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第2話 蝶は出会う

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 彼はやばい客だった。
 顔はとてもいい。物腰も柔らかく、紳士で、言葉遣いも丁寧。
 だけど、限界を知らないような濃厚なセックスをする。
 おかげで何度も死にそうになった。

 初めて会った時、素敵な客だと思った。

 俺たちオメガはみんな夢を見る。
 いつか素敵なアルファに身請けされる夢を。
 この人ならいいのにと夢を見る。

 だいたいは夢やぶれる。
 この人ならいいのにと思った人は、身請けしてはくれない。
 金持ちだけど、じいさんだとか。
 金持ちだけど、ぶおとこだとか。
 金持ちだけど、変態だとか。
 相手が不特定多数じゃなくなっただけ、場所が娼館じゃなくなっただけ。
 それが普通。それが当たり前。
 俺たちは夢を見てはいけない。

霧也キリヤ艶羅ツヤラ霧也キリヤ。俺の名だ」
 自ら名乗る客は珍しい。
「アキトくんだね。指名させてもらった」
 霧也と名乗る若い男は、俺の背中を人差し指でつんつんしてから、つーっと腰までなぞってきた。
 その触り方はざわざわする。
 耐えながら俺は振り返った。
「脱ぎますか。それとも脱がせたいですか」
「キミのお好みは?」
「…………」
 俺の好みなんてものはない。
 俺は客の要望に応えるだけだ。
「……どちらでも」
「俺は脱がせるほうが好きだ」
 霧也はにやりと笑った。
 俺たちはなぜか洋服ではなく、着物を着せられている。
 鮮やかな蝶のような、派手な着物を着せられている。
 脱がせる醍醐味があるということらしい。
 胸元に霧也の手が滑り込む。
 平らな胸を手のひらで撫でられる。
 首筋に口づけられる。
「……今は、ヒートじゃないんだな」
「先月ヒートでした」
「では、ふた月後にまた来よう」
 どの男もヒートのオメガを好む。
 ラットを解放したい者が多いのだ。
 すべてを忘れ、本能を解放し、ケモノのように交わりたい男が多いのだ。
 俺はベッドの上に、うつ伏せに沈み込む。
 半端に脱がされた着物。その背中に霧也が口づけた。
 うなじの近くに口があると、内心でひやりとする。
 いつか噛まれるのではないかという不安にかられる。
 チョーカーは首を守ってくれるが、完璧じゃない。
 霧也の唇も、背中だけじゃなく、肩に、首筋にと、あちこちを滑る。
「いつからこの仕事を?」
「覚えてないです。ものごころついた頃にはもうここにいました」
「それはけしからんな。おさな子は違法だぞ」
「ここは守られているようで、無法地帯です。客が望めば、たいていのことは許されます。本当にダメなのは、感染する病気を持ち込むことと、うなじを噛むことだけです」
「……興奮する客にうなじを噛まれたことは?」
「まだないです。あったら俺はもうここにはいないでしょう」
「よく無事だったな。俺は今すぐ噛みたいよ」
 それはどういう意味だろう?
 俺をつがいにしたいという意味なのか、ただ気まぐれに噛んでみたいだけなのか。
 霧也は背中を好む男らしい。
 中途半端に着物を纏わせた状態の俺を四つん這いにさせ、背後から回り込ませた両手で乳首をいじりながら、背中にばかりキスをする。
「んっ……ふっ……」
 霧也の指は巧みで、乳首のいじりかたがうまかった。
 親指と人差し指で優しく突起をつまむと、緩くねじったり、引っ張ったり、こねたりする。左右同時にそうされるとたまらなかった。
 自然と下腹部に熱が集まる。
 そこも触ってほしい。
 そんな欲求が頭をもたげた。
 好みの男が客に来ることは珍しい。
 たいていは仕事と割り切って抱かれている。
 だけど今は何かが違った。
 着物の裾がはだけ、霧也の手でめくりあげられる。
 帯はもうだいぶ緩んでいたが、どけることはしない。
 着物をめくりあげられてしまったので、尻が剥き出しになった。
 俺たちは着物を着ている時、下着ははかない。
「手入れが行き届いているな」
 霧也の手のひらが、俺の尻を撫でた。
「オメガはヒートじゃなくても濡れるのかい?」
「……濡れ、ます……っ」
 性行為に及ぶ時、オメガの尻は自然と濡れる。
 身体がなにかを感じ取ったように、勝手に濡れはじめる。
 霧也だってオメガを初めて抱くわけではないだろうに、どうしてそんなことを聞くのだろう。
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