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後談 夢の跡の後始末

十三、燃え上がる憎悪

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「うちの孫達がすまんかったなぁ」
 目の前に座るのは、厚い半纏を纏った小柄な老婆。

(危篤状態って噂されていたのは、嘘だったのかしら・・・・・・)
 以前と変わらぬ佇まいを見せる水無月家当主を観察しながら、藤花は内心驚いていた。
 ぴんと伸びた背筋や鋭い眼差しに、弱々しさは感じられない。
 当の本人は『性質の悪い呪いにかかってのぅ』と笑い飛ばしているから、本当に死の淵から復活を遂げたのかもしれないが。


 天津家の使用人が血相を変えて飛び込んできたのは、水無月家当主の来訪を知らせるためだった。
 渦中の人物の登場に、藤花を始め、その場にいた面々は驚いた。
 そして、この邸宅は小さいので、居間で人を寝かすと、当主を招き入れる部屋もない。

 仕方がないので、寝込んでいる少女はそのままにして、撫子の私室を使う運びとなってしまった。
 当主は従者達を外に待機させ、桐矢、撫子、藤花の四人で輪になる・・・・・・それだけで、部屋が狭い。


「まさか、倅達がここまで拗れていたとはなぁ・・・・・・」
 緑茶片手にぽつりと呟く水無月家当主の声には、どこか寂しさを感じた。


 水無月の家系は、女子に霊力が高い者が産まれる傾向にあるらしい。
 当主の長男や次男より、長女や孫娘達の方が術者として名を上げているとのこと。
 次男の方は『仕方がない』と割り切っていたが、長男の方は色々と鬱屈した思いを抱えていたらしく、それが此度の騒動に繋がった――と、水無月家当主は溜め息交じりに語る。

 長男には子が二人。
 名を元成と朱代という。
 朱代の方は幼い頃から優れた霊力を持ち、当主らも目に掛けていた。
 だが、それを父と兄は気に入らず、見えぬ所で朱代を虐げていたらしい。
 朱代の母――つまり、水無月家当主長男の嫁は早逝しており、朱代は後ろ盾を求めてある令嬢に取り入った。
 その令嬢こそが、天津芙蓉・・・・・・式神を従え、天津家でも重要視されていた頃。

 力ある令嬢の取り巻きとなることで、朱代は父達から甚振られる事無く平穏を得られたらしい。
 しかし、芙蓉が春に問題を起こし取り巻きも含めて叱責を受けたことや、芙蓉が天津家から放逐されたことで朱代も立場を失ったらしい。
 これ幸いと父や兄は朱代に暴力を振るい、彼女は半死半生にまで追い込まれた――

(芙蓉様ってそこまで影響力が・・・・・・)
 水無月家の当主から真相を聞かされると、何ともやりきれない気持ち。
「うちの馬鹿も関係していたとはなぁ・・・・・・」
 桐矢は脱力したように肩を落としている。


「術者の家系は、霊力を重視する・・・・・・儂も長女や孫娘達には色々と手ほどきしておった。それでも、息子達のことを蔑ろにしていたつもりは無かったんだがなぁ」

 水無月家では、当主の次に長女が発言権を得ていたが、それを快く思っていなかったのが長男と、次男の嫁だったらしい。
 積もりに積もった不満や蟠りが、此度の騒動に繋がったと当主は嘆いていた。
 低く見られていた、と日々感じていた次男の嫁が義母に呪いを掛けて謀殺しようと目論んだことが、切っ掛けだったらしい。
 当主の手当てに奔走する長女や次男を余所に、長男親子は自分達の地位を確立すべく、優れた婚約者――すなわち撫子の獲得に乗り出したらしい。

