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299話 ガーベラさんのお家に一泊するのでございます……! 3

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 私が口走ったことはとても恥ずかしいこと。本当なら顔をそらしたいけれど、一度そらしたらもうしばらくは顔を合わせられないような気がする。だから私はきょとんとしているガーベラさんの顔を見つめ続ける。心臓が弾けてしまいそう。


「本気、ですからね……」
「本気、なんだ」
「はい」
「……そういう風に迫られるとさ、流石の俺もそういう気分になるんだけど」
「構いません、本気ですから」


 私はさっきから本気であるとしか言ってない。でも、それしか言えない。ガーベラさんは私の目を眺めるような視線を向けてくる。彼は一つため息をつくと、私の襟首と腕を掴み足を払いつつ身体を返した。一瞬で私とガーベラさんの位置が逆になってしまった。


「そっか」
「……はい」
「その前にいくつか聞かせてほしい。なんでこんな全くもってアイリスらしくないことをしようと思ったの? 家に来る提案をしてした時から計画してた?」
「その通りです。私らしくないのは十分承知です」
「アイリスにとってはこんなこと、何よりも勇気のいることだろうに」


 ガーベラさんはよくわかっている。本当に、今日の私はおかしい。ただ頭がおかしくなっているとはいえ、こんな風に夜這いに近いことする理由はしっかりとある。


「ガーベラさんは勇者となりますね」
「そうだね」
「私はガーベラさんが約束してくれたことを信じていますが、仮に今のままその約束が果たされなかった場合、この状態で勇者として歴史に残るわけです。十八歳にして女性との経験がなかった勇者と語り継がれたりしたら嫌ですからね、私は」
「……ほう」
「ありませんよね? た、たしか?」
「ああ、ないよ」
「で、ですよね。よかった」


 理由を話したのにガーベラさんの顔が少し陰る。今の答えに明らかに不満を抱いている。でも、未経験なことに突っ込んだからではなさそう。少しこわい顔で私のことを抑えたまま見つめ続けてくる。


「……俺はアイリスの本心が聞きたいんだけれど」
「え……?」
「今のが本当の理由じゃないでしょ」


 当たってる。ガーベラさんに話したのは今咄嗟に作った理由。私だって自分の行動の詳しい理由が知りたい。ただ考えるより先に口の方が動いてしまう。なんとも言えない重圧に押しつぶされるのを避けるために。


「そ、そーですよ! 本当は私がガーベラさんとそういうことしたかっただけです。私だって元は魔物とはいえ今は人。性欲くらいありますとも! こ、ここまで心許せる男性は貴方しかいないですから!」
「自分らしくないことをしてまですることでもないよ。それに全身震えてる」
「うぅ……」


 確かに私は震えてる。この震えはあの男に迫られた時と同じくらい……いや、信頼できる相手だから質は全く別物だけれど。完全に見透かされている。どうやらガーベラさんは私の中にまともな答えがないことも見透かしてしまっているみたいだ。
 私はガーベラさんに夜這いをかけると決めていた。決めていたけど、どうしてその思考に至ったかまでは把握していなかった。お母さんやロモンちゃん、リンネちゃんに察せさせるほど悶々とした雰囲気を出していたにもかかわらず。
 気がついたら私はガーベラさん顔がよく見えなくなっていた。苦し紛れに私の肩の横で彼の体を支えている手首を掴む。


「私だってわかりませんよ! でもやらなくちゃって思ったんです、こうしなきゃって!」
「なるほど」
「ごめんなさい、逆ギレしてしまって。でも私もわからないんです。今日ずっとこうしなきゃって思ってたんですよ」
「俺はなんとなくわかるよ。理由を聞きたい?」
「き、聞きたいです」
「じゃあとりあえずこの格好のままはいけない。落ち着かないからね。ベッドの淵でいいから一旦座ろう」


 ガーベラさんはそう言うと体を起こして言った通りの姿勢をとった。私もベッドに横たわるのをやめ、ガーベラさんの隣に座る。でも私でもわからないことをなんでガーベラさんがわかるんだろう。付き合って一年も経ってないのに、そんなに人の行動が読めるものかしら。それともいつもの予知能力が働いたのか……うん、そっちの方が説得力はある。
 ガーベラさんはゆっくりと諭すように話し始めた。


「アイリスは本当なら婚前に性交はしない主義だ。その上で身を委ねた相手としか結婚しない主義でもある」
「は、はい」
「俺はそのことを知っている上に、思想も近い。お互いにお互いの趣向を知っている。アイリスもそのことは理解してるだろ」
「し、してます」
「もし俺がアイリスに手を出したら……俺の魔王討伐でアイリスの前からいなくならないっていう約束は強固なものになる。俺がアイリスの主義を理解していることをアイリスもまた理解してるから。どう、当たってるかな?」


 針に糸を通せたような感覚が湧き上がる。答えなんて用意してなかったはずなのに、当たってる、それが正解だってわかる。私はガーベラさんが絶対にいなくなってしまわないよう、彼の善意を使って縛ろうとした。なんて……醜い。


「当たっている……ようです」
「そうか、よかった」
「よくないです。私、貴方の善意につけ込んで貴方の行動を制限しようとしました。貴方に居なくなって欲しくないという私のわがままで。……自己嫌悪します」
「そんな落ち込まなくていいよ、誰だって醜い部分くらいある。俺だってもちろん」


