上 下
22 / 23

21. そばにいるよ

しおりを挟む
 ……ん、あれ、ここは……?
 何をしてたんだっけ……羊を何とかして、私は倒れて……。
「おっはよーうナナセーーッ!!」
「わぁっっ!?」
 ドクドクドクッ! と心臓が早まる。
 ちょっ……もう一回気絶するところだったよ!!
 抱き着いてきた白いふわふわ、ホクトはてへへと笑っている。私が寝ていたベッドの脇には、床に座っているステラ。っていうかこの見慣れた景色、私の部屋じゃない? また不法侵入だ……。
「ナナセ、体の具合はどうだ」
「えっ! あっ、だ、大丈夫だよ! ホクトのせいで心臓バクバクしてるけど、スッキリしてる!」
 ガッツポーズをして見せる。な、なんだろう。ステラの声を聞くと顔が熱い。そうだよ、だって私、ステラに抱きしめられたまま寝ちゃったんだよ……!? 男の子の前ではずかしい!!
「? どうかしたのか。顔が赤いが、もう少し寝ていた方が」
「いや、大丈夫、ほんとに!!」
 改めて本人に「顔が赤い」って言われるのも恥ずかしいから! うぅ……。
 すーはー、深呼吸、深呼吸。
「ナナセ、あの後のこと覚えてないよね? ナナセはねちゃってね、家に連れて帰ったの。でね、あんなことがあったから、たぶんレクも、あのまま終わっちゃった」
 シュン、とホクトの長いしっぽがたれ下がる。そっか……うん、仕方ないよね。でも、誰もいなくならいで済んだ。それだけは、本当に良かったと思う。羊のことも、解決したしね!
「うん……そうだね。すごいよナナセ!! 指輪をピカーッ! バァァァッって! かっこよかった!」
 ははっ、音ばっかりでなにも伝わらないよ。でもありがとう。
「ねぇステラ。……あぁいうのって、また来たりするの?」
「あぁ。暗黒星座は、また現れるだろう。星空からは、まだ消えている星がある」
 即答だった。そっか。分かってはいたけど、まだ根本的なところが解決してないんだ。
 それに、ホクトの星だって、まだ……まだ。
「? どうしたの、ナナセ。とりあえず安心しようよ! がんばったんだよ!?」
 うん……そう、なんだけど。
 私は、ホクトのくりくりの瞳を見た。もしかして。もしかしたら。でも、これをホクトに話したら、ホクトはいなくなってしまう? ……さみしいのは私の勝手な都合だ。だから言うべき、だよね。
 もやもや考えていると、ふと視線を感じた。……ステラだ。
 一等星のような青色に、ドキッとする。私のこと、見透かしてるみたい。
「もう分かっているんだろう?」って、言っている気がする。
 やっぱり、言うしかないんだ。
 私はそっと、息を吸った。指輪を使う時より、緊張しているかも。
「ホクト」
「何? どうしたの? ワタシ、何かしちゃった?」
 不安そうな子ぐま。真っ白な毛に、青いスカーフ。星空を閉じ込めたみたいなきれいな目をした、おてんばで好奇心旺盛。でもいつだって明るくて、にくめない女の子。
 本当はホクトって名前じゃない。何かの星座。
「ホクトの星座が……分かったかもしれないの」
 ホクトの持つ星空が、大きく、大きくなっていく。

『獣の羊以下に身を落としおって』
『小北斗七星って、何か北斗七星の劣化版みたいだな』

 ……少しずつ、ヒントがあった。
 この地球に落ちた星座は記憶が無くて。なおかつ「理性がなく」て「退化」している。
 ホクトがこぐまの姿をしているからって、「こぐま座だ」って考えることが、そもそも間違っていたんだ。

「あなたの本当の名前は……『』」

 それは、その星座の神話に出てくる名。こぐま座と全く同じ姿をした、北斗七星。しっぽが長いのも同じの星座。両手の中にいる、ホクトの体がふるえていく。

「ホクトの星座は……だよ」

 私が告げると。


 ホクトから、白い光がほとばしった!!


「わっ……!?」
 まぶしい! 太陽の光を、すぐ側で浴びているみたい。
 とっさにホクトから手を離して、自分の顔をおおった。手で顔を隠しても、まぶたの向こうに感じる白い光。まぶしくて、あたたかい、けど。
 どうしちゃったの、ホクト!?
 そうしている内に、ヒザからホクトの重さがなくなった。と同時に、光もだんだんおさまっていく。
「ホ、ホクト! どこに……!!」
 行ったの。そう、言おうとして……言葉を失った。

