黒しっぽ様のお導き

宮藤寧々

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1、寂しい初夜

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「トリーシャさん、いるだろうか」
 静かな部屋にそっと響くノックの音と、穏やかな声——

 それを聞いた時、私は体の震えが止まりませんでした。

 まさか、この部屋に入って来るのでは・・・・・・という恐怖に苛まれ、私は扉から一番遠い角に蹲り、一心に祈りを捧げていました。
 ・・・・・・不思議なものですね。
 本日、私達は結婚したばかりで、寝室に、旦那様が来ることは、何一つおかしくないのに。


「寝ているなら構わないのだが、どうしても伝えておきたくて」
 私の旦那様となってしまった御方——ブライアン様の声は静かで、どのような感情が込められているのか、私ごときには推し量れません。

「今日を持って、私達は、夫婦になったのだが・・・・・・その・・・・・・」
 言いにくそうに口籠る旦那様。
 その続きが何なのか・・・・・・ごくりと唾を呑み込む音が、室内に大きく響いたように錯覚してしまいました。

「その・・・・・・私は、貴女と、本当の意味で夫婦になるつもりはない」
 その言葉に、思わず息を止めました。
『本当の夫婦』——あくまで、私と褥を共にしたくはないという意味でしょう。

「貴女と・・・・・・ロドニー伯爵家には感謝している。援助の為の結婚ということは理解している。だから、貴女が、恙なく暮らせるように手配するつもりではいる」
 旦那様の言葉には、何か、苦しさが滲み出ているようで・・・・・・御家族や領地のことを考えておられるのでしょうか?
 此度の結婚は、我が家が資金を提供するための契約——その為に、犠牲となられた旦那様には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

「好きでもない男など、一緒にいても辛いだけだろう・・・・・・貴女の心の平穏の為、私は宿舎に泊まろうと思う・・・・・・王妃陛下が気に掛けてくれているから、私のことは気にしないでくれ・・・・・・失礼する」
 そんな言葉と、足早に去る物音――それが聞こえなくなって、再び、室内には静寂が訪れました。

「よ・・・・・・」
 緊張から解放されて、思わず声が漏れてしまいます。
「よかったぁ」
 もし、旦那様が室内に入ってきたら・・・・・・と思うと、気が気でありませんでした。

 世間様が私達の遣り取りを見たら、眉を顰めるかもしれません。
 貴族社会にとって、初夜は重要ですからね。
 でも、私達の結婚は、最初から『白い結婚』を前提としておりました。

 領地の復興の為に資金が必要な旦那様と、色々あってデビュタントすらできない不束者である私の、利益が一致しただけの契約——私の父が纏めたものです。

『お前は病弱ということにしている。社交も出産もできないと、向こうは了承済みだ。絶対に、お前のアレを見られないようにしろ!』
 結婚が決まった折から、父にはずっと言われ続けていました。
 私の『アレ』・・・・・・これが知られてしまえば、いくら持参金があっても嫁入りを断られてしまいそうな秘密を、私は抱えていました。


 気付けば「にゃあ」「なぁ」と可愛らしい鳴き声が聞こえています。

 緊張して腰が抜けてしまった私の周りには五匹の猫が集まっていました。
「ああ、『黒』に『貴婦人』に『ほうき星』だったかしら・・・・・・みんな来ていたのね」

 部屋の窓や扉は閉めていたはずなのに、いつの間にか入って来た猫達・・・・・・そう、私は幼い頃から、猫に囲まれる体質なんです。

 だから、社交界でも居場所が無くて・・・・・・此度の結婚は、私がひっそりと生きる為に必要だったのです。
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