15 / 72
第二章 花散る所の出涸らし姫
五、護国の精神
しおりを挟む
「ほら、心を乱さないで!」
「・・・・・・何をしているの!
風呂場に到着した藤花は、使用人達に負けないぐらいの大声で叫んでいた。
風呂場は狭く、檜で造られた浴槽も、人一人が入れる程度の大きさ。
その浴槽に、撫子が襦袢一枚で正座していた。
彼女の衣服は濡れ、髪から雫が滴っている。
震えながらも、目を閉じて口を堅く閉ざし、必死に耐える様子であった。
使用人の二人は浴槽の外に立っている。
一人は中身の入った手桶を持っており、その中身を撫子にかけていたようだ。
藤花が二人の足元に置かれていた盥に手を入れると――ひやりとした感触。
盥の底に残る白い粒は塩だろうと、藤花は察した。
日は高いとはいえ、まだ寒さが残る季節。
そんな時期に、幼い子に水をぶっかける――
目の前の光景に、藤花は我を忘れていた。
「あんた達、何考えてるの!?」
急いで手桶を奪うが、当の二人は平然とした様子であった。
それどころか、藤花を見下すように笑っている。
「あんた、本当に何も知らないのね? これは大切なお役目なの」
「何が役目よ!」
『役目』と言いながら、平然と幼き者を甚振るような振る舞いができる相手が信じられなかった。
「この出涸らしに霊力を戻すために、穢れを払い清めてあげているの」
二人の体を押し、風呂場から追い出そうとするが、当の二人は出て行く様子がない。
それどころか、尚も撫子に塩水をかけようとする。
「余所者が邪魔をしないで! これが護国の為に――」
「子ども甚振っておいて、何が護国よ!」
もう限界であった。
腹が立つ。本当に腹が立つ。
もう、勤め口であるとか、新入りであるとか、全て吹き飛んでいた。
「そんなに穢れが嫌なら、あんた達が被ってなさい!」
盥を持ち上げ、勢いのままに傾ける。
貧乏令嬢時代に培った腕力は健在であった。
『きゃああっ!』
使用人達は頭から塩水を被る形になり、口々に悲鳴を上げる。
整えられた髪も、化粧も台無しになっていた。
狭い風呂場のため、藤花の服にも少し濡れたが、まあ些事だ。
「さっさと出て行きなさい!」
座り込んだ使用人達を一人ずつ引き摺って、廊下へと追い出す。
二人は暫し、呆けた様子で此方を見上げていたが――
「よくも、よくもやってくれたわね!」
一人が眦を吊り上げて立ち上がった。
「馬の骨が! 許さないんだからぁ!」
彼女は髪に挿していた簪を引き抜く。
それを藤花の方に向けて、何かの文字を書くように動かした。
すると簪に飾られていた白い石が輝きを放ち――
「ああ、天津家は金気の力を持つ一族であったな」
しわがれた声と共に、熱気が藤花の肌に伝わる。
「え、きゃ、きゃあっ!」
使用人の掲げていた簪は、赤い炎を上げていた。
「従って、火の気に相克される」
「は、はい」
使用人が何らかの術を用いて此方を害そうとした所、紅鏡が何らかの術を用いて助けてくれたらしい――
術者の世界に縁遠い藤花は、目の前の光景を理解するのに時間を要した。
「あ・・・・・・あ、嘘・・・・・・」
使用人がその場にへたり込んでいる内に、炎は静かに消えていった。
「こいつ、まさか・・・・・・」
「嘘でしょ」
紅鏡の姿はやはり二人に見えていないらしく、驚愕した様子で藤花を見上げている。
「水無月の術者だったの?」
「聞いてないわよ!」
そんな事を口々に叫びながら、二人は家から這いずるように去って行った。
「水無月・・・・・・?」
霜凪葵には『縹家か』と聞かれるし、藤花は色々誤解を生んでいるような気がしてならない。
「おんし、もう少し術者の事について学んだ方がいいぞ」
「は、はい」
紅鏡に呆れた様子で見つめられ、藤花は頷くしかなかった。
「・・・・・・何をしているの!