 ──だって、私の部屋の真ん中に、大きく、白く、美しい一匹の大ぐまがいたから。

 ゆらり、長いしっぽがゆれた。白い毛は小さかったころとそのままだけど、でももっともっとツヤツヤになって。そして、ヤンチャさをたたえていた星空の瞳は、落ち着いた大人の雰囲気をかもし出していた。
 大きいくまは、ベッドから起き上がって座る私の近くまで歩いてきて。私は自然と手を伸ばす。その手に、大きな頭がすり寄せられた。知ってる、このふわふわ。
「ホクト……ホクトなのね!?」
「えぇ。ありがとう、ナナセ」
 私に答えた声も、どこか大人の女性って感じだ。
 さっきまで「星座を伝えたら、ホクトはいなくなってしまう」と不安だったけど、そんなのも吹っ飛んだ。これが、ホクトの「本当」なんだ。それが見られたことがうれしくて。
「すごい……すごいよホクト!! ううん、えっと、カリスト?」
「ホクトでいいわ。ワタシ、ナナセのつけてくれた名前がとってもスキだもの」
 そう言ってくれた大きなくまに、安心する。大きくなっても、ホクトはホクトだ。
「ホクト。……すごくきれい」
「ナナセ……本当にありがとう。本当に、ワタシの星座を見つけてくれるなんて」
 穏やかな声。私は、はっと口をつぐんだ。
 その頬を、鼻を、なでる。
「ねぇ。……これでお別れ、だったりする?」
 お別れ。そう言葉にするだけで、胸がぎゅっとなった。ホクトは答えない。
 お別れだ、って言われたら。ワガママは言わないよ。だって元々、ホクトは星だから。星が空に無いのは、大変なこと。それに、帰る場所が分かったのなら、帰りたい気持ちもあるよね。
 私は、唇をかみしめて……笑った。
「ホクト。大変だったけどね、私楽しかった!! ホクトのワガママに振り回されたなぁって思うこともあるし、ケンカだってした。……でも、ホクトにたくさん励まされた!」
「ナナセ……」
 ひぃちゃんとの仲直りも。
 指輪を使って想像する勇気も。
 全部ホクトがくれたから。
「まだ暗黒星座は来るって言うし、一人じゃ……ちょっと不安だけど。でもステラもいるし、頑張るから! 星空から……見守っててくれると、うれしい、な」
 あ、ダメだ。
 涙が出てくる。泣いたら、ホクトが困っちゃう。ダメだ、ダメだ。そう思うほど涙があふれて。
 私はうつむいた。もう、何も言えないよ。さよならくらい、笑顔でしたいのに。
 ……すると、私の流した涙をペロッとなめる舌があった。
「……本当に、ナナセはやさしいのね」
 やさしいのはホクトの声の方だ。くまの顔が、こちらをのぞく。
「でもねナナセ、そのことなんだけど」
「……え?」
「でも」? 驚いてホクトを見る。その顔は、真剣だった。
「思い出したの。……ワタシは元はと言えば、地球に落ちた息子を追って地上へ降りてきたんだって」
 息子……って言うと、こぐま座のこと!?
 そういえば、北極星が消失したってニュースで見たよ。
 まさかこの世界のどこかに、こぐま座も本当にいるの!?
「えぇ、きっと。息子が星空からいなくなって、それを追っていた時……何者かに、おそわれた」
「おそわれた?」
「それで気づいたら、力も記憶も失って子ぐまになってしまったのよ。そして、ナナセに見つけてもらった」
 何者かって……何? 暗黒星座以外の何か、ってこと?
 ステラを見る。何か、知ってるんじゃないのかな。
 だけどステラは、ゆっくりと首を横に振るだけだった。
「ワタシは……息子を探したい。暗黒星座になっていたら、心配だもの」
 ホクトの顔は、今までの無邪気な顔じゃない、「お母さん」の顔をしていた。それから、遠慮がちに私を見上げる。
「だからワタシ、もう少し地球にいるつもりよ」
 息を飲む。胸が熱くなる。
 それって……!!
「息子を見つけるその時まで……まだあなたのそばにいてもいいかしら? ナナセ」
「……っ!! もちろんだよ!!」
 私はホクトの頭を抱きしめた。
 うれしい。こぐま座のことはもちろん心配だけど、まだホクトと一緒にいられるんだ!
「こぐま座を見つけるお手伝い、私もするから。そばにいるよ」
「いいの? またナナセに、大変な思いをさせちゃうかもしれないのに……」
 遠慮なんてホクトらしくもない。
 迷わずうなずくと、くまは花の咲いたような笑顔になった。
 ぎゅ、と、もう一度抱きしめる。その時!!
 ポフン!
「えっ!?」
「わぁっ!?」
 重なった私の声と、聞きなれたソプラノ声……あ、あれれ?
「あれー? 戻っちゃったね!」
 そしていつもの、無邪気な女の子の話し方。子どもに戻ってしまったホクトが、私のひざの上で首をかしげていた。
「どうやら、今のは一時的なものに過ぎなかったようだな」
 横からステラが口をはさむ。まだ、完全に大ぐまの姿でいられないってこと?
「まだ力が戻りきっていないんだ。記憶を取り戻したとはいえ、奪われた『光』は相当だろうから」
 奪われた、光。それって、ホクトが地球に来るまでにおそわれたのと関係があるのかな。
「まぁ、ナナセの家にいるんだったら小さい方がツゴウ良いよねっ!」
 まぁそうだけど……相変わらず、ポジティブだな。
 私はくすっと吹き出した。
 暗黒星座のこと。ステラのこと。光を奪う存在のこと。ホクトの息子……こぐま座のこと。まだまだ考えることはたくさんありそうだけど、ホクトとなら大丈夫。
 そう思える。
「これからもよろしくね、ホクト。……ステラも!」
「もっちろん!!」
「僕も?」
 ステラは、きょとんとして首をかしげた。そうだよ。ステラってやっぱり不思議で、神出鬼没で、何か知っていそうで怪しいけど……でも、きっと悪い人じゃない。
 それに時々、さみしそうだから。
 手を差し出してみる。ホクトがそこに手を重ねた。ステラは何回かまばたきをして。
「……ナナセは、不思議だ」
 一緒に、手を重ねてくれた。その手はひんやりしていて少しびっくりしたけど、でも「ここ」にいる。
 ホクトと顔を合わせて、私たちは笑いあった。
しおりを挟む

処理中です...