375 / 378
後日談 2 前編
しおりを挟む
<Side ガーベラ>
「朝食ができます。起きてください」
目を覚ますと、そこにはエプロンをつけた愛理……アイリスが立っていた。リビングの方からスープのいい匂いが漂ってくる。
「ああ、おはよう。アイリス」
「おはようございます。では、私は先にリビングに戻りますので」
それだけを言うと彼女は寝室から去っていった。
まるで昨日のことが夢のように思える。そう、昨日だ。昨日、俺達は結婚したんだ。披露宴やら宴やらのイベントで盛大にお祭り騒ぎして、帰ってきてからは疲れ果てて泥のように眠った記憶が残っている。
そんな記憶の中で、特にウェディングドレスに身を包んだアイリスはこの世のものとは思えないほど美しかったことが焼き付いている。一生忘れることはないだろう。
しかし当のアイリスは先程、浮かれることなくいつも通りの対応を見せた。結婚前、魔王を倒してから一ヶ月同棲していたことになるが、その時の日常となんら変わらない対応。流石と言うべきだろう。少し寂しいけど、その冷静さが彼女らしい。
着替えてから言われた通りリビングに向かう。そこには既にパン、スープ、オムレツ、サラダといった基本的な洋風の朝食が並んでいた。アイリスはちょうどエプロンを脱ぎ、畳んでしまっているところだった。
「寝起きが良いのは貴方の良いところの一つですね」
「はは、ありがとう。もう席に着いてもいいかな」
「ええ」
椅子を引き、座る。俺とアイリスで対面するような形になる。
なんだろう、王様に屋敷をもらってからアイリスと一緒に過ごす朝はほぼ毎日こんな感じで朝食を迎えていたはずだけど、今目の前にいるのが妻で、目の前にあるのが妻の手料理と考えるとまた変わったものに思えてくる。
「いただきます」
「いただきます」
元日本人としてつい手を合わせてしまう。そして、まずはオムレツに目を向けた。が、そのオムレツがいつもと違った。
アイリスはケチャップやマヨネーズ、ソースと言った人の好みで使う分量が異なるものを扱う料理の際、それらの使用をその当人に任せてくれることが多い。
だが今日は違った。オムレツには既にケチャップがかけられていた。まだしょぼくれる目を擦りそのケチャップに目を凝らすと、それはなんとハート型になっていた。
「アイリス、これ」
「ふふふ、はい。なんでしょう」
前言撤回だ、彼女もいつも通りなんかじゃなかった。内心浮かれているんだ。ハートに気がついた俺に対し抑えきれない笑みが溢れている。ものすごくかわいい。こういうところがあるから俺はアイリスのことが……。
「好きだ」
「……っ! そ、そんなこと承知しています。さ、冷めないうちに食べてください!」
言葉が正直にこぼれてしまった。ああ、俺は今、とてつもなく新婚らしいやりとりをしている。きっと側から見たらニヤケすぎて気持ち悪い顔をしているんだろう。これが、幸せ。
それからハートのインパクトで味もよくわからないまま完食し、とりあえず歯磨きや洗顔まで済ませ、俺は紅茶と情報誌と共にソファについた。
俺やアイリス、あとロモンちゃんやリンネちゃんは騎士団長格、つまりあの城の幹部として召し抱えられることになっている。しかし、肝心の役職をどうするかなどがまだ決まりきっていないため、今日からまだ数ヶ月はおやすみのままだ。
元々生活のため、あるいは強くなるためだけにやっていた手前、いまさら冒険者家業にも戻るつもりもないし、結果的に時間はたっぷりある。こうして余裕のある過ごし方をしても問題がない。
「……」
アイリスが無言で真隣に座り込む。そして俺の顔をしばらく眺めると、ほぼ抱きつくように俺の体にもたれかかってきた。
昔の俺は信じられるだろうか、あるいは同級生達、道場のみんな。あの文武両道で冷静で勤勉でクソ真面目で仕事人だったあの、あの石上愛理が今こうして明確にわかりやすく甘えている姿を。
この姿を俺との結婚前に想像できる人間と言ったら、お嬢様かターコイズ家の面々くらいだろう。俺は手に持っていたものをすべて置き、アイリスの肩を持って抱き寄せる。