風呂場に到着した藤花は、使用人達に負けないぐらいの大声で叫んでいた。
風呂場は狭く、檜で造られた浴槽も、人一人が入れる程度の大きさ。
その浴槽に、撫子が襦袢一枚で正座していた。
彼女の衣服は濡れ、髪から雫が滴っている。
震えながらも、目を閉じて口を堅く閉ざし、必死に耐える様子であった。
使用人の二人は浴槽の外に立っている。
一人は中身の入った手桶を持っており、その中身を撫子にかけていたようだ。
藤花が二人の足元に置かれていた盥に手を入れると――ひやりとした感触。
盥の底に残る白い粒は塩だろうと、藤花は察した。
日は高いとはいえ、まだ寒さが残る季節。
そんな時期に、幼い子に水をぶっかける――
目の前の光景に、藤花は我を忘れていた。
「あんた達、何考えてるの!?」
急いで手桶を奪うが、当の二人は平然とした様子であった。
それどころか、藤花を見下すように笑っている。
「あんた、本当に何も知らないのね? これは大切なお役目なの」
「何が役目よ!」
『役目』と言いながら、平然と幼き者を甚振るような振る舞いができる相手が信じられなかった。
「この出涸らしに霊力を戻すために、穢れを払い清めてあげているの」
二人の体を押し、風呂場から追い出そうとするが、当の二人は出て行く様子がない。
それどころか、尚も撫子に塩水をかけようとする。
「余所者が邪魔をしないで! これが護国の為に――」
「子ども甚振っておいて、何が護国よ!」
もう限界であった。
腹が立つ。本当に腹が立つ。
もう、勤め口であるとか、新入りであるとか、全て吹き飛んでいた。
「そんなに穢れが嫌なら、あんた達が被ってなさい!」
盥を持ち上げ、勢いのままに傾ける。
貧乏令嬢時代に培った腕力は健在であった。
『きゃああっ!』
使用人達は頭から塩水を被る形になり、口々に悲鳴を上げる。
整えられた髪も、化粧も台無しになっていた。
狭い風呂場のため、藤花の服にも少し濡れたが、まあ些事だ。
「さっさと出て行きなさい!」
座り込んだ使用人達を一人ずつ引き摺って、廊下へと追い出す。
二人は暫し、呆けた様子で此方を見上げていたが――
「よくも、よくもやってくれたわね!」
一人が眦を吊り上げて立ち上がった。
「馬の骨が! 許さないんだからぁ!」
彼女は髪に挿していた簪を引き抜く。
それを藤花の方に向けて、何かの文字を書くように動かした。
すると簪に飾られていた白い石が輝きを放ち――
「ああ、天津家は金気の力を持つ一族であったな」
しわがれた声と共に、熱気が藤花の肌に伝わる。
「え、きゃ、きゃあっ!」
使用人の掲げていた簪は、赤い炎を上げていた。
「従って、火の気に相克される」
「は、はい」
使用人が何らかの術を用いて此方を害そうとした所、紅鏡が何らかの術を用いて助けてくれたらしい――
術者の世界に縁遠い藤花は、目の前の光景を理解するのに時間を要した。
「あ・・・・・・あ、嘘・・・・・・」
使用人がその場にへたり込んでいる内に、炎は静かに消えていった。
「こいつ、まさか・・・・・・」
「嘘でしょ」
紅鏡の姿はやはり二人に見えていないらしく、驚愕した様子で藤花を見上げている。
「水無月の術者だったの?」
「聞いてないわよ!」
そんな事を口々に叫びながら、二人は家から這いずるように去って行った。
「水無月・・・・・・?」
霜凪葵には『縹家か』と聞かれるし、藤花は色々誤解を生んでいるような気がしてならない。
「おんし、もう少し術者の事について学んだ方がいいぞ」
「は、はい」
紅鏡に呆れた様子で見つめられ、藤花は頷くしかなかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※5話は3/9 18時~より投稿します。間が空いてすみません…
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―
島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる