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第8話 蝶は旅立つ
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俺は別室に隔離された。
着物ではなく洋服を着せられ、とりあえずここで待機していろということになった。
この先いったいどうなってしまうのかがわからなくて、待っている間ずっと、俺はドキドキしていた。
男物の洋服なんて初めて着た。
俺たちオメガはいつも着物に身を包まれていたから。
ドアが開いた。
霧也がひょっこりと現れる。
「手続き済ませてきたよ」
あっけらかんとしていた。
ぽかんとする俺を促してくる。
「はい、立って。一緒に行くよ。荷物は特にないらしいと聞いたけど、本当にないのかい?」
「……行くって、どこに?」
戸惑う俺に向かって、霧也が笑った。
「どこって、俺の家だよ。今日からおまえは俺と一緒に暮らすんだ」
娼館の外には初めて出た。
遠ざかる娼館を不思議なものでも見るような気持ちで、振り返った。
オメガを身請けするのはとてもお金がかかる。
「あいつら、もっと高値で身請けしてくれる人がいますからとかぬかして、どんどん値段を釣り上げていくんだ。きりがない」
「じゃあ、どうやって」
「オメガのうなじに噛みついて、つがいにしてしまえば賠償金で済む。賠償金のほうが安いんだ」
「……あぁ、それで」
俺は自分のうなじを撫でた。
霧也が苦笑する。
「賭けだったよ。本当にそれでうまくいくのか、俺にもわからなかった」
「うなじを噛まれたオメガは、もういらないものとして処理されるので」
霧也が俺を見た。
「もし、アルファが賠償金を払うのを拒否したら、どうなるんだい?」
「賠償金は法的処置を取ってでも支払ってもらう仕組みだと思います。賠償金を支払って、オメガもいらないとなったら、オメガはどこかに捨てられることになります。どこにどのように捨てられてしまうのかはわかりません。その先のことも俺にはわかりません」
「……そうか」
霧也は手を伸ばし、俺の頭を撫でた。
「俺は捨てないから、安心しろ」
「はい」
俺は嬉しくなって、笑顔で返事をした。
霧也の暮らす家は大きなお屋敷だった。
使用人がたくさん働いている。
こんな世界は初めて見た。
「使用人はオメガですか?」
「いや。ベータだ。間違いがあってはならないから、オメガは雇っていないんだ」
「間違い……」
ヒートのオメガのフェロモンに当てられたアルファはラットになってしまう。
霧也はそれを避けながら生活していたようだ。
こんなお屋敷で暮らすなら、霧也の立場は相当なものだろう。
本当に俺でいいんだろうか。
でも今さらつがいは撤回できないし、撤回されても困る。
「ここが俺とおまえの寝室だ」
お屋敷の中を案内され、着いた先には大きなベッド。
「これからはおまえ以外の誰とも寝ない。もうあの娼館にも行かない。だから、よろしくな」
頬にキスされた。ドキリとして思わず跳ねる。
「は、はいっ。よろしくお願いします……」
少し恥ずかしくなるのはなんでなんだろう。
これまでもさんざん身体を重ねてきているのに。
「つがいになったらもう、ヒートはなくなるのか?」
「いえ。ヒート自体はあるはずです。ただ、むやみやたらとフェロモンを撒き散らさなくなるだけで。あと、たぶん、日数も短くなると思います。日常生活に支障が出ないように」
「そうか。楽しみだな」
霧也がにやりと笑った。
「俺は普段、ラット抑制剤を飲んでいるんだが、おまえの発情期に合わせて調節するから、後で周期を教えてくれないか」
「は、はい……」
恥ずかしくなるのはなんでなんだろう。
「でも、つがいになったら抑制剤はいらなくなると思います。たぶん、俺にしか反応しなくなると思うので……」
「なるほど。それは助かる」
ヒートに悩まされるオメガと同じように、アルファもラットに悩まされていたことを初めて知った。
日常生活に支障をきたす発情期だけど、俺がヒートになり、霧也がラットになった時のことを思うと、ドキドキが止まらない。
尋常じゃないぐらい気持ちのよかったあの瞬間を、俺はまだ忘れていない。
「アキト」
名を呼ばれ、俺は顔を上げる。
唇を奪われていた。
「んっ……」
優しくついばむようなキスだった。
ついては離れ、離れてはつき。
だんだん頭がぼーっとしてくる。
