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第二章 花散る所の出涸らし姫
十五、<閑話>天津撫子の決意
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物心ついた時から、天津撫子の人生は失意や失望に満ちていた。
自分を見ては泣き続ける母に、顔を合わせる度に罵ってくる姉。
父や次兄は自分の顔も見たくないらしい。
長兄や世話係のばあやは優しかったが、気付けば自分の傍からいなくなった。
全て、自分が『無能』の『出涸らし』だから。
一族から認められる姉とは違い、自分は出来損ない。
霊力を得て自分の術を発現することができないと、自分は生きることを許されない――
そう信じて始めた修行の生活は、辛く厳しいものだった。
一人静かに精神を統一し、組紐を編みながら、霊力を込めようと力を入れる。
でも、自分の中の大事な『何か』が、煙のようにぼんやりと消えていくようで、確かな成果を得ることができなかった。
寒い冬なのに冷たい塩水を浴び、寝食を削り修行に勤しむ体は、少し歩くだけでも疲れてしまうぐらいに弱っていた。
使用人達も毎日自分を罵倒するが、それも当然のことだと受け入れた。
天津家にいた頃は、毎日泣いたり怯えたりして過ごしていたはずなのに、いつからか、心が何も感じなくなっていた。
ただ、毎日を無機質に生きていた時、彼女がやって来た。
高鴨藤花という女性は、長兄が寄越した世話係。
よく笑い、よく怒り、いつも元気いっぱいで溌剌としていた。
彼女は没落した子爵家の生まれで、術者のことは知らない――そう言っており、霊力はあまり強くない。
でも、仄かに感じる霊力は、温かな光に満ちていた。
藤花は天津家の人間から見ると、とてつもなく非常識な存在だった。
自分を術者として鍛えようとしていた使用人達を怒鳴りつけ、塩水を掛けて追い出してしまった。
そして、自分のような『無能』にも、とても、優しい。
温かい食事にお風呂、そして自分を普通のお嬢様として敬ってくれる・・・・・・自分のような存在が、こんな扱いをしてもらうなんて、悪い気がするぐらい。
それに、藤花が連れている猫も、不思議な存在だった。
とてつもなく大きくて禍々しい、地獄の炎のような力・・・・・・術者なら退治しなければいけないような、強い化け猫のはず。
でも、彼女は平然とした様子で、飼い猫のように扱っている。
それに、その化け猫は、天津家の人間ぐらい物知りで、天津家の人間よりも優しかった。
彼女達が来てからは、毎日が驚きの連続だった。
嬉しい、楽しい――初めての感情に、自分の体が、心が、動き始めているのを実感している。
冷え切って、何もなかったはずの自分の中に、何か温かいものが満ちている感じ・・・・・・これが、霊力かどうかは分からない。
でも、今まで修行に励んだ数か月より、藤花達と出会ってからの数日の方が、確実に自分が成長している気がする。
昨日、久方振りに母の泣き顔を見た時は、不甲斐ない自分が嫌になったけど。
でも、帰宅した際、自分の部屋が物置になっていて、藤花にまで見捨てられたと思った時、何故か、母達に嫌われるよりも恐ろしく感じた気がする。
僅か数日の間に、そこまで藤花を慕っていた自分にも驚いた。
藤花は、あくまで、長兄に雇われただけの使用人。
だから、自分に優しくしてくれるだけなのかも・・・・・・そう、思う時もあるが。
もしも、藤花が、自分の本当の――
「ん・・・・・・」
太陽の光に気付き、目を覚ます。
(私の部屋・・・・・・夢じゃない、良かった)
床に就く前と変わらぬ光景に、撫子は安堵する。
藤花は朝餉の支度にとりかかっているらしく、美味しそうな匂いも漂ってきた。
「ふふっ」
一日の始まりに、思わず笑みが零れてしまう。
窓から覗く朝の陽射しは、自分にとって恐怖でしかなかった。
今日こそは成果を上げろ、何かを成し遂げろと自分を急き立てるような圧力を感じ、一日の始まりが苦痛であった。
でも、今は、何故だが、希望がもたらされた気がしている。