アイリスは再び顔をこちらに向け、俺のことをジーッと見てきた。おそらく頭の中で俺に対してのことを色々と独白しているのだろう。
これは推測に過ぎないが、アイリスは頭の中では案外不真面目だったりする。そもそもロリコ……幼い美少女好きだし。
とりあえず少し我慢できなくなった俺は、彼女と対面するように姿勢を変えた。そして彼女の頭を撫でてから顎を軽く触る。何をしたいか察したのか、アイリスは一言。
「いいですよ」
とだけ言うと、顔を上げてふんわりと目を瞑った。
そして俺は昨晩寝る直前以来のキスをする。新婚だから少し長めに。
「……えへ」
「すごい満たされてる気持ちだ」
「そうですか。私もで……」
そこまで言うと、アイリスは急に眉をひそめ一瞬何かを考えるかのような素振りを見せる。そしていつもの真顔になった。
「いや、ダメです。このままではいけません」
「流石に新婚だからといって朝からキスを求めるのは不埒だったかな?」
「いえ、その逆です。私たちは愛し合って結婚したのです、夫婦になったのです。新婚です。貴方が夫で私が妻なのです。とにかく、その、そう言うことですから……これだけで満足していては……!」
徐々に白い頬が赤みがかってきた。
その時、俺の勇者としての能力が発動する。そしてとあるビジョンを見ることになった。そう、とあるビジョンをだ。
言葉にすることはできないが、なるほど、今日の展開は予想できてしまった。
「で、で、ですから……!」
「大丈夫わかった。何が言いたいか」
「……もしかして能力が発動しました?」
「うん」
「な、なら話が早いですね!」
こうして問題なく結婚できてるとはいえ、俺とアイリスは両方ともどちらかというと奥手だ。
そしてアイリスは半生の影響で男性そのものは大丈夫だが、少しでも性的な意味を含めた目線や態度を感知したら、過剰なほどの嫌悪を示すようになった。
無論、地球では彼女の幼馴染でもあり、この世界でもあのクソカニ野郎から間一髪彼女を守れた俺は、その思考に至った経緯を知っているため、付き合ってから今まで彼女に合わせたそれ相応の態度をとっている。……だから正直、付き合う前にギルドのみんなにアイリスな好きな身体の部位をばらされた時は焦ったが。
また、同時にアイリスの結婚した相手とは心も身体も許したいという考えも同居を始めてから理解した。俺もその考え方には賛成だった。まさかそれを利用されてキスから結婚を迫られるとは思ってなかったが。
要するに、今まで性に悲観的だったアイリスとそれを理解していた俺。この二人が組み合わさるといくら互いに心を許しきってるといっても中々初めての夜に挑めず、そのまま長年ズルズルとなにもせずという状況が出来上がる。俺たちはこれが十分あり得るのだ。
それを新婚で盛り上がってるうちになんとかしたいとというのが彼女がこれから言おうとしていた提案だったはずだ。言うのが恥ずかしそうだったから止めたけど。
でも、まさかアイリスが考えてるその日というのが……。
「そうか、今日か」
「そこまで予知できたんですね。そ、その通りです。実は……その、前々からいつでもいいように準備はしていました」
アイリスはもっと顔を赤くしてモジモジしだす。この世界に来てからのアイリスは表情豊かであることは知っているが、やはり長年のイメージは地球でのクールな方。故に俺は今、俗に言うギャップ萌えという電撃に痺れている。
アイリスが俺の耳元に顔を近づけてきた。
「あの、私、最終的に子供は五人欲しいなと考えているんです」
「ご、五人!?」
予知では見えてなかった驚きの発言。子供好きだから子供が欲しいというのはわかるが、流石にその人数は予想していなかった。あのアイリスが言うんだから何か考えがあるのだろう。
「なんならもっと多くてもいいです」
「確かに子供は俺も欲しいけど、どうしてそんなに」
彼女曰く。
元々十四年以上メイドとして働いていた自分は育児や給仕が大得意であり、何人育てても大丈夫だろうという自信がある。
そんな自分が他者を急速に成長させる特性、膨大すぎる魔力、女性にしては頑丈な肉体を持っている。加えて夫である俺が勇者としての魔力、特性、肉体を有している。そんな二人から生まれてくる子供も自ずと強い子が生まれてくる。だからこそ、たくさん子供を作りたいのだという。
