清く、正しく、たくましく~没落令嬢、出涸らしの姫をお守りします~

宮藤寧々

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後談 夢の跡の後始末

十一、<閑話>足りなかったもの

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 それは、一目惚れから始まった――


 縹雛菊と出会った時のことを、天津隼人は今でも覚えている。

 彼岸花咲く季節、ある土地の浄化に赴いた隼人は、一人の術者に目を奪われた。
 静かに佇み術を揮う姿、自分に向けられた微笑み・・・・・・初めて、女性に心惹かれた瞬間だった。

 雛菊は縹家が大事にしている令嬢であったが、無理を通して嫁に迎え入れることができた。
 それからは屋敷の中で不自由なく暮らしてもらうよう尽力し、隼人は当主としての執務に勤しんだ。
 自分は口下手で、雛菊も物静かな女性であったが、夫婦として愛を育んできたと隼人は思っている。

 四人の子に恵まれ、将来も安泰・・・・・・と思っていたが、末子の誕生で彼の人生は一変した。
 生まれたばかりの撫子を一目見て、彼は『あること』に気付き・・・・・・問題を解決すべく家を出た。


「帰ってきたら、雛菊と青柳が不貞していたと言われて」
「ふーん」
「芙蓉が私の子じゃないとか、雛菊が撫子を呪っていたとか・・・・・・信じられなかったんだ」
「ふーん」
「それで、高鴨藤花とかいう娘が、雛菊を陥れたと思っていたのに・・・・・・」
「へーえ」

 一体、自分は何を見せられているのか――
 天津良夜は、目の前の光景に目眩を起こしそうであった。

 跪く青柳の前に腰を下ろし、些か気落ちした様子で心情を語る父。
 背を丸めた姿は、いつもより小さく見えた。
 そんな彼の独白に相槌を打つのは、二人の間に立つ芙蓉であった。
 芙蓉を守ろうとしていた青柳より前に出て――彼女なりに、実の父を庇う気持ちがあったのかもしれない。
 当の青柳は、渋い顔をして二人のやり取りを見ているのだが。

「お母様は何て言ってたのよ?」
「何も」
「はあ?」
「本邸に戻った時、田村達から話を聞いたが、信じられなかった。奥に軟禁されていた雛菊に、『私に任せろ』とは言った」
「・・・・・・それで、おっさんは何してたの?」
「高鴨藤花が撫子を呪った証拠を探していた・・・・・・でも、見つからなかった。撫子にも何であんなに嫌われているのか・・・・・・」
「馬鹿じゃないの?」

 良夜の記憶に残る父の姿は、厳格で、寡黙で、他者の意見など寄せ付けぬような印象があった。
 身内や使用人達と会話らしいものを交わしていた覚えがない。
 そんな彼と芙蓉が言葉を交わす光景は、中々に異質であった。
 しかし、天津家当主の方は、芙蓉の物言いに気分を害した様子は見られない。


「お母様、凄かったわよ・・・・・・恨みとか色々。『術者を産む道具にされた』とか言っちゃって」
「そんなつもりは無い!」
 咆哮の如き響く大声に、芙蓉が目を見開く。
「私は雛菊を愛していたのに・・・・・・どうして、そんなことを言われるんだ」
「知らないわよ」
 感情を振り乱す当主の姿に、彼を知る者は唖然としていたが、芙蓉だけは平然としている。
 先入観が無い分、『ただの変なおっさん』という扱いらしい。

「『愛していたのに』とか思っていても、伝わらなかったら愛してないのと一緒よ。なんで当事者同士で話し合わないのよ面倒臭い」
「そ、そうか・・・・・・」
 芙蓉を見上げる当主の顔は、なにか眩しいものを見るようで。
 彼に必要だったのは、こうして忌憚なく意見を言える人間だったのか・・・・・・と、良夜は内心感動していた。
(それが芙蓉だというのも、何だか複雑ですが・・・・・・)

「こんなに賢いし、雛菊に似てるのに・・・・・・私の血が入ってないのか・・・・・・」
 当主の悲しそうな呟きに、青柳が再び頭を地面に擦り付ける。

「と、とにかく、父上」
 身内としての義務もあり、この場を治めるべく良夜は声を掛けた。
「貴方は、周りの話を聞いて、よく考えてください」
「・・・・・・そうだな」
 此方の声に、当主は素直に頷いた。
 立ち上がり――何故か青柳の肩を掴む。
「まずはお前からだ」
「え?」
 土塗れになった顔は、些か血の気が引いている。
「私に思う所があるだろう。話を聞かせてくれ」
「え?」
 引っ張られるようにして立ち上がった青柳は、救けを求めるように周囲を見渡すが――
 図らずして、全員が片手を振っていた。
『当事者で解決して』という総意である。

「酒でも飲もう・・・・・・良夜、お前もどうだ?」
「いえ、体に障りますので」
 霜凪家で晩酌に付き合うこともあり、良夜も飲めなくはない。
 断るための方便に、父は少し残念そうな素振りを見せると、青柳を引き摺って去って行った。

 人ならざるものが見える目と、思い通りに動かない体で産まれ、大抵のことは受け入れてきた良夜ではあるが。
 自分の父親と母親を寝取った男が酒を飲み交わす場面など、変な笑いしか出てこない。


(・・・・・・それにしても)
 二人の背を見送りつつ、良夜は思う。
 天津家当主が妻や子を愛していたと言うなら、十年前に、なぜ撫子を見て姿を消したのか――それだけが、疑問であった。
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