞いてるみよ。それじゃ、また明日」
早くも夏奈子に興味を失ってしまったのか、そう言うとあっという間に飛び去っていく。
「…また明日」
人夜途が近くの梢を越える瞬間、人の形から大きな羽のある姿に変わった気がした。
「夏奈子さん、今、人夜途さんの姿が変わらなかった?」
「え、いや、分かりませんでした……」
「そっか……」
気のせいだったかな。
ーー ーー ーー
「ぉお、覚様」
どこかの森の奥で、青い蛇が声をあげる。
「僕は名前で呼んでくれないかな」
「ぉ、恐れ多い。そんな訳には参りません。なぁ、皆よ」
いつの間にやら、人夜途の回りには人だかりならぬ、獣だかりができていた。
回りの獣たちは口々に首肯する。
「ふぅん、まあ、どうでもいいや。僕は寝るから勝手に立ち入らないようにね」
「畏まりました」
獣を代表して蛇が言う。
人の姿をした人夜途はそう言うと、さっさと森の奥に姿を消してしまった。
「……灯飛川の主様、未だ記憶は戻られないのか」
蛇はぽつりとそんなを漏らした。
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