「ほら、お母さんやお父さんの実子であるロモンちゃんとリンネちゃんは他者よりずば抜けて優秀でしょう? ベスさんの息子のケルくんもです。この世界はどうやら親のステータス的な意味での強さが、産まれてくる子供の強さに大幅に関係してきます。ですから種の保存と意味でも子供を多く作りたいのです。いえ、なにより。夢でも再びお父様やお母様と対面する時、子供を腕いっぱいに抱えてて……幸せだよって、言いたいんですよ」
「そっか……まあ、うん、無理のないように頑張ろう」
たしかに自分達のことながら、勇者と賢者の石の子供っていうのは将来どうなるか気になる。それに子供がいることでアイリスが幸せを感じるなら惜しみなく共に歩みたい。でも五人かぁ。本当に頑張らなきゃな。
……と、考えているとアイリスが少し陰った表情を浮かべて自分の腹部をさすり始めた。
「でも私、半分が無機物に魂が入っただけのゴーレムで、その上本体は石ですからね。子供、ちゃんとできるか分かりません。おじいさんやお母さん曰く大丈夫そうらしいですけどね。……どう思います?」
今日はアイリスの感情がコロコロ変わる。結婚前から考えていたこと、全部吐き出しているんだ。アイリスの疑問は医者でもないし魔物の専門家でもない俺には分からない。
「希望をもって。あの人達が大丈夫だっていったら……」
簡単な慰めの言葉。それを述べようとしたところで本日二回目の新しいビジョンが浮かんだ。
お腹が膨れたアイリスに、そのお腹にまだ顔はよく見えないもののおそらく笑顔で一人の子供が耳を傾けている、銀髪で肌が白くてアイリスによく似た、おそらく女の子だ。
「……どうかしましたか」
「いや、うん。大丈夫。どうやら子供はできるみたいだ」
「そうでしたか! 予知できたのですね?」
「ああ」
アイリスはこの上ないくらい満面の笑みを浮かべた。やっぱり最高に可愛い。
「で……では! ぜ、善は急げですね!」
そう言って彼女のは強く抱きついてきた。ただその抱きつい方がぎこちないため、無理やり自身のテンションを上げて行動しているのがよくわかる。
アイリスは俺の腕に顔を擦り付けながら、深呼吸をし、先程のキスと同じようにこちらに顔を向けた。エメラルドのような綺麗な瞳が不安そうに揺れる。
「ご、ご存知だとは思いますが、私、貴方とのキス以外したことなくて。何もかも初めてなんです。お手柔らかにお願いしますね……?」
「そんなこと言ったら、俺もだよ」
「そ、そうでしたね……! しかしガーベラくん、地球でもこちらでもモテていたでしょう? 地球では武に身を置いたり私の手伝い、あとは勉強ばかりで女の子と付き合う時間がなかったとはいえ、こちらではおよそ一年は私と関わる時間がなかったはずです。その間に誰かと……あるいはいかがわしいお店とか……そういう機会は無かったんですか?」
「え、モテてた? そうなの?」
「ええ、あなた側からみたらイケメンで優しいと評判だったんですよ、こっちでも向こうでも」
覚えがない。あ、いや、そうあえばあるといえばある。高校通ってた頃はバレンタインとかなんか色々もらった気がする。……女性には愛理以外に興味なかったし、それとは別にライバル的な意味で愛理を超えるために鍛錬ばかりしてたから気がつかなかった。それにこっちでも同じようなものだったし。
「こっちでも生活のために強くなることと趣味の料理のことばかり考えてたからなぁ」
「人のこと言えませんが、だいぶストイックですね」
「そうだね。……そういうアイリスこそ、両方の世界でモテてただろう? 特にこっちなんて告白してこようとする人たくさんいたじゃないか。まあ、あからさまに興味なさそうだったけど」
「ええ、その通りです。何度も言ってるじゃないですか、貴方だからこそ私は身も心も許しているのですよ」
そう言うと、それから彼女は俺の目を見て黙った。何かを待っているようだ。しかしよくわからないので、かなりの長い間沈黙が続く。
「あ、あの……」
「うん?」
「お、押し倒したりしないんですか?」