 放置していた朱代を利用し、強引に婚約を迫る――そのような手段がまかり通るわけではないので、彼等は水無月家内で罰を待っているとのこと。


「許してくれとは言わん。それ相応の賠償も払うでな」

 身内のことに心を砕きたいのに、他家との折衝までこなさなければならないのは、当主の辛い所なのだろう。
 気落ちした老婆を前に、藤花は何も言えなかった。

 撫子を甚振ったことのある少女、言いたいことが無いわけでもない。
 しかし、あそこまで傷付いた姿を見ては、どのようにも言えない。
(水無月家に何か言えるのは、撫子様の方だし)
 そんな気持ちで主人の方を見るが。

「全て、当主の・・・・・・代行である兄達に任せます」
 撫子は、感情を出さずに、そう答えるだけだった。


『詳しい話は大人同士で』と、藤花達は部屋を出された。
 ・・・・・・撫子の部屋なのに。

「・・・・・・どうすればいいか分からないの」
 自室を出て数歩、廊下を歩く途中で撫子は呟いた。
「あの子達のことは好きになれないけど、あんな目に合って欲しかったわけじゃないし・・・・・・あの子も、必死だったんだって知っちゃったし・・・・・・」

 そんな撫子を慰めるように、藤花はそっと頭を撫でた。
 撫子はまだ十歳の少女であるし、術者の世界に足を入れたばかり。
 色々な柵など、これから学んで行けばいいのだから。

「私は居間に行きますけど、お嬢様は台所でお茶でも――」

 朱代の顔を見るのも辛いだろうと、藤花は撫子を台所に送るつもりだった。
 だから、その台所の扉を開けて、件の少女が顔を出すなんて予想していなかったし。
 彼女が、憎悪に満ちた顔で此方を見ているなんて、予想もしていなかった。

「あんた達の所為で・・・・・・」
「ひっ」
 思わず顔を背けたくなるような形相であった。
 撫子は藤花の腰にしがみ付き、朱代の顔を見ないようにしている。

 そんな此方の様子など気にも留めず、朱代は両手を翳す。
 目も眩むほどの強い光は、彼女の怒りを表すような紅蓮の色。
 その光にも負けぬ輝きを帯びた炎は、藤花達を包み込んだ。

「下らんことをっ」
 すかさず紅鏡が炎の中に飛び込むと、何事も無かったかのようにそれは消えた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「・・・・・・うん」
 皮膚に少しちりつくような熱さは感じたし、狭い廊下も少し焦げた跡は残るが、撫子に怪我が無さそうなので、一先ずは安心した。

「どうした!?」
「朱代、何をしておる!?」
 騒ぎが聞こえたらしく、撫子の部屋から二人が出てくる物音も聞こえる。

「あんた達がいたから、みんな・・・・・・なくなっちゃったじゃない」
 朱代の方は周囲の声も聞かず、ただ、此方を見つめながら『あんた達が』と呟き続けている。
 彼女の事情は与り知らぬが、芙蓉の後ろ盾を無くしたことで、辛い目に合ったことは想像できる。
 朱代が手を振りかざすと、再び藤花達は炎に囲まれた。

「無駄だ」
 紅鏡に何度も術を消されようと、それに負けず朱代は何度でも術を放ってくる。

「あんた達がいなければ・・・・・・」
「っ」
 彼女の手元に、炎や霊力とは異なる白い輝きを見つけ、藤花は息を呑んだ。
(まさか)
 どうして朱代が台所から出て来たのか――その答えを察したが、撫子にしがみ付かれて身動きが取れない。

 絶えず迫る炎や、絶望の色が見える朱代の表情・・・・・・色々考えてしまって。
(仕方ない、かな)
 多少の犠牲もやむなし――それが、自分の使命だと、腹を括った。

「紅鏡、撫子様を絶対に守って」
 藤花の言葉に、紅鏡はぴくりと反応する。
「おんし、急にどうし――」
 飼い主の行動が予測できなかったのだろう、飼い猫は動きを止めた。
 あんぐりと口を開いた顔は、その場に似つかわしくなくて、つい笑ってしまいそうになった。

(撫子様、お許しください)
 腰にしがみ付いていた撫子の手を振りほどき、突き飛ばした。
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