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後日談

告白はセックスの合間に③

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 椎原に抱かれると約束してしまった。岡地はそれをもちろん覚えていたし、約束を破るつもりもなかった。ただ「いつやる?」とニコニコと無邪気に聞いてくる椎原には若干の殺意を覚える。

「ていうか何日かかけてやる? 俺のときみたいに」
「面倒くせぇ、さっさと突っ込め」
「えー、俺、岡地にも気持ち良くなって欲しいんだけど。痛かったりしたらさあ」
「……心配ないだろ」
「お前今めちゃくちゃ失礼なこと考えてない?」

 じっと椎原の股間を見つめる岡地に椎原が反論する。平均的なサイズだ。「お前とそう変わんねぇからな」と服の上から岡地のものを触れば「揉むな」と怒られた。

「休みの前日でいいだろ? ……素面じゃ無理だ」

 岡地が目をそらしてセックスの予定を立てる。椎原も「分かった」とそれに乗った。素面じゃ無理だろうということは椎原にも分かっていた。むしろべろべろに酔っ払え、前後不覚になったらようやく岡地の自分への気持ちが聞けるかもしれないと思っていた。
 酒が弱いのを自覚している岡地は、いつも酔いきる前に飲むのをやめる。ほろ酔いでもいつもより機嫌良くふわふわしているので椎原は好きだが、欠片でも理性が残ってては岡地は好きの一つも告白しない。だから次の週、金曜日、椎原は意図してがんがん岡地に酒を注ぎ、飲ませまくった。いつもの倍以上は飲ませた。そのはずなのに。

「おかちぃ、酔った?」
「酔ってねぇ」

 目がすわり、酒を飲むスピードが落ちた。顔も赤い。触ると熱い。これで酔ってないと岡地は言い張る。

「いや絶対酔ってる。ちゅーしようよ」
「しねぇ。寄るな」
「なんでぇ?」

 完全に酔っ払ってるはずなのに、椎原が迫ると腕を上げて阻止する。何でだよ、と椎原は抗議する。今日セックスすることは共通認識のはずだ。その証拠に岡地は帰ってきて早々、風呂へ直行した。ものすごい長風呂だった。受け入れる準備をしてるだろうことは椎原にも分かったが、長過ぎてもしかして死んでんのかと思った。心配で見に行こうとしたらようやく出てきて、岡地は死んだ顔で「酒」と言った。その顔は覚悟を決めた顔か、諦めた顔か。椎原はそそくさと用意していた酒を差し出した。
 そして今に至る。
 
「往生際がわりぃぞ」

 ちびちびと舐めるように酒を飲む岡地に椎原は抗議する。

「もうとっくに素面じゃねぇだろ。やらせろよ」
「お前今までもそうやって迫ってきたのか? 雑だな」
「お前にだけだっつの」

 今までのどの彼女よりも結婚相手の岡地に対する態度が雑だ。楽といえば楽だが、もう少し雰囲気があっても良いと椎原も思う。岡地につられてついつい飾らな過ぎる言葉が出てしまうのだが。
 
「……椎原ぁ」

 ガシッと隣に座る椎原の顎を、岡地が片手で掴む。改めて正面から顔を見つめられ、おっ、と内心椎原は声を上げた。ようやくキスでもする気になったか。

「いっちょ前にモテやがって、ふざけんじゃねぇぞ」
「んえ?」

 何の話?
 椎原がそう聞き返そうとするが、顎を掴んだ岡地の手がそのまま頬を押し潰していて話しづらい。椎原が話し出す前にべらべらと岡地が続ける。

「結婚早々言い寄られるとか、あり得ねぇだろ」

 もしかして会社で女子社員に食事に誘われたことか、と思い当たる。でももう随分前の話だ。確かに椎原は結婚後に一回だけ女性とデートしたけど、それは岡地も公認だったはずだ。

「何で既婚者がアタックされてんだ、ああ? こっちは仕事辞めて彼女と別れて戻ってきたっつーのに」
「あー、それは本当にごめ」
「そうだお前本当に悪いと思ってんのか、部屋はきたねーわ飯は作らねーわ、人に散々片付けさせた挙げ句に野球にも付き合わせやがって、試合期間中は毎日朝から吐きそうになって出勤してんのに昼休みまでキャッチボールだなんだ、」

