清く、正しく、たくましく~没落令嬢、出涸らしの姫をお守りします~

宮藤寧々

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第二章 花散る所の出涸らし姫

十三、失意と失望

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 撫子は俯きながら、頼りない足取りで門を潜る。
 玄関に着くと、草履も脱がずに座り込んでしまった。
「・・・・・・ちょっと、どうしたのよ」
 そんな彼女の様子を横目に、藤花は紅鏡に小声で訊ねる。
「うむ・・・・・・なんというか・・・・・・」
 困惑しながらも紅鏡が語る経緯を聞き、藤花は眉をひそめた。

 撫子を連れた道中は、姦しいものだったらしい。
 天津家所有の自動車に乗せられた撫子は、同行していた術者三人の愚痴を聞かされながら本邸に向かった。
 本邸で出迎えた良夜達の前で術者達は媚びた態度を取っていたという・・・・・・婚約者である葵や妹である撫子がいる場とは思えない明け透けな言動にうんざりした紅鏡は、少々『悪戯』をしたらしい。
 怯えながら逃げ去る様は、到底、術者とは思えなかったとのこと。
 そうやって邪魔者を追い払い、三人で茶を飲んでいた所にやって来たのが天津家の重鎮達――その中には、撫子の母もいたらしい。
 撫子の元に遣わしていた使用人達に、『良夜の送り込んだ女に暴力を振るわれた』と訴えがあったため、真偽を確認しに来たという。
 問い詰められた良夜を庇ったのは葵だった。
 昨日に確認した撫子の境遇を並べ立てて、『それが天津のやり方か』と責めたらしい。
 紅鏡が意外に思ったのは、天津の年老いた術者達も、それを知らなかった反応を見せていたとのこと。
 どういうことだと言いたげな目で撫子の母を見る者や、撫子に同情的な目を向ける者もいたらしい。
 しかし、撫子の母は『私が撫子を無能に産んだばかりに・・・・・・ごめんなさい』と泣き続けるし、途中で良夜が不調をきたした為に、その場はお開きとなった。
 帰りの道中は、付き添いの術者達が怯えたように縮こまっていたので、とても静かだったという。
『私のせいで、またお母様を泣かせてしまったわ・・・・・・』
 車から降り、此処まで歩いて帰る途中、撫子はそう呟いていたらしい。

「うーん・・・・・・なんというか・・・・・・」
 経緯を聞き終えた藤花は、紅鏡と同じような唸り声を上げた。
 撫子の境遇は、天津家の意図したものではなかったらしい。
 じゃあ、誰があのようなことを――と考えた時、思わず撫子の母が思いつくが。
 まさか我が子を甚振るような采配はしないだろうと信じたい。
「・・・・・・撫子様のお母様は、どんな方だった?」
 何気なく聞いてみれば、紅鏡は何故だか困り顔。
「霊力はある・・・・・・術者としての力はあるようだ・・・・・・あるようだが」
 前脚を組んで、しきりに唸っていた。
「とても、子を持つ母とは思えぬなぁ・・・・・・見た目もだが、中身もな」
 紅鏡曰く、ただ泣いていただけらしい。
 撫子に声を掛けるでもなく、重鎮達に意見を述べるでもなく、『ごめんなさい』と誰に向かってか分からない謝罪を繰り返しながら嘆くだけ――
「何というか・・・・・・自分に酔っている、若い娘のような・・・・・・」
 猫なのに人の情に厚い面を持つ紅鏡の言いたいことも分かる。
 優しい母を喪った藤花としては、世の母親には我が子を慈しみ育てる姿を見せて欲しい所。
『霊力がないから』と無能扱いされ、親元から引き離される娘に対し、何の行動も起こさないのは・・・・・・と思う気持ちもある。
 それでも――
(撫子様は、お母様を慕っているみたいだものね・・・・・・)
『母を泣かせてしまった』と嘆く彼女が不憫でならない。

「・・・・・・とにかく、お夕飯にしましょう」
 あくまで藤花は使用人。
 撫子の母にはなれないが、せめて、家庭の温かさは感じてほしい――そう思う自分にできることは限られている。
「葵様から、食材とか色々届けて頂いたの。今までより、良いご飯が食べられるわよ」
 温かいご飯にお風呂、寛げる部屋・・・・・・撫子が気持ちよく暮らす場を整えることが、自分の使命だと思っている。
「我は腹を空かせた猫ちゃんであるが、ちび姫に食欲があるのか?」
「まあ、そう言われれば、そうかもしれないけど」
 嬉しい時も悲しい時もお腹いっぱい食べたい没落令嬢と違い、撫子は高貴なお嬢様。
 こういう時は、胸がいっぱいで何も入らないのかもしれないが。
「豚汁にしちゃったけど・・・・・・ちょっと重いかしら・・・・・・」
「豚汁か? もちろん里芋だろうな?」
「え? 甘藷に決まっているじゃない」
「おんしはふざけとるのか」


 思わず立ち話に熱が入り、撫子から目を離す――
 藤花が自らの失態に気付いたのは、か細い悲鳴が聞こえた時だった。
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