「あ、ああ、今の沈黙ってそういう……」
「そうです。私のことすっ……好きにして……いいんですよ? 私、結婚した相手が私に対して望むこと……全部、否定しないつもりですから」
「そんな大袈裟な」
「人に付き従うのが私の生き方なので。夫となればもう……」
「仮にその相手がDVするような人だったらどうしたの? それでも黙って暴力を受け続けたってこと?」
「はい。……しかしそれが嫌なので心から信頼できる人と結婚したんです。先ほども述べたように、貴方だからこそです」
俺は彼女の肩を強く掴んだ。こ、ここで押し倒すべきなんだろう。
……だが俺の体が動かない。こんなにも俺はヘタレだったか。彼女はこんなにも勇気を振り絞っているのに。だが、気持ちの整理がつかないのなら無理に奮い立ったって仕方がない。失敗するのは目に見えている。なら、気持ちの整理をつけるための時間を稼ごう。
俺はゆっくりと肩から手を離す。
「……ごめん、アイリス。やっぱりこういうのってムードが必要だと思うんだ。ほら、一般的には朝っぱらからそういうことする人って少ないだろ?」
「あ……たしかにそうですね。すいません、慌てすぎました」
「い、いや、俺こそ気持ちを汲んであげられなくてごめん。でも夜寝る前……風呂で身を清めてから……寝る前になったら……」
「わかりました、で、ではそうしましょう」
【後半へ続く】
#####
すいません、やっぱり後日談は3話じゃ無理そうです。
と言うわけで数話追加します。全部で5話くらいになるかもです。
次の投稿は4/13か、1週間空いて4/20の予定です。
「朝食ができます。起きてください」
目を覚ますと、そこにはエプロンをつけた愛理……アイリスが立っていた。リビングの方からスープのいい匂いが漂ってくる。
「ああ、おはよう。アイリス」
「おはようございます。では、私は先にリビングに戻りますので」
それだけを言うと彼女は寝室から去っていった。
まるで昨日のことが夢のように思える。そう、昨日だ。昨日、俺達は結婚したんだ。披露宴やら宴やらのイベントで盛大にお祭り騒ぎして、帰ってきてからは疲れ果てて泥のように眠った記憶が残っている。
そんな記憶の中で、特にウェディングドレスに身を包んだアイリスはこの世のものとは思えないほど美しかったことが焼き付いている。一生忘れることはないだろう。
しかし当のアイリスは先程、浮かれることなくいつも通りの対応を見せた。結婚前、魔王を倒してから一ヶ月同棲していたことになるが、その時の日常となんら変わらない対応。流石と言うべきだろう。少し寂しいけど、その冷静さが彼女らしい。
着替えてから言われた通りリビングに向かう。そこには既にパン、スープ、オムレツ、サラダといった基本的な洋風の朝食が並んでいた。アイリスはちょうどエプロンを脱ぎ、畳んでしまっているところだった。
「寝起きが良いのは貴方の良いところの一つですね」
「はは、ありがとう。もう席に着いてもいいかな」
「ええ」
椅子を引き、座る。俺とアイリスで対面するような形になる。
なんだろう、王様に屋敷をもらってからアイリスと一緒に過ごす朝はほぼ毎日こんな感じで朝食を迎えていたはずだけど、今目の前にいるのが妻で、目の前にあるのが妻の手料理と考えるとまた変わったものに思えてくる。
「いただきます」
「いただきます」
元日本人としてつい手を合わせてしまう。そして、まずはオムレツに目を向けた。が、そのオムレツがいつもと違った。
アイリスはケチャップやマヨネーズ、ソースと言った人の好みで使う分量が異なるものを扱う料理の際、それらの使用をその当人に任せてくれることが多い。
だが今日は違った。オムレツには既にケチャップがかけられていた。まだしょぼくれる目を擦りそのケチャップに目を凝らすと、それはなんとハート型になっていた。
「アイリス、これ」
「ふふふ、はい。なんでしょう」
前言撤回だ、彼女もいつも通りなんかじゃなかった。内心浮かれているんだ。ハートに気がついた俺に対し抑えきれない笑みが溢れている。ものすごくかわいい。こういうところがあるから俺はアイリスのことが……。