 ガーベラさんからそんなの今まで何にも感じられなかった。男性に対して強い偏見を持っている私が発見できていないのに。たしかに完璧な超人なんているわけないけど、それでも。


「ガーベラさんにも醜い部分などありますか?」
「あるに決まってるよ、さっきだってあともう一押しあったら止められなくなっていただろうし」
「そ、それはあれですよ、人間として仕方ないですよ、私が悪いですし」
「……それに、俺はまるでアイリスと話していくうちに好きになっていった風を装ってるけど……本当はもっともっと前から好きだったんだ」
「え、まさか始めてお話した時からですか! いや、もしかして街ですれ違ったことがあって、それで一目惚れしていてくれていたとか?」
「……うん、そういうことにしておこう。ずーっと狙ってた。アイリスはそういうストーカー気質なの好きじゃないだろうから黙ってたけど」


 そういうことにしておこうって、まさかそれ以上前から? となると私がゴーレムだった頃から好きだったってことに……。な、なるほど、そういう趣味があるってことかしら。確かに秘密にしたくはなるかもしれない。今までそんな雰囲気全くしてなかったから気がつかなかったけど。


「そ、そうなんですか……でも、私そう聞いてもガーベラさんのこと嫌いになったりしませんよ。ガーベラさんだから、ですけれど」
「そう? それなら俺だって一緒だよ。アイリスが俺のことを思って引き止めようとしてくれたんだから。落ち込む必要ないよ」
「……それもそうかもしれませんね」
「それにね、アイリス」


 私が押し倒した時、形勢が逆転した時とは全く違う熱の篭り方をした視線をガーベラさんは向けてきた。なんだか告白してきた時に似ている。


「俺はアイリスのことが本気で大好きだから、心配したりしなくても、魔王に勝ってアイリスと結婚できるような環境、作ってみせるから。だからもっと信じてほしい」
「わかりました。そこまで言われたら仕方ありません。私も好きだからこそ信じます」
「ありがとう。……それじゃあもうそろそろ寝ようか」


 ガーベラさんはちらりと時計を見た。いつのまにか1時間経っていた。お互い沈黙の時間が長かったり考えながら話し合ったりしたから仕方ない。
 ただ私としては体を捧げる覚悟をいっときでもしておいてこのまま終わるのはなんか消化不良というか、物足りない感じがする。
 立ち上がって寝袋の元まで行こうとするガーベラさんの寝巻きの裾を引っ張り、私は引き止めた。


「どうしたの?」
「ちょっと、もう一回座ってください」
「う、うん」
「座りましたね。では」


 私はガーベラさんに全体重をかけるように抱きついた。ここまでのハグは人生でも双子にしかしたことがない本気の抱擁。ガーベラさんも最初は驚いていたようだけれど、いつの間にか私の背中まで手を回してきている。


「男の人とこんなことしたの初めてですよ」
「そ、そっか」
「私もドキドキしてますが、ガーベラさんもドキドキしてますね?」
「まあね……」
「もひとつしたいことあるんです」


 私はガーベラさんへの抱擁を弱め、見つめ合えるようなもの姿勢をとる。そして目を瞑った。察しの良すぎるガーベラさんなら何をしてほしいかわかるはず。


「いいの?」
「いいんです。正直言うと、お昼頃にお父さん達との会話でこれをしたことすらないというのがバレて少々恥ずかしかったですから」
「わかった」


 ガーベラさんは自分の手を私の首あたりを優しく添える。次の瞬間には唇が生暖かくなった。初めてのキスは……正直今日一日中、今も含めて動揺し続けてることもあり味なんてわからないけれど、なんとなくいいものだというのはわかる。すごく長い十数秒が立ち、暖かさは離れていった。……ふふふ、ガーベラさんは引っかかっと言わざるを得ない。


「うふふふ、これでガーベラさんは私からより離れられなくなりましたね」
「うん、もっと仲を深めることができたから……」
「そういうのじゃありません、実は私、性交だけでなく初めてのキスを捧げた相手としか結婚しない主義でもあるのです。つまりガーベラさんが魔王に敗北したり行方不明になったりしたら私は実質未亡人です。そうさせたくないのなら、頑張ってくださいね?」
「ええっ!? ああ……うん……」
「ただ本番はやはり結婚してからにしましょう。ここまで誘っておいてキスまでしてお預けというのは至極非道なことだとは承知していますが……こうして話し合って出した結果であるお互いの主義は守ることにしましょう」
「そ、そうだね、そうしよう」
「ただ結婚してからはいくらでも、どれだけでもそういうことに付き合ってあげます。……約束します」
「……じゃあとりあえず頑張るから」
「はいっ」


 我ながらとんでもない約束をしてしまったけれど、でも結婚した後は煮るなり焼くなり好きにしてもらって構わないというのは、一時間前の行いに対する気持ちと違って本心。私の性格上、亭主となった相手には付き従うようになるでしょうし。
 それから、とりあえず私たちは寝袋で寝た。もちろん仕切りもないし、距離も近い。ガーベラさんが最初に地面にこの寝袋二枚を敷いた時よりなんだかより近くなっている気がする。気持ち的な問題かもしれないけどね。


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次の投稿は8/12です!
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