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239話 移動中の馬車の中でございます!

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「部屋は二部屋に別れてて、それぞれ2人ずつ入れるようになってるけど……」


 馬車の御手さんは私たちの男女比率を考慮したいみたいだ。4人用の馬車をギルドが手配してくれたのはいいけど、部屋の割り当てまでは考えてくれなかった。
 ケル君は私たちの様子を見てから提案を持ちかけてくる。
 

【なにを迷ってるんだゾ。一部屋はベッドをくっつけてオイラとロモンとリンネの二人と一匹で寝ればいいんだゾ。アイリスとガーベラは一緒の部屋で寝ればいいんだゾ】
「ま、魔物が喋ってる……。いや、それよりこの子の言った通りでいいのか?」


 どうしよう、下手に嫌だとは言えない。嫌われちゃうかもしれないし、良くても気分を害させてしまうことになる。それに死ぬほど嫌ってわけじゃないし……。


「ど、どうする? 2人とも」
「ガーベラさんとアイリスちゃん次第だけど、決めにくいよね?」
「あ、ああ……俺は……えっと……」
【全く……どーせそのうちツガイになるんだゾ。見てたらわかるゾ。だから照れあってるだけ時間の無駄じゃないかゾ?】


 今日のケル君の中身は、本当にあのケル君なんだろうか。この成長速度……もしかしたら語尾の「ゾ」がなくなっちゃう日も近いかもしれない。


「つ…….つがいだなんて……!?」
「け、ケル君っ!?」
「ねー、ケル……変な本読んだでしょ」
【なにも変な本は読んでないゾ? おととい、アイリスが前に読んでいた恋愛小説くらいだゾ。オイラはアレで「さっさとくっつけ」っていう感覚を覚えたんだゾ】


 よ、読ませなきゃよかったかもしれない。
 でも読みたいってケル君が言ったし、恋愛小説も人の感覚を覚えるための勉強の一環になるから良かれと思ったのだけど。まさかこんな形で私に返ってくるなんて。
 たしかにあの内容そのように感じざるをえなかったけど。

 たしか……両思いの幼馴染と男女がすれ違いがなんどもなんども繰り返された挙句、2人して別の世界に飛ばされて記憶なくして、そこで再会して結ばれるだなんてまどろっこしいものだったはず。
 それにしてもケル君にはいらない時期にいらない人間の感覚を覚えさせてしまった。


「なんだい、そこのねーちゃんとにーちゃんは付き合ってるのかい? んじゃ部屋一緒でいいな」
「こ、これでよかったのかなぁ……」
「うーん……」
「あ…そうだ、にいちゃん。そういうことならよ」


 御手さんはガーベラさんに耳打ちをする。
 彼の顔が真っ赤になって行き「そ、そんなサービスいらないですよっ」とか「お、俺と彼女はキスもまだで……」とか聞こえてくるんだけどなんの話をしてるのかしらね?
 男2人の会話ってやつだろうし、聞き耳をたてる訳にもいかない。


「なんでぃ、そんないい顔してて若いのにどうしようもない奥手かよ。よくそんなんで美人な彼女できたな。まあいいや、ほら乗った乗った。依頼主が待ってるんだ、出発するぞ」
「は、はい!」


 御手さんに急かされるまま私たちは馬車に乗り込んだ。ここから依頼場所まで1日半はかかるらしい。
 その長い間の暇つぶしをまたしなくちゃいけないわね。


◆◆◆


「……あの」
「な、なんだい?」
「えーっと……結局お、同じ部屋になってしまいましたね」
「う、うん」


 自分たちの泊まることになる部屋を見る。想像より狭く、広さ次第では私もロモンちゃんたちと一緒に寝ようと考えたけど……無理ね、これは。
 おそらく、ロモンちゃんとリンネちゃんはいつも通りベッドをくっつけて仲良し姉妹よろしく、2人で眠るとして…….いつもだったらその間に私とケル君まで挟まる余裕はあるんだけど、この馬車の部屋ベッドの大きさ的にはケル君ですら入る余裕はなさそう。
 とりあえず、親しき仲にも礼儀あり……言っておくべきことだけ言っておきましょう。


