上 下
300 / 378

295話 ユーカンの実とガーベラさんでございます……。

しおりを挟む
「お初にお目にかかります、国王様。俺は冒険者のガーベラと申します」
「……そっか、ガーベラ君ね。君がアイリスちゃんの彼氏?」
「その通りでございます」


 ガーベラさんが来てしまった。止める暇さえなかった。どうしてきてしまったの。別に今すぐ勇者に任命されなくたっていいのに。国王様が前世の記憶を持ってる人を集めてる時間で時間稼ぎだってできたのに。……いや、たぶん予測はできていたのでしょうね。私が泣くこともどうやらわかってたみたいだし。


「……って、あれ! なんで僕が国王だってわかるの? 君と僕って初対面だよね? 初対面の人から国王様って呼ばれるのすっごく久しぶりなんだけど……君、ここに入る前に教えた?」
「い、いえ! この部屋に入りたいと言うまで、ガーベラ殿は扉の前で待機している間、ただ大人しく立っているだけでした。我々とは挨拶程度しか……」
「なんとなく、わかりました」
「そうなんだぁ」


 たぶんこれも勘。なんだか今日の午前中より研ぎ澄まされているような気がする。正直、ロモンちゃんのものとは比較にならないくらい。
 私は、手の甲で涙をぬぐいガーベラさんの方を見続ける。涙が出続けてるため、その都度目をこすることになってしまっている。


「えーっとね、ここにいる君のことを知ってる人達みんなが、君を勇者なんじゃないかって言ってるんだ。たしかに見た目の爽やかさとかはいかにもって感じだね。うん、コハーク、ガーベラくんに勇者の説明をしてあげて」
「承知しました。ガーベラ殿、アッシはこの国の預言者、コハークと申しますだの。以後お見知り置きを」
「初めまして、ガーベラです」
「では国王のご命令ゆえ、今から勇者の説明をしますだの」


 コハーク様は巻物を広げてガーベラさんに勇者の説明をした。勇者とは何をすべき存在なのか、どうやって判別するのかなど。ガーベラさんは黙って聞いているみたい。コハーク様はガーベラさんのことを試そうとしているのか、加えて、魔王討伐後は死か行方不明になることも伝えた。


「なるほど、概ねわかりました」
「そうかの? じゃあ念のためそのユーカンの実に触れる前に、ガーベラ殿の経歴を教えてほしいんだの」
「そだね。君は魔王の重圧にもうちの騎士団長達と変わらないくらい抵抗できてるみたいだし、もし勇者じゃなくても魔王討伐に協力してほしい。だから僕は君のことを詳しく知りたいな」
「わかりました。では、俺の経歴を言います」


 そういえば私はガーベラさんと出会う以前のことを知らない。だから私にとってもそのことを聞くのは初めて。
 ……ガーベラさんは自分の過去について、演説するかのように話し始めた。二年前この城下町から近い森の中で、ガーベラさんは記憶を失った状態で冒険者に発見されたらしい。普通の服しか着ておらず、お金も荷物も何一つない状態。そこから生活がスタートした。住民権を得ることができ、また無一文からまともに暮らしていくためには何でも屋でもある冒険者になるしかなく、そのまま今のところとは別のギルドに登録。そのギルドのギルドマスターからお金を借りてしばらくはやりくりしたみたい。なお、自分が別の世界の人間であるという自覚は発見された日から日を追うごとに少しずつ増していっているらしい。
 そしてランクが上がっていき、最初のギルドでは適正の仕事がみつからなくなったので今のギルドに移籍。そこから先は私が知るガーベラさんの経歴だった。
 ……冒険者になってからCランクに上がるまでに二年かかってるのに、私と出会ってから凄い勢いで強くなっていってる。まさか、私が何かしら影響してるのかしらね……?


