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11. 指輪の力!

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『ガァァァァ!!』
 いつの間に入ってきたの!? ……まぁそれはホクトも同じだけど。
 腕の中、ホクトが「それ」を手で指した。
「あれ……さんだ!」

 そう。そこにいたのは、見た目は普通のカラス。体が真っ黒で、カァと鳴いて……でも、その大きさがとんでもなく大きい。私の身長の二倍はあるんじゃないかな。そして何より。

 額に、黒い宝石みたいなのがハマってる。

『ガァァァァ!!』
「ナナセ、やばいよ逃げよ!」
「っうん!」
 私は急いでプラネタリウムの外を目指す。
 その一瞬後に、カラスが大きい翼で空気を殴った!!
「きゃあっ!!」
 ビュウ!! と大きな風が巻き起こる。
 立てなくてそのまま転んでしまった。両手からホクトが離れる。
「ナナセ!」
「大丈夫、行こ!!」
 少し痛むけど、床はじゅうたんだからケガはしていない。
 出口はもうすぐそこ。早く出よう、このプラネタリウムを壊すわけにはいかないもの!
 私はプラネタリウムの大きい扉を思いっきり開けた。外の光が差し込む。紺色の光だ。そうだ、もう日が落ちたんだね。
『ッギャァァァアアアーーーー!!!!!!』
 うわっ、何、この声……!
「うるさぁい!」
 ただの大声じゃない。黒板や窓ガラスを爪でひっかいたような、そんな嫌な音も一緒に混ざってる。
 ひるんだ私たちに、巨大カラスが私たちにおおいかぶさってきた!
「や……やめて!」
 ホクトを隠すように抱える。
 やっぱりこの子、ホクトをねらってる。黒い宝石に、暴れまわってる今の状態。間違いない。ステラの言ってた「暗黒星座」ってやつだよ。暴れていた羊と同じだ!
 助けて……!! 
 ぎゅっと。右手の人差し指に願いをこめた。人差し指についてる、指輪に。
 カッ!! と、まばゆい光がほとばしる!
『ガァァァ……』
 今度は、カラスの方がひるんだ。
 やっぱり。羊の時も、この指輪の光で攻撃されずに済んだんだもんね。
 大きい翼で目元を隠したカラスは、苦しそうにうめいていた。ちょっとかわいそう……。
「ナナセ……ワタシ、あの子とはご近所さんだった気がする」
 カラスより苦しそうな顔をするホクトが、言った。近所、か。そうかもしれない。
 だって、私の予想が正しければ、あの子はからす座。春の大曲線を目印に見つけられる星座で、こぐま座にも近い位置にあるもの。まぁ、まだホクトがこぐま座って分からないけどね。
「とりあえず……逃げようホクト。ここは危ないよ」
 うずくまるカラス。
 やってくる夜。もう、暗くなる。
 ホクトは少し黙り込んだ。けど、私を見上げた。
「ねぇナナセ、ワタシ、あの子を助けたい! 助けられないかな!」
「えぇっ!?」
 助けられないかな……って。
 出来る、かもしれないけど……ステラ曰く、この指輪にはそういう力があるって言うし。
「想像力で、あの子を助ける何かを作るんだよ! ナナセが!」
「で、でも私には」
 言葉を止める。
 お星さまみたいに、色々な光がまばたく、ホクトの目が真っすぐに私を見ていた。
 私には出来ない。また私は、そう言おうとした。想像力なんて無い、何か作ることは出来ないって。

「出来るよ、ナナセなら!」

 ホクトの言葉に、熱が入る。
 それを聞いた私の心にも、熱が灯っていく。
『ッギィィィアアアア!!!!』
「っ……!!」
 また、あの耳に痛い叫びだ。
 だけど必死にこらえて、私はカラスでは無い方向に目を向けた。
 星がきらめく、空に。
「……まずはあなたの、言葉を聞きたい!!」
 カラスは叫ぶだけで、何て言っているのか分からないから。
 その意味を聞かせてほしい。
 きっと「叫び」が痛いのは。その叫びに、「痛い」って感情が入っているから。
「どこが痛いのか、私に聞かせて!!」
 私は、もう黒にも近い紺色の空へ向けて人差し指を伸ばした。
 指輪についた宝石がポウ……と光る!
 街の光で、星はちらほらとしか見えないけど、今ここにある星を使うしかない。
 思い描く。昔みたいに。

 星を繋いで新しいものを作った、あの感覚を思い出す!

