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後談 夢の跡の後始末
十五、父の真相
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「丑の刻参りというものをご存じですか?」
天津良夜の唐突な質問に、藤花は内心首を傾げた。
藤花達は、現在、市内の病院にいる。
怪我こそなかったものの、念のためにと藤花は入院しているのだ。
しかも、それなりに広い個室・・・・・・お値段のことは考えたくない。
天津家当主が刺されたという『誤報』から、それはもう大変であった。
正確には、『刺された』のではなくて、いきなり負傷したということらしい。
場所は、商店街の中のあるお店。
厳めしい顔つきで簪を手にしていた天津家当主が、胸から血を流したらしい。
近くにいた店主や客に凶器を持つ者はいなかったし、天津家当主という立場の為、何かしらの術の行使を疑われた。
しかし、彼にそのような深手を負わせられる術者などそうおらず、しかも当主の方は『撫子は無事か』と繰り返すばかりで話にならない。
そのような場面に呼ばれた良夜は、父親を一旦天津家本邸に連れ帰り、医者を呼んで手当てさせたらしい。
『今は母上の部屋に寝かせてるんですけどね、あの方も凄く嫌そうな顔をしていましたよ』
そう言った良夜の顔には、悪い笑みが浮かんでいたが・・・・・・恨みとか疲労とか色々蓄積された上での行動なので、藤花には何も言えない。
憎悪に近しい感情を夫に抱いていた雛菊であったが、仕方ないといった様子で当主の世話をしているとのこと。
そして、色々始末してきた良夜は、藤花のいる病院を訪ねてきた。
藤花の怪我を確認し、両親の顛末を報告してから、そんな質問を投げかけてきたのである。
藤花は室内をぐるりと見渡す。
ずっと藤花に付き添っていた撫子は、兄が来ても気にすることなく藤花の手を握り続けているし。
天津家との連絡調整や藤花の入院の手配で疲れ切っていた桐矢は、壁に背を預けて座り込んでいる。
そんな二人は、良夜の問いに答えられる状況ではないので、藤花が反応するしかなかった。
「あの・・・・・・藁人形に髪の毛とか入れて、かんかんするやつ」
「そう、かんかんするやつです」
藤花もよく分かっていないので、ふんわりした回答になってしまったが、良夜もふんわり答えてくれた。
「憎い相手を藁人形に見立て、呪い殺すという儀式・・・・・・方法は諸説あるのですが、今はどうでもいいです」
そう言うと、良夜は寝台の傍にある机に乗せられていた物を手に取った。
今はもう見る影もない、撫子の扇子である。
「どうやら、父上はそれを応用したらしく・・・・・・」
そう呟きながら、扇子をまじまじと見つめる良夜の視線が、ある一点で止まる。
「ああ、これですね」
彼が摘んだのは、飾り紐の一房。
「ここに、父上の髪が混ざってまず」
「え、気持ち悪・・・・・・」
『自分の髪を混ぜた呪いの品を娘に持たせるお父さん』
その字面だけで気持ち悪くて、思わず心の声が出た。
仮にも、此処にいる三人の実の親。
紅鏡が『口を慎んでやれ』と呟いたが、良夜も『気持ち悪いですね』と爽やかな笑みで返していた。
「まあ、その気持ち悪さに、藤花さんが助けられたのも事実です」
良夜の言葉に、その場にいた桐矢と撫子がぴくりと反応する。
「父上は、この扇子を通して、持ち主が受けた怪我や病を引き受けていたようです」
「え?」
「兄貴、どういうことだ?」
弟妹達の胡乱気な視線を受け止めつつ、良夜は困ったように微笑む。
「葵さんが、撫子の生活を知った頃に、『よく生きていたな』と言ったことがあります・・・・・・それだけ、撫子は過酷な環境に置かれていたのでしょう」
母親に霊力を吸い取られる呪いを掛けられ、『穢れを祓う為』と十年に渡って粗末な食事を受け続けていたのだ。
確かに、命を落としてもおかしくはなかった・・・・・・その事実を思い出す度に、雛菊への怒りが募る。
「しかし、撫子は衰弱しても病気一つしなかった・・・・・・その理由が、これのようです」
良夜が掲げるのは、件の扇子。
「父上がようやく話してくれましたよ・・・・・・あの方は、撫子が産まれた時には呪いに気付いていたそうです」
「えっ」
それなら、どうして撫子を放置したのか・・・・・・事実を聞いても、当主への不信感は増すばかり。
「それが母上が掛けたものだと気付かなかったのは・・・・・・惚れた弱みからでしょうねぇ・・・・・・」
良夜の苦笑を見るに、彼も呆れている様子。
「原因は分からないが、撫子の命が危ぶまれる呪いに掛けられている・・・・・・それに気付いた父上は、まず撫子の命を守るために気持ちわ・・・・・・呪いの・・・・・・この扇子を与えた」
良夜も言葉を選ぼうと苦心しているのが伝わるが、呪具の扱いで問題ないと藤花は思う。
「あの父上は、撫子の病や呪いを一部肩代わりしながら、呪いを解くべく全国の寺社を巡っていたそうです」
「お父様が、そんなこと・・・・・・」
真実を聞かされた撫子も、唖然とした表情を見せている。
流石に素直に受け入れられないだろう。
「父上のことを許せ、とは言いませんし・・・・・・私も許すつもりは無いのですが」
良夜は大きく溜め息を吐いた。
「色々な偶然が重なり、藤花さんが扇子を持っている時に受けた負傷を、父上が肩代わりした・・・・・・それだけは事実なので、感謝しなきゃいけないんですけどねぇ」
「成程ねぇ・・・・・・成程?」
どうやら、水無月朱代の凶刃を、天津家当主が肩代わりしてくれた形になるらしい。
・・・・・・本人にその意図は全くないのだろうけど。
お嬢様を守ったつもりが、当主を傷付けた・・・・・・使用人としてあるまじき失態ではなかろうか。
そんな藤花の心配を余所に、天津家の面々は微妙な表情を見せている。
三人共が、何かすっきりとしない様子で――
「分かってたんなら、最初から全部言っておけよ・・・・・・」
(それはそう。本当にそう)
力なく呟かれた桐矢の言葉に、藤花は深く同意した。
天津良夜の唐突な質問に、藤花は内心首を傾げた。
藤花達は、現在、市内の病院にいる。
怪我こそなかったものの、念のためにと藤花は入院しているのだ。
しかも、それなりに広い個室・・・・・・お値段のことは考えたくない。
天津家当主が刺されたという『誤報』から、それはもう大変であった。
正確には、『刺された』のではなくて、いきなり負傷したということらしい。
場所は、商店街の中のあるお店。
厳めしい顔つきで簪を手にしていた天津家当主が、胸から血を流したらしい。
近くにいた店主や客に凶器を持つ者はいなかったし、天津家当主という立場の為、何かしらの術の行使を疑われた。
しかし、彼にそのような深手を負わせられる術者などそうおらず、しかも当主の方は『撫子は無事か』と繰り返すばかりで話にならない。
そのような場面に呼ばれた良夜は、父親を一旦天津家本邸に連れ帰り、医者を呼んで手当てさせたらしい。
『今は母上の部屋に寝かせてるんですけどね、あの方も凄く嫌そうな顔をしていましたよ』
そう言った良夜の顔には、悪い笑みが浮かんでいたが・・・・・・恨みとか疲労とか色々蓄積された上での行動なので、藤花には何も言えない。
憎悪に近しい感情を夫に抱いていた雛菊であったが、仕方ないといった様子で当主の世話をしているとのこと。
そして、色々始末してきた良夜は、藤花のいる病院を訪ねてきた。
藤花の怪我を確認し、両親の顛末を報告してから、そんな質問を投げかけてきたのである。
藤花は室内をぐるりと見渡す。
ずっと藤花に付き添っていた撫子は、兄が来ても気にすることなく藤花の手を握り続けているし。
天津家との連絡調整や藤花の入院の手配で疲れ切っていた桐矢は、壁に背を預けて座り込んでいる。
そんな二人は、良夜の問いに答えられる状況ではないので、藤花が反応するしかなかった。
「あの・・・・・・藁人形に髪の毛とか入れて、かんかんするやつ」
「そう、かんかんするやつです」
藤花もよく分かっていないので、ふんわりした回答になってしまったが、良夜もふんわり答えてくれた。
「憎い相手を藁人形に見立て、呪い殺すという儀式・・・・・・方法は諸説あるのですが、今はどうでもいいです」
そう言うと、良夜は寝台の傍にある机に乗せられていた物を手に取った。
今はもう見る影もない、撫子の扇子である。
「どうやら、父上はそれを応用したらしく・・・・・・」
そう呟きながら、扇子をまじまじと見つめる良夜の視線が、ある一点で止まる。
「ああ、これですね」
彼が摘んだのは、飾り紐の一房。
「ここに、父上の髪が混ざってまず」
「え、気持ち悪・・・・・・」
『自分の髪を混ぜた呪いの品を娘に持たせるお父さん』
その字面だけで気持ち悪くて、思わず心の声が出た。
仮にも、此処にいる三人の実の親。
紅鏡が『口を慎んでやれ』と呟いたが、良夜も『気持ち悪いですね』と爽やかな笑みで返していた。
「まあ、その気持ち悪さに、藤花さんが助けられたのも事実です」
良夜の言葉に、その場にいた桐矢と撫子がぴくりと反応する。
「父上は、この扇子を通して、持ち主が受けた怪我や病を引き受けていたようです」
「え?」
「兄貴、どういうことだ?」
弟妹達の胡乱気な視線を受け止めつつ、良夜は困ったように微笑む。
「葵さんが、撫子の生活を知った頃に、『よく生きていたな』と言ったことがあります・・・・・・それだけ、撫子は過酷な環境に置かれていたのでしょう」
母親に霊力を吸い取られる呪いを掛けられ、『穢れを祓う為』と十年に渡って粗末な食事を受け続けていたのだ。
確かに、命を落としてもおかしくはなかった・・・・・・その事実を思い出す度に、雛菊への怒りが募る。
「しかし、撫子は衰弱しても病気一つしなかった・・・・・・その理由が、これのようです」
良夜が掲げるのは、件の扇子。
「父上がようやく話してくれましたよ・・・・・・あの方は、撫子が産まれた時には呪いに気付いていたそうです」
「えっ」
それなら、どうして撫子を放置したのか・・・・・・事実を聞いても、当主への不信感は増すばかり。
「それが母上が掛けたものだと気付かなかったのは・・・・・・惚れた弱みからでしょうねぇ・・・・・・」
良夜の苦笑を見るに、彼も呆れている様子。
「原因は分からないが、撫子の命が危ぶまれる呪いに掛けられている・・・・・・それに気付いた父上は、まず撫子の命を守るために気持ちわ・・・・・・呪いの・・・・・・この扇子を与えた」
良夜も言葉を選ぼうと苦心しているのが伝わるが、呪具の扱いで問題ないと藤花は思う。
「あの父上は、撫子の病や呪いを一部肩代わりしながら、呪いを解くべく全国の寺社を巡っていたそうです」
「お父様が、そんなこと・・・・・・」
真実を聞かされた撫子も、唖然とした表情を見せている。
流石に素直に受け入れられないだろう。
「父上のことを許せ、とは言いませんし・・・・・・私も許すつもりは無いのですが」
良夜は大きく溜め息を吐いた。
「色々な偶然が重なり、藤花さんが扇子を持っている時に受けた負傷を、父上が肩代わりした・・・・・・それだけは事実なので、感謝しなきゃいけないんですけどねぇ」
「成程ねぇ・・・・・・成程?」
どうやら、水無月朱代の凶刃を、天津家当主が肩代わりしてくれた形になるらしい。
・・・・・・本人にその意図は全くないのだろうけど。
お嬢様を守ったつもりが、当主を傷付けた・・・・・・使用人としてあるまじき失態ではなかろうか。
そんな藤花の心配を余所に、天津家の面々は微妙な表情を見せている。
三人共が、何かすっきりとしない様子で――
「分かってたんなら、最初から全部言っておけよ・・・・・・」
(それはそう。本当にそう)
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