上 下
8 / 8

第8話 蝶は旅立つ

しおりを挟む
 俺は別室に隔離された。
 着物ではなく洋服を着せられ、とりあえずここで待機していろということになった。
 この先いったいどうなってしまうのかがわからなくて、待っている間ずっと、俺はドキドキしていた。
 男物の洋服なんて初めて着た。
 俺たちオメガはいつも着物に身を包まれていたから。
 ドアが開いた。
 霧也がひょっこりと現れる。
「手続き済ませてきたよ」
 あっけらかんとしていた。
 ぽかんとする俺を促してくる。
「はい、立って。一緒に行くよ。荷物は特にないらしいと聞いたけど、本当にないのかい?」
「……行くって、どこに?」
 戸惑う俺に向かって、霧也が笑った。
「どこって、俺の家だよ。今日からおまえは俺と一緒に暮らすんだ」

 娼館の外には初めて出た。
 遠ざかる娼館を不思議なものでも見るような気持ちで、振り返った。
 オメガを身請けするのはとてもお金がかかる。
「あいつら、もっと高値で身請けしてくれる人がいますからとかぬかして、どんどん値段を釣り上げていくんだ。きりがない」
「じゃあ、どうやって」
「オメガのうなじに噛みついて、つがいにしてしまえば賠償金で済む。賠償金のほうが安いんだ」
「……あぁ、それで」
 俺は自分のうなじを撫でた。
 霧也が苦笑する。
「賭けだったよ。本当にそれでうまくいくのか、俺にもわからなかった」
「うなじを噛まれたオメガは、もういらないものとして処理されるので」
 霧也が俺を見た。
「もし、アルファが賠償金を払うのを拒否したら、どうなるんだい?」
「賠償金は法的処置を取ってでも支払ってもらう仕組みだと思います。賠償金を支払って、オメガもいらないとなったら、オメガはどこかに捨てられることになります。どこにどのように捨てられてしまうのかはわかりません。その先のことも俺にはわかりません」
「……そうか」
 霧也は手を伸ばし、俺の頭を撫でた。
「俺は捨てないから、安心しろ」
「はい」
 俺は嬉しくなって、笑顔で返事をした。

 霧也の暮らす家は大きなお屋敷だった。
 使用人がたくさん働いている。
 こんな世界は初めて見た。
「使用人はオメガですか?」
「いや。ベータだ。間違いがあってはならないから、オメガは雇っていないんだ」
「間違い……」
 ヒートのオメガのフェロモンに当てられたアルファはラットになってしまう。
 霧也はそれを避けながら生活していたようだ。
 こんなお屋敷で暮らすなら、霧也の立場は相当なものだろう。
 本当に俺でいいんだろうか。
 でも今さらつがいは撤回できないし、撤回されても困る。
「ここが俺とおまえの寝室だ」
 お屋敷の中を案内され、着いた先には大きなベッド。
「これからはおまえ以外の誰とも寝ない。もうあの娼館にも行かない。だから、よろしくな」
 頬にキスされた。ドキリとして思わず跳ねる。
「は、はいっ。よろしくお願いします……」
 少し恥ずかしくなるのはなんでなんだろう。
 これまでもさんざん身体を重ねてきているのに。
「つがいになったらもう、ヒートはなくなるのか?」
「いえ。ヒート自体はあるはずです。ただ、むやみやたらとフェロモンを撒き散らさなくなるだけで。あと、たぶん、日数も短くなると思います。日常生活に支障が出ないように」
「そうか。楽しみだな」
 霧也がにやりと笑った。
「俺は普段、ラット抑制剤を飲んでいるんだが、おまえの発情期に合わせて調節するから、後で周期を教えてくれないか」
「は、はい……」
 恥ずかしくなるのはなんでなんだろう。
「でも、つがいになったら抑制剤はいらなくなると思います。たぶん、俺にしか反応しなくなると思うので……」
「なるほど。それは助かる」
 ヒートに悩まされるオメガと同じように、アルファもラットに悩まされていたことを初めて知った。
 日常生活に支障をきたす発情期だけど、俺がヒートになり、霧也がラットになった時のことを思うと、ドキドキが止まらない。
 尋常じゃないぐらい気持ちのよかったあの瞬間を、俺はまだ忘れていない。
「アキト」
 名を呼ばれ、俺は顔を上げる。
 唇を奪われていた。
「んっ……」
 優しくついばむようなキスだった。
 ついては離れ、離れてはつき。
 だんだん頭がぼーっとしてくる。
 唇が離れ、霧也が優しくささやいた。
「愛してるよ。永遠に一緒にいよう」
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

処理中です...