「好きだ」
「……っ! そ、そんなこと承知しています。さ、冷めないうちに食べてください!」
言葉が正直にこぼれてしまった。ああ、俺は今、とてつもなく新婚らしいやりとりをしている。きっと側から見たらニヤケすぎて気持ち悪い顔をしているんだろう。これが、幸せ。
それからハートのインパクトで味もよくわからないまま完食し、とりあえず歯磨きや洗顔まで済ませ、俺は紅茶と情報誌と共にソファについた。
俺やアイリス、あとロモンちゃんやリンネちゃんは騎士団長格、つまりあの城の幹部として召し抱えられることになっている。しかし、肝心の役職をどうするかなどがまだ決まりきっていないため、今日からまだ数ヶ月はおやすみのままだ。
元々生活のため、あるいは強くなるためだけにやっていた手前、いまさら冒険者家業にも戻るつもりもないし、結果的に時間はたっぷりある。こうして余裕のある過ごし方をしても問題がない。
「……」
アイリスが無言で真隣に座り込む。そして俺の顔をしばらく眺めると、ほぼ抱きつくように俺の体にもたれかかってきた。
昔の俺は信じられるだろうか、あるいは同級生達、道場のみんな。あの文武両道で冷静で勤勉でクソ真面目で仕事人だったあの、あの石上愛理が今こうして明確にわかりやすく甘えている姿を。
この姿を俺との結婚前に想像できる人間と言ったら、お嬢様かターコイズ家の面々くらいだろう。俺は手に持っていたものをすべて置き、アイリスの肩を持って抱き寄せる。
アイリスは再び顔をこちらに向け、俺のことをジーッと見てきた。おそらく頭の中で俺に対してのことを色々と独白しているのだろう。
これは推測に過ぎないが、アイリスは頭の中では案外不真面目だったりする。そもそもロリコ……幼い美少女好きだし。
とりあえず少し我慢できなくなった俺は、彼女と対面するように姿勢を変えた。そして彼女の頭を撫でてから顎を軽く触る。何をしたいか察したのか、アイリスは一言。
「いいですよ」
とだけ言うと、顔を上げてふんわりと目を瞑った。
そして俺は昨晩寝る直前以来のキスをする。新婚だから少し長めに。
「……えへ」
「すごい満たされてる気持ちだ」
「そうですか。私もで……」
そこまで言うと、アイリスは急に眉をひそめ一瞬何かを考えるかのような素振りを見せる。そしていつもの真顔になった。
「いや、ダメです。このままではいけません」
「流石に新婚だからといって朝からキスを求めるのは不埒だったかな?」
「いえ、その逆です。私たちは愛し合って結婚したのです、夫婦になったのです。新婚です。貴方が夫で私が妻なのです。とにかく、その、そう言うことですから……これだけで満足していては……!」
徐々に白い頬が赤みがかってきた。
その時、俺の勇者としての能力が発動する。そしてとあるビジョンを見ることになった。そう、とあるビジョンをだ。
言葉にすることはできないが、なるほど、今日の展開は予想できてしまった。
「で、で、ですから……!」
「大丈夫わかった。何が言いたいか」
「……もしかして能力が発動しました?」
「うん」
「な、なら話が早いですね!」
こうして問題なく結婚できてるとはいえ、俺とアイリスは両方ともどちらかというと奥手だ。
そしてアイリスは半生の影響で男性そのものは大丈夫だが、少しでも性的な意味を含めた目線や態度を感知したら、過剰なほどの嫌悪を示すようになった。
無論、地球では彼女の幼馴染でもあり、この世界でもあのクソカニ野郎から間一髪彼女を守れた俺は、その思考に至った経緯を知っているため、付き合ってから今まで彼女に合わせたそれ相応の態度をとっている。……だから正直、付き合う前にギルドのみんなにアイリスな好きな身体の部位をばらされた時は焦ったが。
また、同時にアイリスの結婚した相手とは心も身体も許したいという考えも同居を始めてから理解した。俺もその考え方には賛成だった。まさかそれを利用されてキスから結婚を迫られるとは思ってなかったが。
要するに、今まで性に悲観的だったアイリスとそれを理解していた俺。この二人が組み合わさるといくら互いに心を許しきってるといっても中々初めての夜に挑めず、そのまま長年ズルズルとなにもせずという状況が出来上がる。俺たちはこれが十分あり得るのだ。
