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現世

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「あら、早いですね」

 高良玉垂命が現れたのは、それから少ししてのことだった。

「今日は講義がなかったんですよ。高良玉垂命さんの方こそ早いですね」

「ええ、講義が終わる間に二人でお茶でもしようかと思ったんです」

 高良玉垂命のいう二人とは高良玉垂命と宇迦之御霊のことだろう。宇迦之御霊が作っている珈琲豆は非常に美味しいのだ。

「少しよっていきませんか?」

 高良玉垂命は微笑みつつ、稲荷神社の社殿に目を向ける。

「はい」

 僕はうなずく。
 話してみたいことがあったのだ。お茶をするなら丁度いいだろう。

 高良玉垂命は頷くのを見ると、すぐに稲荷神社の拝殿に上がる。

 それに続いて、拝殿に上がる。

 拝殿の奥には本殿に続く階段がある。高良玉垂命は固く閉じられている扉を、勢い良く開いた。

「上がるよー」

 高良玉垂命は生き生きとした声で、そう宣うと遠慮なく入る。

「…じゃから、ノックをしろと」

 宇迦之御霊はジト目でこちらを見ていた。相変わらず幼い見目なので、なんとなくかわいく感じる。

「すみません、お邪魔します…」

 やはり、神社の中と外では随分と形が違う。なんど入っても違和感は拭えない。

「久しぶりだ」

 ふと足元から声が聞こえた。
 声の主は狐だった。この狐はたしか宇迦之御霊の神使だったはず。

 ふかふかの毛は見るからに手入れされていて、黄金色に輝いている。

「お久しぶりです」
「ふむ、会うのは二回目じゃな」

 狐は笑う。
 という表現が気になるが、特別深い意味もないだろう。

「では、少し茶にするかのぉ」

 宇迦之御霊はそう言うと、キッチンに向かう。

 今、気づいたことだが、ここのキッチンは全体的に低く作られているようだ。宇迦之御霊も狐も背が低いためだろう。

「豆は既に挽いておったから、熱湯を注ぐだけじゃ」

 台所にカップを五つ並べる。どうやら、狐も一緒に飲むらしい。

 間もなくして、出来上がった珈琲がテーブルに並べられた。

「わぁ、良い匂い」

 高良玉垂命が呟く。
 本当に良い匂いだ。

 香りだけなら、高良玉垂命の喫茶店で出されるのと、勝るとも劣らない。

「いただきます」

 席につくと一言断って、カップを手に取る。 

 相変わらず、美味しい。
 突き抜けるような苦さに芳ばしい香り、静かに主張してくる酸味。

 まさしく高良玉垂命が淹れるものと同じだ。ただ、どこかが違う。

 最初に出会ったときの、あの感動を覚えた味とは何かが違うのだ。
 しかし、どこが違うかは分からない。

ーー ーー ーー

「…あの、あの幽霊のおばあちゃんの家族って、どこにいるか分かりますか」

 一息ついた頃、おもむろに口を開く。

「ん、ああ、おばあちゃんの家なら知っているぞ?」

 そう言うのは宇迦之御霊だ。

「どういうことじゃ?」

「あの、おばあちゃんをどうにかして成仏できないかと考えていたのですが、おばあちゃんのという願いは既に叶っていますよね?」

「うむ」

 宇迦之御霊が頷く。

「だったら、何かが足りないんだと思うんです」

「何かとはなんぞや?」

「輪です」

「輪?」

「はい、人は輪の中で生きる生き物です。だったら、成仏は1人で出来るものでしょうか?」

 覚の言葉を思い浮かべながら、そう言う 。
 死を意識することがない神、死を感じる人、そして神に遣える狐。

 こんなにも近くに存在するのに、それらは遠く。意識の違いを感じることもかなわない。

「…なるほど」

 高良玉垂命が呟く。

「つまり、家族と一緒に桜を見たい。というのがおばあちゃんの願いという訳じゃな?」

「そうだと思います」

 人でさえ、他人の気持ちを理解するということは、難しいものだ。であれば、神様が他を理解できるとは思えない。

 神の自分勝手さは、古事記や日本書紀でさえ記されている。

ーー ーー ーー

 神が人に近づくのか、人が神に近づくのか。

ーー ーー ーー

「さて、一段落したことだし、早速そのおばあちゃんの家に行ってみましょう?」

「はい」

 思考の奥に渦巻く疑問をひとまず引っ込め、高良玉垂命に続くように席を立った。
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