清く、正しく、たくましく~没落令嬢、出涸らしの姫をお守りします~

宮藤寧々

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第二章 花散る所の出涸らし姫

六、絶たれていた温もり

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「どうして・・・・・・邪魔をするの・・・・・・」

 藤花達が騒ぎを起こしていた時も、撫子は浴槽で座したままであった。
 とにかく、体を温めないと――と、藤花が抱え上げて部屋まで運ぶ途中、ぽつりと呟いた。

 体を拭いている時、彼女は静かに涙を流していた。
「私は・・・・・・出涸らしだから・・・・・・役目を果たすために・・・・・・霊力を得ないといけないのに・・・・・・」
「・・・・・・でも、先に死んじゃうんじゃ・・・・・・」
 新しい服を撫子に着せている最中、譫言のように呟いていた彼女に反応する。
 このような劣悪な環境で、よく今まで生きていたものだ――と、藤花は思う。
「なあ、ちっこい姫」
 傍に座っていた紅鏡が口を開く。
「そこの馬毛の言葉が正しいぞ。霊力とは、術者の生命力や気力が合わさったもの・・・・・・今の其方は、確かに『出涸らし』だ」
(失礼な猫ちゃんねぇ)
 遠慮のない物言いを聞いて藤花が抗議する前に、紅鏡が尻尾で隅を指し示す。
 そこには、組紐の台座がおかれていた。
「其方は、常に力を吸い上げられている状態、謂わば搾りかすのようなもの・・・・・・このまま続けていたら死ぬぞ」
(うんうん、そうよね)
 内容はよく理解していないが、『死ぬぞ』という紅鏡の言葉には同意できる。
 しかし、二者の視線を受けた撫子は、ゆっくり頷くだけであった。
「・・・・・・死んでもいいわ」

「私、産まれた時から無能で・・・・・・お母様を泣かせてばかりで・・・・・・お兄様やお姉様にも嫌われて・・・・・・お父様も、私を見限って会いに来てくれないの・・・・・・だから、いなくなった方が・・・・・・」
「え、そんな事言わないで」
 思わず、撫子の手を取る。
「良夜様や、霜凪葵様は、撫子様のことを心配しているのですよ? だから、私が雇われたんです」
 藤花の言葉に、撫子は目を丸くした。
「葵様が・・・・・・? あの方は、私みたいな無能がいる家に嫁ぐのは嫌だと言っているって・・・・・・だから、良夜お兄様も仕方なく、私の成長を確認しに来ているって・・・・・・使用人が・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
 撫子が思わず謝ったのは、藤花の怒りを察したからであろう。
(今度出会ったら塩水をかけて差し上げるわ)
 本当に悍ましいのは魑魅魍魎より人間ではないのか・・・・・・藤花の、天津家への信用は地に落ちていた。

「まあ、とにかく、撫子様は、まず健康になることから始めましょう!」
「え、は、はい」
 藤花の気迫に押されたのか、撫子が恐る恐る頷く。
「私はお風呂を沸かしてみるから、取りあえずは・・・・・・」
(待っている間に、食べてもらおうかしら)
 自分の持ってきた荷物の中から、おにぎりの包みを撫子に差し出した。
「うちの余りでつくったおにぎりで・・・・・・中身も出し殻の昆布と鰹節なのですけど・・・・・・」
 お嬢様に残り物をお渡しするなんて・・・・・・という罪悪感もあり、少ししどろもどろになってしまう。
 しかし、当の撫子は、目を丸くして二つの塊を見つめていた。
「これが、おにぎり? 私、食べたことがないの」
(え、そうなの?)
 まさか、天津家にいた時も、あんな薄い粥だけで過ごしていたのか――藤花は内心嘆いた。
(いいお家のはずなのに、私よりも貧相な食生活しているじゃない)

