【完結】幼馴染みの俺とあいつ

彩森ゆいか

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後編

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 貴彦は少し疲れたように笑って、まっすぐに俺を見据えた。
「正直な話をすると、俺はどこの誰だか知らないやつに欲情したくないし、セックスもしたくない。興奮する相手も、つがいにする相手も、自分で選びたい。発情するオメガすべてに反応するなんて嫌なんだ」
「……どうして、俺にその話を……?」
「わかるだろ? ここまで話せば」
 貴彦の眼差しに少し熱が帯びる。俺は内心で慌てた。
「来人、一日だけでいい。抑制剤を飲むのをやめてみないか?」
 その言葉は、ある意味、俺にとっては死刑宣告と同じだった。
 発情しないために必死で生きてきたのに、すべてを台無しにされるような言葉だった。
 感情が揺れ動く。泣きそうになるのを必死でこらえた。
「ひ……どい。それって貴彦の都合じゃねぇか。俺の、俺の気持ちは? ああ、アルファだからか。望めば望み通りに生きられるアルファだからか。俺の都合なんて無視して、おまえさえよければいいのか」
「そんなことは言ってない」
「言ってるよ!」
 俺は声を荒げた。涙が溢れ出してくる。
 貴彦からそういう目で見られていたなんて。ずっと対等の、友達でいたかったのに。
「来人、俺は聖人君子なんかじゃない。いつもいい顔しか見せてこなかったけど、腹の中ではドロドロとしたことも考えてる。もしおまえが抑制剤を飲み忘れたらどうなるんだろうって何度も考えた。他のアルファに犯されるなんて許せなかった。だから十三歳のあの日からずっと、できる限り俺はおまえを見張ってた。誰かに手を出されたりしないように。他のやつらを牽制してたんだ」
 そんなの知らない。
 俺は知らなかった。
「来人、よく聞いてくれ。運命に逆らうなんて無理なんだ。誰かとつがいにならない限り、一生抑制剤を手放せないままだ。俺は、誰かとつがいになるなら、おまえがいい。他の誰かじゃなくて、おまえがいいんだ」
 それは、愛の告白だった。
 プロポーズだった。
 だけど、いきなりすぎる。俺はおまえからそんなことを言われるなんて、微塵も思っていなかった。
 どうしたらいいのかわからない。
 動揺と混乱で感情がぐちゃぐちゃだ。
「来人が俺をそういう目で見てないことはわかってる。でも、俺が限界なんだ。やっと大人になったし、就職もした。立派な社会人になった今しかないと思った。今の俺なら、来人の人生の責任も持てる」
「まだ、相性とかもわからないのに? もし違ってたらどうすんだよ」
「違わない。俺にはわかる。運命のつがいはおまえなんだ、来人」
 貴彦の眼差しは眩しいほどにまっすぐで、これまで俺が内心で抱えてた羨望や嫉妬や劣等感はいったいなんだったんだろうと思った。
 俺はこいつにはかなわない。すべてにおいて。
 負けを認めるしか、なかった。

 このために、貴彦は一週間ほど会社を休んだらしい。
 オメガの発情期は疎まれるのに、アルファの発情期は優遇される。そんな世の中だ。
 オメガは発情期に入ると、一週間ほどはセックス以外のことがまともにできなくなる。その間アルファは絶倫になり、ずっとオメガとセックスをし続ける。それが発情期だ。
 考えるだけで怖かった。そんな風になるのが嫌だから、ずっと抑制剤を飲んでいたのに。
 だけど俺は貴彦が望む通りに、抑制剤を飲むのをやめてみた。俺にそんなことを要求するぐらいだから、もちろん貴彦も今日の分の抑制剤を飲んでいなかった。
 オメガが発情しない限り、アルファも発情しない。
 オメガが発情すれば、アルファも発情する。
 その時間が来るのを待つのは、恐怖に近かった。
 死刑を待つ罪人のような気分だ。

 貴彦の家に来た二日後にそれはきた。
 狂おしいほどの渇望。激しい体内の疼き。荒くなる呼吸。頭がおかしくなりそうなほど、それは強烈だった。
 俺はリビングのソファから動けなくなり、耐えるようにじっとうずくまった。
 ちょうど貴彦が買い物で不在だった。
 耐えられないほどの疼きで、身体の奥のほうをぐちゃぐちゃにされたくなる。どうしたらいいのかわからず、とにかくズボンの前を開き、下着の中に手を突っ込んだ。股間のものを握る。
 息があがる。苦しい。つらい。だから発情なんてしたくなかったんだ。
 玄関でドアの開く音。ぎくりとした。歩いて来る音。俺は激しく焦った。
 買い物袋を下げた貴彦が俺を凝視していた。そしてすぐに買い物袋を放り出し、俺のほうへと向かってきた。
 貴彦の息はもう荒かった。まるで獣のように覆いかぶさってきて、反射的に俺は、食い殺されると思った。
 荒々しいキスにたちまち息ができなくなり、乱暴に服を脱がされていく。貴彦も服を雑に脱ぎ捨てていく。
 理性とか、怖いとか、何かを思う間も、余裕もなかった。
 ただただ発情で苦しい、早くどうにかしてほしい。それしかなかった。
 それはきっと、貴彦も同じだったに違いない。
 愛撫らしい愛撫もなく、性急に繋がって来ようとする。むき出しになった尻に容赦なく指が入ってきた。
「濡れてる」
 興奮した声で貴彦が囁いた。オメガの身体は男でも濡れる。知識としてはわかっていたことでも、実際にそうなると変な気分だ。
 早くそこに欲しい。そんな激しい欲求が腹の底から湧いてきて、気づけば自分から誘うように尻を振っていた。
 貴彦はためらいなく俺の腰を掴み、後ろからゆっくりと突き入れてきた。
「うあぁあっ……あぁ」
 その後のことはよく覚えていない。ただ無我夢中だった。狂ったように身体が歓喜し、貴彦にされるがままになった。普段の彼からは想像つかない、獣のような荒々しさで、俺の身体を容赦なく突いてくる。
 何度イッたかわからなかった。噂通り絶倫になった貴彦は、執拗なほど俺を犯してきた。発情期に入ると性欲が増大し、飲まず食わずでも平気になる。俺たちは何かに取り憑かれたように、ずっと絡み合っていた。
「来人、愛してる」
 耳元でそう囁かれた直後、うなじに強い痛みが走った。
「……うっ……」
 この瞬間にわかった。俺は永久に貴彦だけのものになったのだと。
 貴彦は迷わず俺のうなじに噛みつき、完全に俺を手に入れた。

 その後は早かった。俺と貴彦は永遠のつがいとして生きるため、一緒に暮らし始めた。
 つがいになるとあの狂いそうな渇望もなくなり、貴彦は余裕を持って愛撫してくれるようになった。
 彼と対等でいたがるあの頃の俺はもうどこかに消えてしまい、毎日のように愛される日々を、今は幸せに生きている。
 彼の言葉を信じてよかった。今では強くそう思っている。
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