「わ、私が着替えなど……するときは……あの、あんまり見ないようにしてくださいね? すごく恥ずかしいので……。つ、付き合ってるのである程度なら許容はできますけど……」
「着替えは双子達の部屋に厄介になればいいんじゃないかな? あるいは部屋から俺が出て行くか」
「そ、そうでした! そうですね……はい」


 そんな簡単な選択肢が用意できないなんて、頭がうまく回らなくなっている。だってあれよ、この間、お部屋デートしたばっかりなのよ、こんどは同じ部屋で一緒に寝るなんて思わないじゃない普通。
 流石にベッドはくっつけるつもりはないけど。


「アイリスちゃん、ガーベラさん、荷物置き終わった?」
「あ、はい! 置き終わりました!」


 ぼーっとしていたら呼ばれてしまった。そうね、2人っきりの部屋で過ごすなんて夜くらいだし、今気にしても仕方ないかもしれないわね。
 私とガーベラさんは慌ててこの馬車のリビングのような部屋へと集まる。


「ふたりしてー」
「なにしてたのー?」


 リンネちゃんとロモンちゃんがニヤニヤしている。ケル君はロモンちゃんのお膝の上で寝そべりながら魔流気を器用に使って本を読んでいる。


「な、なにもしてないさ。少なくとも勘違いされるようなことはなにもしてない。…….ところでその子はなんて器用に本を読んでいるんだ」
「ガーベラさん、すごいでしょケル!」
「本当に犬なの……?」


 そういえばケル君のこの格好を身内以外に見せるのって初めてだっけ。客観的に見てもこの驚き方は納得できる。
 

「ところでガーベラさん、装備ガチガチに固めてるけど、ぼく達が討伐目標と戦いになるのは明後日の朝くらいだよ?」
「これは道中、魔物が現れた時に対応するため……」
【それなら問題ないゾ。そういう時になったら武器も特にいらないオイラが飛び出て行くんだゾ】
「ケル君はAランクくらいの敵なら1対1で倒せると思いますし、大丈夫ですよガーベラさん」
「……わかってたけど本当に数合わせなんだね」


 それから私たちは思い思いに過ごし始めた。
 ケル君は相変わらず本を読んでいる。
 私とガーベラさんは特になにもせず黙って座ってるだけ。ロモンちゃんとリンネちゃんはなにを期待しているのか、2人で仲良く話し合いながらこちらをチラ見している。
 そんな2人だったけど、何かにしびれを切らしたのか小声でヒソヒソ話をしだした。偶然、私にも聞こえてしまえ。


「ねーねー、なんの動きもないよ?」
「手を握るとか頭撫でてあげるとかしないのかな?」


 あ、私たちの観察をしてたんだ。そんなことに時間を割くなんて、前みたいにチェスとかでもしてればよかったのに。


【ロモン……リンネ……】
「え、なにケル?」
「どうしたの? ケル」
【例えば2人は何かしようとしているところに、それをじーっと見られて、実行する気になるのかゾ? ご飯食べるとかおトイレに行くとか】
「あっ……」
「そっか……」


 ろ、ロモンちゃんとリンネちゃんがケル君に諭された……! 本当に本を読むようになってから知性が加速している。二人はお昼寝してくるといって、ケル君を抱いて部屋に戻っていってしまった。
 気を使わなくていいのに。
 ガーベラさんはさっきの一連の会話が聞こえてなかったのか、一気にリビングに人がいなくなった現状をキョトンとした顔で迎えていた。


「みんなお昼寝……?」
「そうですね、二人きりになってしまいました」
「な、なにかする?」


 今一瞬だけリンネちゃんの頭がお部屋の中から見えた気がした。覗き見する気ね?
 何か下手なことはできない。さて、どうしよう。


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