「なるほどねぇ……この世界の記憶がなかったのにだんだんと、前世の記憶だけが……。たしかに条件がぴったり当てはまるね」
「それにしても立派だの、単独でダンジョン三つ制覇とは」
「そうだね、もし君が勇者ならっ! これを……あー」


 国王様はガーベラさんにユーカン草の実を差し出す仕草を取りながら一瞬嬉しそうな声をあげたけど、私の方をちらりとみてすぐに口をつぐんだ。まさか国王様に気を遣わせることになるとは……本当に申し訳ない。
 一方でガーベラさんは差し出されているユーカン草の実に向かって自分の方からだんだんと国王様に向かっていってる。


「えーっと、ガーベラくんかなりやる気があるね? でもあの……アイリスちゃんのことはいいの? やっぱりさ、慌てなくても、なんなら明日とかでも……」
「先延ばしにしても、結果が変わるわけではありませんから。アイリスには申し訳ないですが」
「うー……そっか。じゃあもうほとんど不必要だとは思うけど、これに触って」


 国王様はガーベラさんに向かって改めてユーカン草の実を差し出した。すでに彼は玉座より少し段差を登るだけで届く距離にいる。ゆっくりと、一歩、二歩、三歩と歩み国王様の目の前へ。そしてその手を伸ばした。
 ユーカン草の実にガーベラさんの手が触れる。その瞬間、ユーカン草は眩いくらい輝きを増し、一瞬だけこの広い部屋をより明るく照らし出した。


「ぅ……。ふぅ、眩しかったけど……これで決まりみたいだね。ガーベラくん、いや、勇者ガーベラ。これからよろしく頼むよ」
「もちろんです、国王様」


 あ……これで、これでガーベラさんが勇者になった。勇者になってしまった。いや、もともと勇者だったけどユーカン草で判別されただけ。でも、とにかく、正式に、国王様に勇者と認定されてしまった。世界にとっては良いことなのだろうけど、良いことなんだろうけれど、でも、私は……。


「勇者になってくれてありがとう。でもね……あの、ガーベラくん。まずはアイリスちゃんを慰めてあげて? 詳しい話とかは明日……いや、明後日にしよ」
「良ろしいのですか?」
「もちろん、彼女は大事にしなくちゃだよ。こちらとしても捜査はひと段落したみたいだし、実は僕もコハークも体力が限界だし、全員、色々ありすぎて頭の中整理した方がいいと思うんだ。だから明日じゃなくて明後日! 明後日またみんなを呼び出すよ。良いよね、みんな」
「はっ!」


 明後日また集まるのね。国王様は頭の整理のためって言ってたけど、この様子だと明日にしなかったのは私への計らいの意味が強いんじゃないかしら。ああ、本当にたくさん迷惑をかけてしまった。まだ泣きやめてないこと含めて、全てが恥ずかしい。
 玉座から離れ、私の方に歩いてくるガーベラさんの足音が聞こえる。すでに勇者となったガーベラさんの足音。いつもとそんなに変わらない。


「アイリス……ごめん」
「ガー……ベラさん……」
「なんとなくこうなる気がそれなりに前から心の準備はしてたんだ。流石に今日だとは思ってなかったし、その……予想がついたのもこの部屋に入る数分前だった」
「はい……」
「まずアイリスが泣くような気がして、それでなんで泣いてるんだろうと考えたら俺が国王様から何かに任命されるからだって……で、国王様から俺が任命されるとしたら勇者しかないなって、ほんと、なんて言ったら良いかわかんないけど、とにかくごめん」
「……」


 ガーベラさんは必死に謝ってる。私は彼にとりあえず近づこうと思い、立ち上がることにした。ただ精神的に弱ったためか魔王の重圧の影響が強くかかり、よろけてしまう。ガーベラさんが支えてくれた。


「おっと。……でもね、アイリス。俺が死ぬか行方不明になるのが不安で泣いているのなら、そんな心配しなくていいと言っておく」
「……へ」
「もし死にかけてもアイリスなら全快まで治せるだろ? それに俺はアイリスが本気で好きだ。他の勇者がなんで消えるかは理由はわからないけど、でも俺は、アイリスを置いて行方不明になんかならない。絶対に。アイリスが俺の側にいるからこそ、どっちもありえないんだ」


 私がいるからガーベラさんは死にもしないし行方不明にもならない……? 本当に? 本当にその言葉を信じてもいいのかしら。でも確かに、彼が私の目の前から居なくなるイメージは湧かない。ただ単に、そのイメージをしたくないだけかもしれないけど。


#####

次の投稿は7/15です!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。 理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。 「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。 だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。 ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。 マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。 そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。 「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。 ──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。 その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。 けれど、それには思いも寄らない理由があって……? 信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。 ※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

処理中です...