今日も一日、頑張ろう――そう思えるようになったのは、藤花達のおかげ。
弾む気持ちで、撫子は布団から飛び起きた。
自分を見ては泣き続ける母に、顔を合わせる度に罵ってくる姉。
父や次兄は自分の顔も見たくないらしい。
長兄や世話係のばあやは優しかったが、気付けば自分の傍からいなくなった。
全て、自分が『無能』の『出涸らし』だから。
一族から認められる姉とは違い、自分は出来損ない。
霊力を得て自分の術を発現することができないと、自分は生きることを許されない――
そう信じて始めた修行の生活は、辛く厳しいものだった。
一人静かに精神を統一し、組紐を編みながら、霊力を込めようと力を入れる。
でも、自分の中の大事な『何か』が、煙のようにぼんやりと消えていくようで、確かな成果を得ることができなかった。
寒い冬なのに冷たい塩水を浴び、寝食を削り修行に勤しむ体は、少し歩くだけでも疲れてしまうぐらいに弱っていた。
使用人達も毎日自分を罵倒するが、それも当然のことだと受け入れた。
天津家にいた頃は、毎日泣いたり怯えたりして過ごしていたはずなのに、いつからか、心が何も感じなくなっていた。
ただ、毎日を無機質に生きていた時、彼女がやって来た。
高鴨藤花という女性は、長兄が寄越した世話係。
よく笑い、よく怒り、いつも元気いっぱいで溌剌としていた。
彼女は没落した子爵家の生まれで、術者のことは知らない――そう言っており、霊力はあまり強くない。
でも、仄かに感じる霊力は、温かな光に満ちていた。
藤花は天津家の人間から見ると、とてつもなく非常識な存在だった。
自分を術者として鍛えようとしていた使用人達を怒鳴りつけ、塩水を掛けて追い出してしまった。
そして、自分のような『無能』にも、とても、優しい。
温かい食事にお風呂、そして自分を普通のお嬢様として敬ってくれる・・・・・・自分のような存在が、こんな扱いをしてもらうなんて、悪い気がするぐらい。
それに、藤花が連れている猫も、不思議な存在だった。
とてつもなく大きくて禍々しい、地獄の炎のような力・・・・・・術者なら退治しなければいけないような、強い化け猫のはず。
でも、彼女は平然とした様子で、飼い猫のように扱っている。
それに、その化け猫は、天津家の人間ぐらい物知りで、天津家の人間よりも優しかった。
彼女達が来てからは、毎日が驚きの連続だった。
嬉しい、楽しい――初めての感情に、自分の体が、心が、動き始めているのを実感している。
冷え切って、何もなかったはずの自分の中に、何か温かいものが満ちている感じ・・・・・・これが、霊力かどうかは分からない。
でも、今まで修行に励んだ数か月より、藤花達と出会ってからの数日の方が、確実に自分が成長している気がする。
昨日、久方振りに母の泣き顔を見た時は、不甲斐ない自分が嫌になったけど。
でも、帰宅した際、自分の部屋が物置になっていて、藤花にまで見捨てられたと思った時、何故か、母達に嫌われるよりも恐ろしく感じた気がする。
僅か数日の間に、そこまで藤花を慕っていた自分にも驚いた。
藤花は、あくまで、長兄に雇われただけの使用人。
だから、自分に優しくしてくれるだけなのかも・・・・・・そう、思う時もあるが。
もしも、藤花が、自分の本当の――
「ん・・・・・・」
太陽の光に気付き、目を覚ます。
(私の部屋・・・・・・夢じゃない、良かった)
床に就く前と変わらぬ光景に、撫子は安堵する。
藤花は朝餉の支度にとりかかっているらしく、美味しそうな匂いも漂ってきた。
「ふふっ」
一日の始まりに、思わず笑みが零れてしまう。
窓から覗く朝の陽射しは、自分にとって恐怖でしかなかった。
今日こそは成果を上げろ、何かを成し遂げろと自分を急き立てるような圧力を感じ、一日の始まりが苦痛であった。
でも、今は、何故だが、希望がもたらされた気がしている。
今日も一日、頑張ろう――そう思えるようになったのは、藤花達のおかげ。
弾む気持ちで、撫子は布団から飛び起きた。
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