それを新婚で盛り上がってるうちになんとかしたいとというのが彼女がこれから言おうとしていた提案だったはずだ。言うのが恥ずかしそうだったから止めたけど。
でも、まさかアイリスが考えてるその日というのが……。
「そうか、今日か」
「そこまで予知できたんですね。そ、その通りです。実は……その、前々からいつでもいいように準備はしていました」
アイリスはもっと顔を赤くしてモジモジしだす。この世界に来てからのアイリスは表情豊かであることは知っているが、やはり長年のイメージは地球でのクールな方。故に俺は今、俗に言うギャップ萌えという電撃に痺れている。
アイリスが俺の耳元に顔を近づけてきた。
「あの、私、最終的に子供は五人欲しいなと考えているんです」
「ご、五人!?」
予知では見えてなかった驚きの発言。子供好きだから子供が欲しいというのはわかるが、流石にその人数は予想していなかった。あのアイリスが言うんだから何か考えがあるのだろう。
「なんならもっと多くてもいいです」
「確かに子供は俺も欲しいけど、どうしてそんなに」
彼女曰く。
元々十四年以上メイドとして働いていた自分は育児や給仕が大得意であり、何人育てても大丈夫だろうという自信がある。
そんな自分が他者を急速に成長させる特性、膨大すぎる魔力、女性にしては頑丈な肉体を持っている。加えて夫である俺が勇者としての魔力、特性、肉体を有している。そんな二人から生まれてくる子供も自ずと強い子が生まれてくる。だからこそ、たくさん子供を作りたいのだという。
「ほら、お母さんやお父さんの実子であるロモンちゃんとリンネちゃんは他者よりずば抜けて優秀でしょう? ベスさんの息子のケルくんもです。この世界はどうやら親のステータス的な意味での強さが、産まれてくる子供の強さに大幅に関係してきます。ですから種の保存と意味でも子供を多く作りたいのです。いえ、なにより。夢でも再びお父様やお母様と対面する時、子供を腕いっぱいに抱えてて……幸せだよって、言いたいんですよ」
「そっか……まあ、うん、無理のないように頑張ろう」
たしかに自分達のことながら、勇者と賢者の石の子供っていうのは将来どうなるか気になる。それに子供がいることでアイリスが幸せを感じるなら惜しみなく共に歩みたい。でも五人かぁ。本当に頑張らなきゃな。
……と、考えているとアイリスが少し陰った表情を浮かべて自分の腹部をさすり始めた。
「でも私、半分が無機物に魂が入っただけのゴーレムで、その上本体は石ですからね。子供、ちゃんとできるか分かりません。おじいさんやお母さん曰く大丈夫そうらしいですけどね。……どう思います?」
今日はアイリスの感情がコロコロ変わる。結婚前から考えていたこと、全部吐き出しているんだ。アイリスの疑問は医者でもないし魔物の専門家でもない俺には分からない。
「希望をもって。あの人達が大丈夫だっていったら……」
簡単な慰めの言葉。それを述べようとしたところで本日二回目の新しいビジョンが浮かんだ。
お腹が膨れたアイリスに、そのお腹にまだ顔はよく見えないもののおそらく笑顔で一人の子供が耳を傾けている、銀髪で肌が白くてアイリスによく似た、おそらく女の子だ。
「……どうかしましたか」
「いや、うん。大丈夫。どうやら子供はできるみたいだ」
「そうでしたか! 予知できたのですね?」
「ああ」
アイリスはこの上ないくらい満面の笑みを浮かべた。やっぱり最高に可愛い。
「で……では! ぜ、善は急げですね!」
そう言って彼女のは強く抱きついてきた。ただその抱きつい方がぎこちないため、無理やり自身のテンションを上げて行動しているのがよくわかる。
アイリスは俺の腕に顔を擦り付けながら、深呼吸をし、先程のキスと同じようにこちらに顔を向けた。エメラルドのような綺麗な瞳が不安そうに揺れる。
「ご、ご存知だとは思いますが、私、貴方とのキス以外したことなくて。何もかも初めてなんです。お手柔らかにお願いしますね……?」
「そんなこと言ったら、俺もだよ」
