上 下
39 / 45
こうくん

39:昔の相手

しおりを挟む
 別に恋人になれなくてもいい。遊びでもセックスが出来れば良い。男同士だ、結婚やその先があるわけでもない。そのときだけ気持ち良くなれればいい。確かにそう考えていたのに、俺が「好きだ」と思いを告げることすら叶わないのだと思うとじわりと込み上げてくるものがある。なかなかマキに返信出来ずにいると、それを手助けするかのように別の連絡が来た。
 中国語のメールだった。台湾に居た頃に関係を持った男で、今度日本に旅行するから案内してくれないかといった内容だ。案内しろと言うわりに指定された曜日は金曜で、俺は仕事がある。夜からの約束しか出来ない。そう断ったのだが、それでも構わないと返ってきた。なるほどと思い、すぐに了承する返事をした。
 別の予定が出来たらマキにも簡単に返信できる。他の男と会うから会えないなんて理由は言わずに断った。がっかりした文章と、しょんぼりしたスタンプが返ってくる。悪いとは思わなかった。
 別にいいだろう、付き合ってるわけじゃないし、マキも同じことをしてる。

「コウ!」

 待ち合わせ場所に行き、顔を合わせると名前を呼ばれた。そのまま中国語で話すとスラスラと久しぶり、会いたかったと出てくる。

「迷わなかったか?」
「台北駅で慣れてる」
「はは、あそこも大概だ。近くで良かったのに。どこに泊まってるんだ?」
「宿取ってないんだ。コウの家に泊めてくれよ」
「ふ、嘘だろ?」

 それならそうと先に言うもんだ。聞き返すと曖昧な表情で笑うから「どんなところか見に行ってやろうか」と言うと「ひどいところだぞ。コウの家に行きたい」と観念した。セックスの前の手慣れたジャブだ。真意が透けて見える分かりやすいやり取りは、もう何度も寝た仲だからだろう。好みの美形だ。その顔が恍惚に歪むのが好きで俺が抱く方が多かった。彼の腕を一度なぞり、セックスのときと同じように俺がエスコートした。
 美味い日本食の店は台湾にもいくらでもある。だから単純に俺が以前来て美味いと思った居酒屋で飯を食った後、日本酒バーに連れて行った。国内にしか流通していない銘柄に美味い美味いと言いながら彼は次々に盃を空けていき、次第に俺に対する期待を隠さなくなっていった。

「ふ、ふふ。久しぶりに聞いても良い声だ」

 カウンターで隣同士、秘密を言う距離感で声を褒められる。

「酔うと舌足らずになるのが良い」
「そうなのか?」
「自覚ないの? かわいいな」
「日本語だとそうならない。どこの発音が甘い?」
「zh」

 至近距離で発音する口を見せつけられる。赤い舌がちらりと歯の間に見えた。

「zh」
「今は上手」

 オウム返しをすると口を指さしてクスクスと笑われる。そのまま指が近づいてきて、俺の唇に触れる。熱を持った瞳で見つめられ、これからすることが察せられた。思わず手で相手の口を隠す。
 そのまま手で押して顔を遠ざけてしまい、彼は「え?」って顔した。

「……はは」

 これからセックスする相手とキスしたくないとか。思考が矛盾していて笑えた。
 ここがゲイタウンでもそういうバーでも無いからとか、いくつか理由はあったが脳裏を支配していたのは違った。マキの顔がちらついて離れない。あいつとは酒を飲んでもこんな雰囲気にはならない。この間は叫ぶような下手な口説き方でセックスした。気持ち良かった。好きだと思った。きっと目の前の彼と寝たって同じような気持ちにはならない。

 他のやつとセックスしてみれば、俺がマキに抱いてる感情が薄れるかもしれないと思った。ここのところマキのことばかりかまけていて、脳が勘違いしたままなのだと。やたらでかいマキのものを今度こそ全部飲み込んでやろうと、同じサイズの偽物まで買って夜な夜な自分を慰めるなんて惨めなことをもうしたくない。でも無理だ。

 マキが好きだ。
 馬鹿で無遠慮で顔だけいい男がやたら愛しい。

「……帰ろう」

 肩に寄り添い、退店を促した。訝しげについてくる男に「今日は抱いて欲しい」と告げると得心が行ったようで「いいよ」と返事してついてきた。それからは俺の代わりにリードしてやろうと立場を変えてくれた。気が楽になる。
 毎日の訓練で疼いた俺の腹を鎮めて欲しい。マキのサイズに合わせてるから緩くて呆れられるかもしれないが、どうでもいい。旅先での一夜だと彼も分かってる。
 たった一晩のことだから、俺がマキを忘れるために彼を利用しても気兼ねない。代わりのちんぽを尻に入れればいくらか気が紛れるだろう。そうしたらきっと来週はまた遊ぼうと連絡が来てもすぐに返信できる。ちゃんとしない関係でのセックスも気持ちいいと思い出してるから、マキとも同じ関係が築ける。
 別に好き合わなくていい。
 今までそうしてきたように、これからもそれでいい。
 ――例え相手が本当に好きな男でも。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

処理中です...