唇が離れ、霧也が優しくささやいた。
「愛してるよ。永遠に一緒にいよう」
着物ではなく洋服を着せられ、とりあえずここで待機していろということになった。
この先いったいどうなってしまうのかがわからなくて、待っている間ずっと、俺はドキドキしていた。
男物の洋服なんて初めて着た。
俺たちオメガはいつも着物に身を包まれていたから。
ドアが開いた。
霧也がひょっこりと現れる。
「手続き済ませてきたよ」
あっけらかんとしていた。
ぽかんとする俺を促してくる。
「はい、立って。一緒に行くよ。荷物は特にないらしいと聞いたけど、本当にないのかい?」
「……行くって、どこに?」
戸惑う俺に向かって、霧也が笑った。
「どこって、俺の家だよ。今日からおまえは俺と一緒に暮らすんだ」
娼館の外には初めて出た。
遠ざかる娼館を不思議なものでも見るような気持ちで、振り返った。
オメガを身請けするのはとてもお金がかかる。
「あいつら、もっと高値で身請けしてくれる人がいますからとかぬかして、どんどん値段を釣り上げていくんだ。きりがない」
「じゃあ、どうやって」
「オメガのうなじに噛みついて、つがいにしてしまえば賠償金で済む。賠償金のほうが安いんだ」
「……あぁ、それで」
俺は自分のうなじを撫でた。
霧也が苦笑する。
「賭けだったよ。本当にそれでうまくいくのか、俺にもわからなかった」
「うなじを噛まれたオメガは、もういらないものとして処理されるので」
霧也が俺を見た。
「もし、アルファが賠償金を払うのを拒否したら、どうなるんだい?」
「賠償金は法的処置を取ってでも支払ってもらう仕組みだと思います。賠償金を支払って、オメガもいらないとなったら、オメガはどこかに捨てられることになります。どこにどのように捨てられてしまうのかはわかりません。その先のことも俺にはわかりません」
「……そうか」
霧也は手を伸ばし、俺の頭を撫でた。
「俺は捨てないから、安心しろ」
「はい」
俺は嬉しくなって、笑顔で返事をした。
霧也の暮らす家は大きなお屋敷だった。
使用人がたくさん働いている。
こんな世界は初めて見た。
「使用人はオメガですか?」
「いや。ベータだ。間違いがあってはならないから、オメガは雇っていないんだ」
「間違い……」
ヒートのオメガのフェロモンに当てられたアルファはラットになってしまう。
霧也はそれを避けながら生活していたようだ。
こんなお屋敷で暮らすなら、霧也の立場は相当なものだろう。
本当に俺でいいんだろうか。
でも今さらつがいは撤回できないし、撤回されても困る。
「ここが俺とおまえの寝室だ」
お屋敷の中を案内され、着いた先には大きなベッド。
「これからはおまえ以外の誰とも寝ない。もうあの娼館にも行かない。だから、よろしくな」
頬にキスされた。ドキリとして思わず跳ねる。
「は、はいっ。よろしくお願いします……」
少し恥ずかしくなるのはなんでなんだろう。
これまでもさんざん身体を重ねてきているのに。
「つがいになったらもう、ヒートはなくなるのか?」
「いえ。ヒート自体はあるはずです。ただ、むやみやたらとフェロモンを撒き散らさなくなるだけで。あと、たぶん、日数も短くなると思います。日常生活に支障が出ないように」
「そうか。楽しみだな」
霧也がにやりと笑った。
「俺は普段、ラット抑制剤を飲んでいるんだが、おまえの発情期に合わせて調節するから、後で周期を教えてくれないか」
「は、はい……」
恥ずかしくなるのはなんでなんだろう。
「でも、つがいになったら抑制剤はいらなくなると思います。たぶん、俺にしか反応しなくなると思うので……」
「なるほど。それは助かる」
ヒートに悩まされるオメガと同じように、アルファもラットに悩まされていたことを初めて知った。
日常生活に支障をきたす発情期だけど、俺がヒートになり、霧也がラットになった時のことを思うと、ドキドキが止まらない。
尋常じゃないぐらい気持ちのよかったあの瞬間を、俺はまだ忘れていない。
「アキト」
名を呼ばれ、俺は顔を上げる。
唇を奪われていた。
「んっ……」
優しくついばむようなキスだった。
ついては離れ、離れてはつき。
だんだん頭がぼーっとしてくる。
唇が離れ、霧也が優しくささやいた。
「愛してるよ。永遠に一緒にいよう」
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