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後談 夢の跡の後始末

十二、甘えと覚悟

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『早起きは三文の徳』という言葉がある。
 鹿と共に生きるこの土地ならではの逸話もあり、藤花も幼い頃から親に聞かされてきた。

 ・・・・・・そんなことをふと思い出したのは、ある日の朝。
 掃除をするために門扉を開けた所、人間が倒れていたからだ。


「・・・・・・それで、お前は中に入れちまったと」
「・・・・・・はい」

 その日の昼過ぎ、藤花は身を竦めて座していた。
 対面するのは、眉間に皺を寄せた天津桐矢。
 腕を組み、此方を見下ろす姿には、いつも以上の迫力を感じる。


 倒れている人間――撫子とさして歳の変わらぬ少女を見つけてからは、あっという間に時間が過ぎていた。
 息をしているか藤花が声を掛けていると、撫子が起床して。
 彼女の『助けてあげて』という言葉もあり、白星と引き摺るようにして少女を邸宅へと連れ込んだ。

 少女は全身に打ち身や切り傷があったが、命に別状は無い様子。
『あの時の火の娘か』という紅鏡の呟きで、彼女の身元を思い出した。
 芙蓉の取り巻きだった『背景』の一人、水無月家当主の孫である。

 そんな彼女がどうして――と悩んでいる所に、桐矢が飛び込んできたのだ。
 ・・・・・・片手に、水無月家からの書状を持って。

 書状は、水無月家直系の令嬢を拐かしたと此方を非難する内容だった。
 令嬢の身柄と、主犯の撫子を引き渡すように要求しているらしい。


「面倒なことしやがって・・・・・・」
 地を這うような重苦しい声を聞いたのは、いつ以来か――
 色々な結果を鑑みるに、藤花に使用人としての自覚が欠けていたということなので、黙って叱責を受け入れるしかない。

「あ、あの、お兄様・・・・・・私がお願いしたから・・・・・・」
 撫子の執り成しが、ただただ心苦しい。
 妹の縋るような視線を受けて、桐矢は深く溜め息を吐いた。


 書状の送り主は、水無月家当主の孫――長男の息子であり、藤花の介抱した少女は妹に当たるらしい。
 長男の息子は、以前に雛菊が示していた後継者候補の一角・・・・・・水無月家の御家騒動に、本格的に巻き込まれた形となる。

 聞けば、長男の息子――名を元成というらしいが、年は十六ぐらい。
 以前に撫子へ婚約の打診を申し出てきたことがあるらしい。
 そんな彼が、撫子の身柄を要求するということは、これを機に縁談を纏めてしまおうという思惑があるのだろう。

(それにしても、実の妹に、あんなこと・・・・・・)
 藤花が見るに、件の少女は、本当に負傷していた。
 元成という男が当主の地位にどの程度固執しているかは分からぬが、身内を傷付けてまで狙うものなのか。


「とにかく、撫子様を、そのような輩にお渡しするわけにはいきません」
「お、おう」
 藤花の脳内では、既に、暴力的で野心的な男が構成されている。
 そんな男が、撫子をどのように扱うのか・・・・・・想像したくもない。
 決意を持った藤花の迫力に、桐矢は若干気圧された様子であった。

「私が咎を受けます」
 そう言うと、藤花は手のひらを差し出した。
「な、何をする気だ?」
 藤花の手を見て、金をせびられたかのような表情を見せる桐矢・・・・・・心外である。
「刀下さい、刀」
 桐矢の術は、金属の生成らしい。
 霊力を以て短刀を生み出した姿を見たことがある。

「私が腹を切ります」
「藤花っ」
「馬鹿なこと言うな!」
 撫子の叫びと、桐矢の怒声が重なる。
「俺の術で、そんなことできるか」
 手のひらを強く叩かれた。

「撫子様を守るのが、私の務めですから」
 藤花には、意志を曲げる気は無い。
 主をよからぬ輩に渡すぐらいなら、自分が責を負う方が早いと判断しただけだ。
 何なら、台所から包丁を持って来てもいいぐらい。

「藤花、そんなこと言わないで」
「大丈夫ですよ、撫子様」
 自分に抱き着いて来た撫子を落ち着かせるように、頬を撫でる。
「腹を切ろうとしたのは初めてではないですから」
 あれは、婚約者の裏切りを知り、自分の不甲斐なさや無力さを感じた時――
 亡き両親に申し訳が立たなくて、自死を選ぼうとしたのだ。
 生き延びた自分は、両親に恥じぬ生き方をしなくてはならない。
 使える主を不幸にするなど、以ての外。

「何が大丈夫なんだよ・・・・・・」
 清々しい笑顔を浮かべる藤花に、桐矢と撫子は唖然としている。
「おんしは変わらんな・・・・・・」
 紅鏡は抗議のつもりなのか、藤花の足を尻尾で何度も叩いていた。


「桐矢様、おられますか!?」
 勢いよく扉を叩く音と、叫ぶ声――どうやら、天津家の使用人が表に来ているらしい。
 普段、撫子に遠慮してか門扉を越える者はいないので、このような訪問は珍しい。
 その声色には焦りが感じられる。
「また何かあったのかよ・・・・・・」
(また、水無月家からのお便りかしら・・・・・・)
 頭を抱える桐矢を見ていると、本当に申し訳なさしかない。

「桐矢様、大変です!」
 出てこない桐矢にしびれを切らしたのか、邸宅の扉を開けて使用人が入って来た。
 このような行動は、本当に珍しいので、よほど火急の用事があるというのか――藤花と撫子は顔を見合わせていた。

「み、水無月の当主様が――」
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