 撫子は躊躇う様子を見せていたが、一つを手に取って、恐る恐る口に入れる。
 ほんの少し、口の中で咀嚼していたかと思えば、次からは勢いよく噛り付いた。
 出された水を飲みながら、あっという間に一つ目を平らげていた。
「う・・・・・・うっ」
 その瞳からは、大きな雫が。
「穢れを取り込むことはいけないって・・・・・・食べ過ぎたらいけないって・・・・・・思っているのに・・・・・・でも、美味しいの・・・・・・」
 嗚咽が止まらぬ撫子の膝の上に、紅鏡がそっと乗る。
「それで良い。心を込めてつくった物には力が宿る・・・・・・其方が編んだ組紐のように・・・・・・この馬毛の世話を受け、こいつの霊力を取り込め。それが其方の力になる」
 尻尾で撫子の目元を拭う姿に、少し前の事を思い出す。
(何だかんだ、優しい猫ちゃんねぇ)
 先程、人間を害するような強い術を使っていた猫とは思えない。
 ここは飼い猫に任せていいだろうと判断し、藤花は部屋を後にした。
 風呂の沸かし、夕飯の準備も必要。
 それに――
 紅鏡がちらりと、『我の飯はないのか?』と言いたげな目で此方を見ていたからだ。
 そんな仕草をされると、藤花も空腹を思い出す。
(ま、私達はふかし芋でも食べましょ)


「わ、私が、入ってもいいの?」
 湯を沸かした浴槽を、撫子は恐る恐る見つめていた。
「勿論です、ささ、どうぞ」
 藤花に背を押され、撫子は帯に手を掛ける。
 じろじろ見ては失礼かと、藤花は風呂場を後にした。

 着替えさせた時に確認したが、撫子の体に傷跡のようなものは殆ど見られなかった。
 肩口の所に、古い、痣とも火傷跡とも判別つきにくい小さな何かがあったのみ。
 暴力の類を受けていないことは、救いであった。
(まあ、許せるわけではないけど)
 天津家の仕打ちには、本当に腹が立つ。
(この家ぐらいは、撫子様の過ごしやすいように整えないと・・・・・・葵様にお手紙を出して・・・・・・)
 色々と思案しつつ、火の様子を確認しに屋外へと向かう。
 途中、紅鏡の耳がぴくりと動いた。
「・・・・・・来たか」
「何が?」
「・・・・・・雌猫が・・・・・・五匹ぐらいおるかの」
(化け猫って、他の猫ちゃんの気配も分かるのね)
 のんびりと考えていると、紅鏡は門扉の方へと向かっていた。
「少し遊んでくるぞ」
 そう呟くと、軽々と門扉を越えて出て行った。
(不潔だわ)
 女性と、しかも五人を相手にだなんて――なんて悍ましい。
 藤花は、過去の事もあり、少々潔癖すぎるきらいがあった。
 そんな汚らわしいことはさっさと忘れ、藤花は作業に取り組むことにした。


 この邸宅はかなり昔に建てられたらしく、水回りの近代化がなされていない。
 撫子に湯加減を確認しつつ、薪の在庫を確認していると――
「何かしら?」
 猫の鳴き声とも、女性の叫び声とも、何とも判別しづらい声が聞こえた。
 方角は門扉のある所。
 先程、紅鏡が出て行った場所。

「何よこれ!?」
「やめなさーい!」
 近付くにつれ、声の内容がはっきりと聞こえてくるようになる。
 どうやら、猫ではなく女性・・・・・・しかも、聞き覚えのある声も。
(さっきの人達かしら)
 門扉を少し開け、そっと覗くと――
「お、覚えてなさーい!」
 女性達が、何かに怯えるように逃げ去って行く所であった。
 数は五人。皆が服や髪の一部を焦がしている。
「ふん、つまらん」
 藤花の足元には、欠伸をする紅鏡の姿。
「ひょっとして・・・・・・あの人達、戻って来たの?」
 後ろ姿と声で、先程の使用人達がいたことを察する。
「ああ、小賢しく仲間を引き連れてな」
 何事も無かったかのように紅鏡は笑う。
(お家を守っていてくれたのね・・・・・・)
 しかし、五人が相手でも敵わないとは――
「貴方って本当に凄いのね・・・・・・」
「そうとも。我は大陸の帝を誑かした女狐を征伐したこともあるからな」
「すごい・・・・・・うん、すごい」
(・・・・・・疑ってごめんなさい)
 感謝と謝罪の意を込めて、紅鏡の頭を撫で続けた。
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