清く、正しく、たくましく~没落令嬢、出涸らしの姫をお守りします~

宮藤寧々

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第四章 闇を祓う輝き

十一、これからも貴女の幸せを(終)

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「お父様、お母様、お久し振りです」
 跪き、目を閉じて、愛する両親へと語り掛ける。


 色々なことに決着がついたと思った藤花は、久方振りに高鴨家の墓へ参っていた。
「あれから、色々・・・・・・本当に色々ありました」
 本当に、色々あり過ぎた――これまでのことを思い出し、大きく溜め息を吐いた。


 騒動を起こした雛菊、騒動の切っ掛けでもある青柳――二人の処分は、意見が纏まらなかった。
 蟄居、追放、過激な者は命で償えと・・・・・・天津家の重鎮達は口々に主張したが。
 結局は、『当主がいないのが悪い』ということになった。
 雛菊の企みを見抜けず、芙蓉を増長させた者達は、責任を持って当主の捜索を果たすように命じられて奔走中らしい。
 雛菊を離縁させるにしろ、当主がいないと手続きも取れないので、彼女は天津本邸で軟禁中。

 青柳と、当主の血を引いていない芙蓉に関しては、何故か葵が引き取った。
『我が友だから』という理由で連れて行かれて、霜凪の男達にしごかれているらしい。
 芙蓉も、術者としての実績と霊力がそれなりにあるため、鍛え直してくれるとのこと。

 ついでに、天津家の使用人達も何人か霜凪家に出されている。
 雛菊に唆されて葵の食事に異物を混ぜた者や、本邸で撫子を侮蔑する言葉を浴びせていた者、そして『甲』と『乙』も。
 雛菊は、『撫子は呪いに侵されていて、穢れを祓わなければ死んでしまう』と彼女達に伝えていたらしい。
 そのため、『甲乙』は必死に撫子の世話をしていたつもりであったが、実際には撫子が雛菊の術に抵抗できぬよう弱らせていただけなので、処罰の対象となった。

 皆が、体と心を鍛えて、逞しくなって帰って来るのを待ち・・・・・・たくはない。


 そして、撫子は自らの術を取り戻し、『無能』でも『出涸らし』でもなくなった。
 彼女は、天津家の本邸に戻るものだと、皆は思っていた。
 当然、藤花も。
『撫子を守る』という良夜の依頼も、これで完遂。

「私、これでお役御免かなって思っていたのですが――」


『また参りますね』と両親に告げて、藤花は家路へと急ぐ。

 大社の参道を抜けて、御笠のお山の麓近く。
 参拝客も寄り付かない場所に、藤花の勤め口はあった。


「よし、もう一度やってみろ」
「はい」

 門扉を潜ると、庭先には撫子と紅鏡がいた。
 少し距離を空けて向かい合う二人には、少し緊張した空気が漂っていて――

「行きます」
 撫子が目を閉じながら扇子を突きつけると、白い輝きを帯びる。
 光の粒子が溢れ出し、彼女の足元に集まった。
 そして、光は白い子虎の姿へ。

「白星、お願い!」
 子虎は紅鏡へと飛び掛かり、牙を突き立てようとする。
 対して紅鏡は、巧みに子虎の猛攻を躱すばかり。
 何度目かの攻撃の後、紅鏡は子虎の腹の下へ潜り込むと、易々とひっくり返してしまった。
「あぁ・・・・・・」
 子虎の苦しそうな吠え声と撫子の落胆した声、二つが重なりつつ、子虎は光の粒子となって消えていく。
「我は野見宿禰に相撲を教えたこともあるでな」
 紅鏡は得意気に腕を組んでいる。
「式神を維持できる時間が伸びてきた。このまま続けると良いぞ」
「うんっ」


 あの日、天津家本邸で修行することを勧められた撫子は、それを拒否して此処に戻ることを宣言した。
 撫子が術者としての力を得た今、馬の骨なんぞより優れた師や侍女達を宛がいたいと重鎮達は考えたのだが――
「私が『無能』の『出涸らし』って言われていても、守ってくれたのは藤花だけだった!」
 そう言われて、藤花を撫子から引き離そうと言い出せる者はいなかった。