「そ、そうでしたね……! しかしガーベラくん、地球でもこちらでもモテていたでしょう? 地球では武に身を置いたり私の手伝い、あとは勉強ばかりで女の子と付き合う時間がなかったとはいえ、こちらではおよそ一年は私と関わる時間がなかったはずです。その間に誰かと……あるいはいかがわしいお店とか……そういう機会は無かったんですか?」
「え、モテてた? そうなの?」
「ええ、あなた側からみたらイケメンで優しいと評判だったんですよ、こっちでも向こうでも」
覚えがない。あ、いや、そうあえばあるといえばある。高校通ってた頃はバレンタインとかなんか色々もらった気がする。……女性には愛理以外に興味なかったし、それとは別にライバル的な意味で愛理を超えるために鍛錬ばかりしてたから気がつかなかった。それにこっちでも同じようなものだったし。
「こっちでも生活のために強くなることと趣味の料理のことばかり考えてたからなぁ」
「人のこと言えませんが、だいぶストイックですね」
「そうだね。……そういうアイリスこそ、両方の世界でモテてただろう? 特にこっちなんて告白してこようとする人たくさんいたじゃないか。まあ、あからさまに興味なさそうだったけど」
「ええ、その通りです。何度も言ってるじゃないですか、貴方だからこそ私は身も心も許しているのですよ」
そう言うと、それから彼女は俺の目を見て黙った。何かを待っているようだ。しかしよくわからないので、かなりの長い間沈黙が続く。
「あ、あの……」
「うん?」
「お、押し倒したりしないんですか?」
「あ、ああ、今の沈黙ってそういう……」
「そうです。私のことすっ……好きにして……いいんですよ? 私、結婚した相手が私に対して望むこと……全部、否定しないつもりですから」
「そんな大袈裟な」
「人に付き従うのが私の生き方なので。夫となればもう……」
「仮にその相手がDVするような人だったらどうしたの? それでも黙って暴力を受け続けたってこと?」
「はい。……しかしそれが嫌なので心から信頼できる人と結婚したんです。先ほども述べたように、貴方だからこそです」
俺は彼女の肩を強く掴んだ。こ、ここで押し倒すべきなんだろう。
……だが俺の体が動かない。こんなにも俺はヘタレだったか。彼女はこんなにも勇気を振り絞っているのに。だが、気持ちの整理がつかないのなら無理に奮い立ったって仕方がない。失敗するのは目に見えている。なら、気持ちの整理をつけるための時間を稼ごう。
俺はゆっくりと肩から手を離す。
「……ごめん、アイリス。やっぱりこういうのってムードが必要だと思うんだ。ほら、一般的には朝っぱらからそういうことする人って少ないだろ?」
「あ……たしかにそうですね。すいません、慌てすぎました」
「い、いや、俺こそ気持ちを汲んであげられなくてごめん。でも夜寝る前……風呂で身を清めてから……寝る前になったら……」
「わかりました、で、ではそうしましょう」
【後半へ続く】
#####
すいません、やっぱり後日談は3話じゃ無理そうです。
と言うわけで数話追加します。全部で5話くらいになるかもです。
次の投稿は4/13か、1週間空いて4/20の予定です。
0
お気に入りに追加
1,775
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?
江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】
ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる!
※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。
カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過!
※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪
※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる