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第一章 青き衣(ジャージ)をまといし者

そのヅラをとりますか? →はい いいえ

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「いで!」

 床に落とされた衝撃で目が覚めた。
 磨き抜かれた大理石の床が広がっている。
 すぐ目の前に高そうな赤絨毯が窓から伸びる柔らかな日射しに照らされていた。

 どこぞの金持ちのお宅にお邪魔したらしい。
 どうせ落とすなら、ふわふわ赤絨毯の方に落としてくれ。

 痛む体をさすりながら上体を起こして気が付いた。
 いつの間にか拘束が解かれている。

 自分は一体、どこに売られてしまったのか。
 うら若き未亡人の屋敷なら悩むところだ。

 軽く目を巡らせると、そこは俺の部屋面積いくつ分に換算すれば良いのか分からないぐらいに広い部屋だった。それも、どれも高そうな絵画や石像といった調度品で飾り立てられ、キラキラと輝いている。
 香でも焚いているのか、ほんのりと花のような甘い匂いを感じた。
 こういうとき、貴族やら金持ちは小難しい遠回しな言葉で褒めるのだろうが、

「うーわー、スゲー」

 小市民である俺には、小市民らしくちっぽけな感想しか出せない。

「あの方が、先の大戦を終わらせた……」

 おぉとも、あぁとも判別しにくい男の嘆声が、すぐ近くから聞こえた。

 残念、うら若き未亡人じゃなかった。

「えぇ、魔法使いの中でも上位にあたる『色』の称号を最年少で受けた、あのアルカですよ」

 エルアルトの声を背中で受ける。

「えぇ、ですが……」

 戸惑い気味に話す男の声は、俺の記憶の中で一致する人物はいなかった。
 どうやら、この屋敷の主人だろうか。

「はっはっは、ただの青ジャージの貧乏学生に見えますが、あれでも彼のスペシャル・コスチュームですから」

 嘘こけ!

 振り向くと、少し離れた場所で黒い革張りのソファに座っているエルアルトとママの姿を発見した。
 ママはいつものロリータファッションだが、エルアルトは旅装束だ。

 二人の向かい側には、身なりの良い小太りの中年男が座っている。
 銀の髪は不自然なまでにふさふさとしていた。

 どう見てもヅラだろう。

 脂ぎった丸い顔にはつぶらな瞳。愛嬌があり、典型的な金持ちといった風貌だ。

 良いモノ食ってるんだろうな。

 それにしても……パワーキャラ担当のママがソファに座っているということは、俺をぞんざいに放り投げたのは誰なのか?

 ふと、視界の端に黒のスーツと黒光りする革靴が見えた。
 目線を上げていくと若い男と目が合う。
 細身で背が高く、顎も細くてシャープな顔つきだ。
 白っぽい銀髪はやや前髪が長く、そこから覗く深緑の瞳が印象深い。
 服装からして執事っぽいが、それにしては若いだろう。
 俺と同い年か上ではないだろうか。

「何か?」

 チミィ、人を落としておいて、その台詞はないんじゃないのかね?

 相手を睨んでみたのだが、そいつの目は獲物を狙うハンターと同じで、俺はそっと目をそらした。キレたら何をしでかすか分からない最近の若者は非常に危険だ。

「まさか、来て下さるとは思いませんでしたよ」

 小太りのおっさんが愉快そうに、それでいて満足げに手を叩いた。

 いえ、俺は拉致られてきたのですが。

「レジェンドの称号を持つ勇者、エルアルト様に戦士団長フェルディナンド様……」

 ママが『男』だった頃はフェルディナンドだったが、

「今はサマンサよ。それに戦士団長は引退して、今はダーリン・ラブに生きてるの」

 おっさんの言葉をママが真顔で訂正した。

「サ、サマンサ様ですな。これは失礼。それに無色の魔法使い、アルカ様と……魔王を討伐された精鋭が揃うとは」

 ムショクって言われると、今の俺には『無職』に変換されて聞こえるので、あんまり気分の良い称号ではない。
 このままいくと、大学卒業後は本当にニートへ転落しそうだ。


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