清く、正しく、たくましく~没落令嬢、出涸らしの姫をお守りします~

宮藤寧々

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第二章 花散る所の出涸らし姫

三、撫子お嬢様

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「此度は、とんだ失礼を・・・・・・」
「あの、ごめんなさい」

 組紐編みで心を少し通い合わせたはずの二人は、膝を付き合わせて互いに頭を下げていた。

(まさか、この御方が撫子様だったなんて・・・・・・)
『内職を強要されている痩せた悲しい女の子』と思っていた相手は、自らを天津撫子と名乗った。
 出仕して早々に、お嬢様への無礼をやらかすとは・・・・・・ただただ頭を下げるしかなかった。
「冷静に考えれば分かるであろう」
 藤花の背後で寛いでいた紅鏡は、肩を竦めている。
 ゆらゆらと揺れる二本の尻尾を、撫子は物珍しそうに見つめていた。
「・・・・・・ほう、我の姿が分かるか?」
 紅鏡の問いに、撫子は小さく頷く。
 彼女は初め、藤花から尻尾が生えているように見えたのだろう。

「我の許しなしに姿を認識できる者はそうそうおらぬ・・・・・・良い目をしておるな、素質があるぞ」
 撫子の前へと歩み寄った紅鏡は、彼女の瞳をまっすぐ見つめる。
 しかし、向けられた相手は、そっと視線を逸らした。
「私は、霊力がないから・・・・・・良夜お兄様みたいに霊力を察知できる目もないし・・・・・・」
「ふむ」
 撫子の言葉を受けて、紅鏡は彼女の周囲をぐるりと回り出す。
 ゆっくりと、あらゆる角度から、何かを確認するように観察していた。
「だから、年の初め頃から此方に移ったのだけど・・・・・・結果が出なくて・・・・・・」
 紅鏡の動きに目を向けず、彼女が見やった先には組紐を編む台座がある。
「あれが、修行なのですか?」
 撫子の視線の先を追い、藤花は首を傾げる。
(術者の修行って、よく知らないのよね・・・・・・山に籠って、滝に打たれたりするのかと思ったわ)
 これまで、霊力だの術者だのという概念とは無縁の世界で生きて来た藤花である。
 脳内では修験者の山籠もりが連想されたが、すぐにかき消した。
(まあ、こんな小さい子にさせることじゃないわね)
 そのような藤花の脳内など知らず、撫子は軽く頷いた。
「そうなの・・・・・・集中して、心を込めて、組紐を編めば、霊力が研ぎ澄まされるって・・・・・・そう言われて毎日やっているのだけど・・・・・・私は、編むのも遅いし、いつも叱られて・・・・・・」
「叱る? 誰に?」
 撫子の言葉に、思わず口を開く。
 彼女を閉じ込めている誰かは存在しているのだろうけど――
 この邸宅を見て回っていた時には、誰の姿も確認していない。
「それは、天津家の使用人に・・・・・・通いで、世話をしに来てくれる人達が・・・・・・」

「お嬢様、入りますよ」
 邸宅の入り口の方から声がした。
 愛想の無い、冷たい声に、撫子の肩が微かに揺れた。


 どすどす、ぎしぎし、と大きな音が響く。
 声の主を含め、何人かが此方へ近付いているようだ。
(・・・・・・品がないわね)
 声の主は若い女性のようだったが、これ程までの足音を鳴らして歩くなんて――
 華族令嬢として躾を受けたことのある藤花としては、ありえない振る舞いである。
「やだ、何で開いてるの?」
 甲高い声で文句を言いながら入ってきたのは、二人の女性であった。
(この人達が、天津家の使用人かしら?)
 歳は、藤花より少し上ぐらいに見える。
 どちらも藍色に近い、華美ではない着物を着ているが・・・・・・化粧が濃い。
 結い上げた髪にも大きい簪や櫛を射しており、『使用人』には見えない出で立ちになっていた。
 何より、態度がふてぶてしい。
 顎を逸らし、撫子を冷たく見下ろす表情には、お嬢様を敬う気持ちが感じられない。
「ちょっとお嬢様、勝手に出たんじゃ・・・・・・あんた誰?」
 撫子に文句を言おうとし、ようやく藤花の存在に気付いたようだ。

「初めまして」
 何事も、最初が肝心――藤花はそう教えられている。
「天津良夜様の紹介で参りました、高鴨藤花と申します」
 軽く頭を下げ、次いで、撫子にも見せた紹介状を差し出す。
 一人の女性がそれを受け取り、中を開くと――
「ああ、ご長男様がね。なんか聞いた気がするわ」
 一瞥しただけで、興味なさそうに放り投げた。
(なんてことを)
 良夜が妹を思い、心を込めて書いた文である。
 撫子は食い入るように読んでいたというのに・・・・・・。
(嫌な人達ねぇ)
 一応、勤め先である。
 しかも、藤花は今日から勤める身。
 彼女達は先達に当たるのだから・・・・・・と藤花は我慢した。
 表情は変えず、静かに紹介状を拾う。

「余所者を引き入れるなんてねぇ」
「あのご長男様、面倒なことしかしないわ」
「さっさと終わらせましょ」
 女性達は二人で会話した後、部屋の外へと。
「新人、早く来なさい」
 外から声を掛けられて、思わず撫子を見る。
「あの・・・・・・」
 二人が来てから、彼女はずっと俯いて黙ったままだ。
 表情も固く、何の感情も読み取れない。
「・・・・・・ちょっと、行ってきますね」
 撫子に頭を下げると、女性達を追うべく足を進めた。
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