 ありとあらゆる不平不満が飛び出てきて椎原の口を挟む隙間もない。ただ、一気に喋りだしたことに岡地の体自身はびっくりしたようで、ひっく、と途中でしゃっくりが上がる。罪悪感を煽る内容に椎原も気まずい気持ちになるが、重力に負けて下がりつつある岡地のまぶたは赤みの増した目元と合わさってとろんとしてる。酔ってるな、と思うと途端に可愛い愚痴だと思えてきた。赤くなった首筋が妙に色っぽい。

「しかも今度は抱かせろだあ? 俺が何でも言うこと聞くと思ってんじゃねぇぞ」
「あー、うん、そうだね。ごめんごめん」

 文句言いつつあの風呂の長さは絶対に尻の準備をしてるはずだ、と椎原は確信している。だから適当に謝って流す。しゃっくりと一緒に顎から外れた岡地の手は今、椎原の腕にすがりついている。椎原が支えようとすると、そのまま腕の中におさまり、椎原の胸に岡地の顔が埋まる。

「そうだ、お前が俺がいいっつーから……野球なんて中学から全然してねーのに……」
「うんうん、いつも付き合ってくれてありがとう」
「もっと感謝しろぉ」
「してるしてる」

 話は前後するしめちゃくちゃ前のことも引っ張り出してくるし、べろ酔いしてる岡地はもう自分が何言ってるか分かっていない。だからこうやって椎原にいつも通り文句や嫌味を言ってるつもりで、次々に椎原を喜ばせてしまうのだ。椎原はにやにやが止まらない。
 
「岡地って、いつも、いーっつも、俺の言うこと全部聞いてくれてるもんなあ」

 今だってそうだ。椎原は岡地の顔をすくい上げると、その口にキスをする。また拒否されるかな、と椎原は岡地の様子を見るが、されるがままだ。それどころか、あむあむと岡地の方から唇を甘噛みしてきた。上下の唇で感触を楽しむように何度も挟む。

「……ん~!」

 椎原の方が音を上げるような声が出た。椎原が舌を入れるとじゅうじゅう吸ってくるし、ぐいぐい迫ってくる。酔っててもキスが上手いとは何事だ。でもいつもと違って動きが甘えてるみたいだ。性急におねだりするみたいなキスにたまらず椎原は岡地の肩を掴み、口を離す。

「ちょ、うあ……顔真っ赤じゃん」

 はーっ、はーっと呼吸を繰り返しながら、真っ赤な顔をした岡地に見上げられる。夢中で椎原とキスをしていて、ろくに息継ぎもしてなかった。酔いと酸欠でますますぼんやりした表情に、椎原は下半身に血が集まっていくのが分かる。

「やばい、ベッド行こう、ベッド」
「ん……さっさと突っ込め、めんどくせぇ」
「お前本当にいつでも情緒ねぇな! いいからつかまれ」

 ベッドでやりたいのは椎原のこだわりだ。最近は防水シーツを敷き始め、どれだけ濡らして汚しても掃除が楽という利点もある。それはそれで良いことだと岡地も思っているため、言われた通りに椎原に捕まると、抱きつくように促された。疑問に思いながら椎原の背中に手を回す。

「よし、いくぞ」
「うあっ」

 抱きついた体制のまま、持ち上げられた。いつか言われたお姫様だっこではない。縦抱きで持ち上げられ、岡地は慌てて足も椎原の腰に巻き付かせる。

「お、いける。思ったより全然いける。駅弁もいけちゃうよ、これ」
「死ね、馬鹿力……!」
「落とすぞ。ちゃんと掴まってろ」
「う……あっ」
「酒も持ってくか~」

 椎原が酒を片手に歩き始めると、不安定になった岡地がぎゅう、と椎原に抱きつく力を強くした。ただ運んでるだけなのに可愛いじゃんと椎原が思っていると、耳元で「しいはらぁ」と岡地が呼ぶ。

「漏れた……」
「……え!? 何、おしっこ!?」

 不穏な呟きに思わず立ち止まる。確かにがんがん酒飲ませたし、と椎原がわたわたしていると「違う」と岡地が否定する。

「ローション」
「なんて?」

 聞き間違いかと思って深く考える前に椎原は聞き返していた。だが岡地はそれには答えず「さっさと運べ」とだけ指図した。
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