 星で絵を描くように指を動かす……すると不思議。夜空に直接金色の線が引かれて、星を繋いだ! 指輪の光が強くなっていく。
「できた……『メガホン座』!!」
「メガホン座ーっ!」
 ホクトが楽しそうに復唱する。
 それと同時に、私の手元にメガホンが現れた。見た目は普通のメガホンだけど……今私が作った星座ってことでいいんだよね?
 夜空を見る。星座に使った部分だけ、星がごっそり無くなっていた。わっ大変、後で返すから……!!
 心の中で星空にそう語りかけてから、私はカラスに向き直った。
「メガホンってなぁに?」
「声を大きくするための道具だよ」
「えっ!? 今もあんなにうるさいのに!? もっとうるさくしてどうするの!?」
 高い声が耳をつんざく。ホクトも負けず劣らず大声だね……はは……。
「大丈夫。これは……『本音を大きくする』メガホンだから」
 そうなるよう、願いをかけたもの。きっと指輪はそれをかなえてくれた。なぜだか、そう思える。
 ホクトはまだ不安そうだったけれど、うなずいてくれた。
 一歩一歩、カラスに近づく。大きいカラスは頭だけを持ち上げて、私たちをにらみつけた。全く光がない、真っ暗な目。少し、怖い。
 けど意を決して、くちばしの先にメガホンを持って行った。
「話してみて、あなたが何を苦しんでいるのか」
『……苦しんでいることなんて何もない』
「! しゃべった!」
 よし、とりあえず上手くいってる。私たちに言葉が分かる。
 カラスの声は低くて、どこかぼーっとしていた。あれだけ叫んでいたのがウソみたいに落ち着いているっていうか……夢心地、っていうか。
「あんなに叫んでいたのはなんで? 言いたいことがあるんだよね?」
『言いたいことなんてない、ただお前らを困らせたかった。怖がらせたかった。それだけだ』
「悪いカラスさんだねぇ。メッだよ!」
『そう、オレは悪いカラスだ。悪い……』
 ホクトが私を見上げる。どうする? って目が言ってる。
 私は黙ったまま、カラスの話を聞いていた。悪い、悪い、そう繰り返すカラスの目を、じっとのぞきこむ。本当に、そうなのかな。
『悪いカラスだから悪いことをする。当たり前だ。オレは悪い……』
「違うよ」
 カラスの声を、私はさえぎった。
 うん。きっと違う。だって、私が知っている限り、カラス座の神話は……。
「あなたは、話を聞いてもらいたかった。だから叫んでいたんでしょう?」
『……』
「どういうこと、ナナセ?」
 今度は黒くて大きい鳥の方が、何も言わなくなってしまった。


 ──カラスってね、神話の中では元々黒い体じゃなかったの。もっと明るく美しい金色をしていて、言葉だって話せる、かしこい鳥だった。
 遠くに住んでいた夫婦の伝言役をしていたの。でもある日カラスは寄り道をして、時間に遅れてしまう。奥さんが、旦那さんと別の男性と一緒にいたのを見かけたけれど、理由も聞かずに旦那さんの元へ帰る。急いでいたからね。そしてカラスは、寄り道していたことがバレないように、でたらめを話してしまった。
「奥さんは浮気している!」
 実際は、奥さんは自分のお兄さんと一緒にいただけだった。だけどその嘘を信じちゃった旦那さんは、奥さんを殺してしまったの。
 カラスはまさかそこまで大事になるとは思っていなかった。必死に嘘を謝ろうとしたけど、聞き入れてはもらえず。きれいな体の色はうばわれて真っ黒に、そして言葉もうばわれて、『ガア』という濁った音しか出せなくなったと言われている。