 せめて、住居だけでも天津家本邸に・・・・・・と申し出る者もいたが、「私の部屋、ないから」と撫子はさっさと帰ってしまった。
 勿論、藤花の手を引いて。
 様々な思惑で兄二人がそれを支持したため、藤花は暇を出されてはいない。
 良夜個人で雇われた身から、天津家の正式な使用人となったらしい。

 撫子が、まだ自分を必要としてくれていることが、藤花はとても嬉しい。
 彼女が術者として大成し、自分みたいな没落令嬢の世話なんていらなくなる日が、いつか来るけれど・・・・・・それまで、できるだけ長く、撫子を守り育てたい――
 それが、今の願いだった。


「何そんな所で突っ立ってるんだ? 邪魔だ邪魔」
 感慨に耽る藤花に水を差したのは、疲労感漂う低い声。
 振り向けば、藤花の予想通り、紺道着を纏う青年が立っていた。

「しかもそんなにやけた顔しやがって・・・・・・」
「何しに来たんです? 次男様はお忙しいんでしょ?」
 いつにも増して、眉間に深く皺を寄せた天津桐矢の来訪に、藤花もつい皺を寄せてしまう。
「本当だよ。母上から権限を取り上げた分、こっちにもしわ寄せがきちまって・・・・・・まあ、最近は兄貴も色々担ってくれてるし、少しマシになったかね・・・・・・」

 当主夫人の雛菊が蟄居しているので、天津家内の体制も大きく変わったらしい。
 長男の良夜も本邸へ戻り、兄弟で屋敷内を取り仕切るようになった。
 その傍で婚約者を支える葵の姿もよく見られるため、天津家内では『そろそろ結婚を』という声もちらほら上がっているとか。
(二人の婚儀・・・・・・いい・・・・・・)
 それは絶対見たい。早く見たい。はよして――と藤花も楽しみにしている。

「ま、そんな感じで本邸はまだごたついてるし、撫子のことは頼むぜ・・・・・・藤花」
 そう言うと、此方の肩を二回叩いて、桐矢は歩き出す。
「と・・・・・・と、うん」
 つい最近まで『仔馬』と呼ばれていたはずなのに、あの日以来、彼は自分を名前で呼ぶようになった。
『馬の骨』から昇格し、撫子の使用人として認められたということなのだろうが――
 彼に名前を呼ばれると、体が落ち着かないというか、何というか。

「おい、おんし」
 声の方を振り向けば、赤い瞳が此方を見上げている。
 その顔は、悪いことを考えているかのように、にやにやとしていた。
「春か? 春が来たのか?」
「来てません」
 強くて可愛い飼い猫であるのだが、こういう下世話な所が玉に瑕。
 他所様の色恋を楽しんでいるようだが、藤花には縁遠い話である。
 自分はただの使用人。向こうもそんなつもりは無いだろう。
 お嬢様の兄君の言動にやきもきしている暇はない。
(きっと、あの人、お昼ご飯まで居座る気だから、早く準備しないと)

 撫子を見れば、桐矢の前で術を使おうと集中している様子。
 今日はいっぱい頑張っているから、彼女もお腹を空かせるだろう。
 そんな時のご飯は――

「今日は豚汁にするわよ」
「里芋はあるだろうな」
「甘藷よ甘藷」
「おんしという奴は・・・・・・」
 桐矢に聞こえぬよう、小声で返事をしながら、台所へと向かう。

 いつもと変わらぬやり取りが、とても楽しくて。
 いつか自分が死ぬ時まで、この猫は傍にいてくれるだろうか――ふと、そんなことを思う。

 紅鏡を抱きしめると、柔らかく、温かい感触が心地よい。
「どうした急に」
 そう言いながら、猫は二本の尻尾で藤花の頭を撫でる。
 此方を見る瞳は、熱く、強く、そして優しく藤花を照らす、太陽を思わせる輝き。

「ねえ、紅鏡・・・・・・私、たまには里芋も入れるから・・・・・・ずっと、一緒にいてくれる?」
「主殿が望むなら」
 何だか求婚めいてしまったが、猫は茶化すことなく即答する。
 そして、赤い瞳を煌めかせて、にやりと笑った。
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