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第二章 花散る所の出涸らし姫

二十三、憤怒

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「何で無能がお母様の術を使えるの!?」
 芙蓉はその場で足を踏み鳴らし、怒りの感情を全身で表していた。
「私が駄目だったのにぃ!」
 彼女の周囲にいた背景達も、その様子に恐れをなしたのか、少しずつ距離を取り始める。
「許さない、許さない、許さないぃ!」
 眦を吊り上げ、歯を剥き出しにして此方を睨む姉の姿に、撫子が少し震える。
 藤花も怖い。
 これなら、子鬼の方が可愛い顔をしている。

「無能の癖に! お仕置きしてやる!」
 そう叫ぶと、芙蓉は両手を此方へと突き出した。
 開いた手のひらが白く輝くと、彼女の前に光の塊が現れる。
 それは、次第に獣のような形を成していく。
「やっちゃえ、金剛!」
 彼女が金剛と呼ぶそれは、白い虎の姿をしていた。
 金色の瞳と歯を剥き出しにした口が、撫子に向けられる。
「ひいっ」
 藤花は軽く悲鳴を上げた撫子を、より一層強く抱きしめた。
「お前みたいな悪い奴は、天津の聖獣に裁かれなさい!」
 芙蓉が虎の首元に触れる。
 そこには、蔦のような首輪が結ばれていた。
 虎はぐるるる・・・・・・と唸ると、撫子を見据えながら――

「え、何?」
「きゃああああ!」
 何故か撫子ではなく周囲の桜の木に突進を始めた虎の姿に、背景達が悲鳴を上げる。
 そのまま周囲を転がり出して、皆が騒然となった。

「なんだ、制御できないのか?」
 紅鏡が呆れたように呟く。
 そして、座り込んでいた藤花の背を尻尾で叩く。
「あれは放っておけ。帰るぞ」
「う、うん」
 撫子の手を引き、門扉の方角へと向かう。
 幸いにも、藤花達のことには誰も気付いていない。
 芙蓉の癇癪や虎の咆哮を背に、その場を後にした。


「お嬢様」
 出る途中、撫子を呼び止める弱々しい声があった。
 振り返ると、先程の老婆の姿。
 彼女は何か風呂敷の包みを持っている。
「千代・・・・・・ごめんなさい、私のせいで・・・・・・」
 駆け寄る撫子に、千代は深く頭を下げる。
「お嬢様をお守りできず、申し訳ありません・・・・・・」
「痛かったよね、ごめんなさい」
 そのまま二人で謝罪を繰り返していた。

「そのようなことをしている場合ではありません」
 突如掛けられた言葉に、藤花は思わず身構える。
 此方へ近寄る青柳の手には、一足のブーツが掴まれていた。
(あ、私の)
 勢いのまま縁側から飛び出たため、ずっと足袋一枚で歩いていたのだ。
「どうぞ」
「あ、どうも」
 ご丁寧に、汚れた足袋を包む為の布までくれた。
 この気遣いを、撫子にも回してほしかったところ。
「芙蓉様が、鬱憤を晴らすために撫子様を探しています」
 ブーツを履く間、青柳が小声で語り掛ける。
 あの場から離れて正解だったようだ。
「貴女方は、此処から少しでも離れてください・・・・・・迎えを手配しましたので」
 藤花の支度が終わったことを確認すると、青柳は千代の方を向く。
「千代、お嬢様達を」
 彼はそれだけを告げると、庭園の方へと戻って行った。


「こちらです」
 千代が案内した場所は、使用人しか使わないような勝手口だった。
 彼女から外に出るよう促されると、撫子は躊躇う素振りを見せる。
「でも千代が・・・・・・」
 芙蓉が彼女に危害を加えないか心配しているのだろう。
 だが、千代は撫子を安心させるように微笑む。
「今、桐矢様が呼ばれました。芙蓉様を止められるのは、あの方だけですから・・・・・・私のことは青柳さんが取り成してくださるそうなので・・・・・・どうか気になさらないでください」
 そう言うと、今度は藤花の元へと振り向く。
「藤花様、どうか撫子お嬢様をお願いします。・・・・・・あと、これは撫子お嬢様にお出ししようと思っていたのですが・・・・・・」
「おいなりさんね?」
 撫子が喜びの声を上げた。


 扉を通り、敷地の外へでる。
 いつの間にか日は沈み、夜の帳が下りていた。
「えーっと、大社はあっちかしら・・・・・・」
 周囲の建物を見渡し、自宅への方角を確認。
 右手においなりさん、左手は撫子と手を繋いで歩きだす。

 車で四半刻もかからぬ場所であったが、徒歩の身では中々遠い。
 しかも、十歳の撫子には堪える行程だろう。
 ともすれば、撫子を背負うことも覚悟していたが――

「おーい!」
 後方からの呼び掛けに足を止める。
 もう追手が来たのかと思わず身構えたが、よくよく聞けば、覚えのある声だった。
「お待たせしましたぞ!」
 振り返った先には、車から顔を出す高遠――霜凪葵の付き人が手を振っていた。
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