「……でもあなたは、せめてそのことをずっと謝りたかった。そうだよね?」
 悪いことをしたのに、謝りたいのに、「ごめんなさい」って言えないのは、たぶんとっても辛いことだと思う。カラスは謝る前に、言葉を失くしてしまったから。
 どんな罰を受けてもいい。どんなに怒られてもいい。ただ一言も謝れないことを、この子はずっと後悔している。話がしたいけど出来なかった。
 ……私と同じだ。
 何も言わなくなってしまったカラスのくちばしをなでる。夜の黒より、もっと深い黒。習字の時に使う墨みたいに、ツヤがある。これは、カラスが悪いことをした証の色。
「ねぇ、『自分は悪いやつだ』で終わらせないで。これ以上、悪いことを重ねるのもダメだよ」
 メガホンを、近付ける。
 本当の声を聞かせてほしい。
『……本当は』
 ふと、メガホン越しに声が響いた。
 ゆっくりとした、柔らかい声。なんて、素敵な声なんだろう。落ち着いた、男の人の声色だった。まるで夢から覚めたみたいに、 だんだん、ハッキリ。カラスの「心」がこもって。
『ずっと……謝りたかった。あの日、寄り道をしてごめんなさい。嘘をついてごめんなさい……』
 優しくて、弱弱しい声。
 気がつけば、ぽわり、あたたかい熱が、私とホクトと、カラスの間に灯った。
 あたたかい……誰かに抱きしめてもらっているみたい。
 そして。音もなく、カラスのおでこにあった黒い宝石が消えた。
『……ありがとう』
 カラスの体が、キラキラ、光のつぶになって、ゆっくりと解け始めた。頭が、羽が、大きいからだが、全部星になっていくみたいに。
 その光のつぶは、ひとりでに夜空に飛んでいく。
「帰るんだね……星空に」
 持っていたメガホンもカラスと一緒に溶けていった。手に感じていた重さが軽くなっていく。
 カラスのほとんどが光になって、もうすぐ消えてしまいそう、というとき。
 目が合った。真っ黒な瞳と。
 その目は変わらずまっくろくろだったけど、一つだけ気づいたこと。
 彼の目に、一すじの光が見えた。私には、そう見えた。
 カラスもメガホンも、跡形も無く消え去った。夜空を見上げると、さっき私が借りた星と、さっきまで夜空に無かった星が浮かんでいる。あれがからす座。良かった、ちゃんと戻れたんだね。
「……でも、よかったのかなぁ。あのカラスさん、きっとおこらせちゃった人にあやまりたかったはずだよ。ワタシたちが代わりに聞いて、よかったのかな」
「……確かに、私もそう思う。でも」
 空を仰いだ。夜と、その先にまたやってくる太陽を同時に思い浮かべて。
「カラスが怒らせた旦那さんってね、アポロンなんだ。太陽の神様。……だから、同じ空にいれば、あの子はアポロンに会えると思う。そうして今度こそ、謝ることが出来るよ」
 どうせ言葉は届かないってなげいていた、前までのカラスとは違う。
 ちょっぴり光が差していたあの目を、私は信じたい。
 そっかぁ、とホクトはつぶやく。それから、私の手をむぎゅっと握った。
「それにしてもすごいよナナセ!! 指輪の力を使って、星を元の場所に戻せたよ!!」
「う、うん、そうだね」
 正直、自分でも未だにびっくりしてるけど……。でも、出来ないと思ってたことが一個出来たんだ。それは、素直に嬉しいよ。
 本当に星座を空に戻せるなんて……この指輪をくれたステラって、改めて何者なんだろう?
「この調子でレク係もがんばろうね、ナナセ!」
「それについては少し反省してよね。……やれることはやってみるけどさ」
「うん、もう勝手なことしない!」
 おてんばな白くまは、すっかりいつもの調子みたい。もう、と少し怒った声を出してから、私の口元には笑みが広がった。
「……あーあ。でも本当に、がんばらないとな……」
「? なんで? 他に心配なことがあるの?」
 あぁそっか。さっきカラスが割り言ってきて、話が遮られちゃったんだっけ。
 ……「私とケンカした友だちが、その後どうなったか」っていう話。
 私はずきすき、頭が痛むのを感じながら、言った。
「もう一人のレク係の子がいたでしょ? 光ちゃん……あの子なの。ケンカして、話せなくなった友だち」
 ホクト、おめめをぱちくり。
 それから、「えぇぇぇぇぇぇ!?」という絶叫が、静かな夜に響き渡った。
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